第25話 優美な桜の姉妹たちへ

 さて、桜庭優雅さくらばゆうが桜庭結我さくらばゆうがとの姉妹喧嘩を無事に解決した翌朝。

 まぁいつもの通り花車先輩による調整作業を行うフェーズに入ったのだが……。


「あの、どうして私はこんな事に……?」


 海苔巻きの具の如く布団に巻かれ、更にその上からロープで幾重にも縛り付けられている桜庭。


「それは自分の胸に手を当ててよく考えてみろ」

「この状態だと指をちょっと動かすだけで限界です。薫先輩、代わりに私の胸に手を当ててもらえますか?」

「まさにそういうところだ」


 ――そう。

 花車先輩の謎のポリシーとして、彼女は調整の際の接触をキスで行う。

 そしてその行為は桜庭というド変態とは非常に相性が悪い。

 彼女がどんな暴走を見せるか分からなかった為、この様な拘束処理を施すに至ったのだ。


「くっそぉ~、全然動けない~!」


 芋虫の如くもそもそと動く桜庭。

 今や完全無欠の優等生が形無しだった。


「まぁ、確かにこの拘束度合いは多少、過剰な気もしなくはないですけれど……」


 保健室のベッドに腰かけていた花車先輩が呟く。


「油断は禁物です。これでもまだ不安な位なんですから」

「薫先輩は私を何だと思ってるんです? 後、これから何が行われるんです? このまま丸焼きにでもされちゃうんですか?」

「丸焼きにしても桜庭なら喜びそうだな」

「流石の私もそこまでは拗らせてないんですけど」


 僕は桜庭の反論を無視して花車先輩へと視線を向けた。


「じゃあ先輩、いつも通りお願いします」

「はい、承りました」


 身動きが取れないままの桜庭に向けて、花車先輩がゆっくりと顔を近づけていく。


「え、ちょっ、ゆい先輩……? え、え、ちかい! 可愛い! ちかい!」


 何か色々とわめく声が延々と聞こえていたけれど、先輩はそれを無視して桜庭の額へと口づけした。


「うぁ…………」


 小さい呻き声を最後に、桜庭は熟れた林檎の如く顔を真っ赤に染めて撃沈する。


「おい、桜庭」

「……はい」

「確かに花車先輩は有り得ないレベルの美人だ」

「……はい」

「だからって、何だあの体たらくは!?」


 気づけば僕は桜庭を叱咤しったしていた。

 「後輩君も人の事言えないと思いますけれど?」という花車先輩からの指摘はスルーする。

 ――今は後輩の変態性についての話だ。

 此処まで超絶怒涛のド変態ぶりを見せつけていたというのに、おでこへのキス一つで赤面するとは何事か。

 今すぐにでもド変態の称号を返還してもらいたい。


「いや、違くて……。私から行く分には良いんですけど……その、人から来られると恥ずかしくて……」


 まるで恋する乙女みたいに頬を赤らめている桜庭。


「桜庭、お前はド変態の名折れだ」

「ド変態の時点で名折れだとは思いますけども……」

「ええい、黙れ! 変態を名乗るなら近づいてきた顔を舐める位して見せろ!」


 僕は桜庭の顔を両手でむんずと掴み、顔を近づけていく。


「あ、あ、ちかいよぉ……! あぁ、お姉ちゃんだめだぁ……! 結我ちゃん、チェンジ!」


 ふっ、と桜庭の顔から表情が消え、そして数舜の後に再び感情が取り戻されて――。


「近ぇですよ貴様ぁ!」

「ぐほぁっ!?」


 強烈な頭突きをかまされ、僕は思い切り仰け反った。


「何すんだ、結我ちゃん!」

「それはこっちのセリフですよ! 何を許可なく姉様に近づいてやがるんです!?」

「おや、早くも人格の切り替えが任意で出来る様になったのですね」


 僕らの不甲斐ない言い合いを他所に、花車先輩が目を丸くしている。

 言われてみれば確かに、スムーズに人格の切り替えが出来ている。制御下に置いてから間もないというのに……。流石は完全無欠の優等生といった所か。


「……まぁ、何はともあれこれで三人目だ」

「三人目? 何の話をしてやがるんです?」

「何って、園芸部の部員集めの話だけど」

「聞いてねぇですよ、そんなの」

「言ってなかったっけ?」


 訪れる沈黙。


「ま、いいや。今日からお前も園芸部の一員だ。宜しくな」

「いやいやいや、知らねぇですよそんなの。姉様に言って下さい」

「その姉様も園芸部に入れるつもりだぞ」

「逃げて、姉様!」

「無理だぜ結我ちゃん。幾らお前らが文武両道でも、こっちには薔薇園と百合宮がいるんだ。どんな手を使ってでも、お前ら姉妹を園芸部に入れてやる!」


 かくして半ば強制的に、というかほぼ強制的に桜庭姉妹の園芸部(正式にはまだ同好会なのだけれど)への加入が決まったのだった。





 園芸同好会の活動拠点である教室にて。

 そこには鮮烈で苛烈で熱烈たる少女と、純白で潔白で清白たる少女がいた。


「新メンバーがかの有名な優等生だとは思わなかったな」

「桜庭さんを口説き落とすなんてやるわね、鬱金くん」


 園芸同好会の紅白コンビがそんな感想を述べる。


「どうせバレるだろうから最初に言っておくが、桜庭は僕を凌ぐレベルのド変態だ。気を付けてくれ」

「いやぁそれ程でも」

「褒めてねぇよ」


 でへへと破顔する桜庭の頭へ軽く手刀を叩き込む。


「そしてもう一人、園芸同好会の新メンバーがいる。 じゃあ自己紹介をどうぞ」


 僕が促すと、桜庭は軽く俯いて人格の切り替えを行った。

 そして彼女の中に存在するもう一人の人格が姿を現す。


「初めまして、自分の名前は桜庭結我。姉様の漢字とは違って、結ぶに我と書いて結我です。崇高なる姉様の愛しき妹で、半ば強制的に加入させられました。人間としてまだ未熟者なので色々とご教授しやがって下さい」


 へりくだっているのか、おごっているのか定かではない物言いで、桜庭結我は自身の名を告げた。

 結我の顔を盗み見る。

 少し緊張した横顔。きっと、その内心では計り知れない不安感が募っているのだろう。

 けれど――。


「へぇ……中々強そうだな。あたしは薔薇園烈華、宜しく」

「優雅さんには妹さんがいらっしゃったのね。私は百合宮清璃よ。宜しくね」


 二人はごく普通に自己紹介を行った。

 その様子に面食らった様に、結我は目を瞬かせる。


「ほら言ったろ? ここは僕にとって夢の花園でもあるけれど、変人の巣窟でもあるからな。お前だって当たり前に受け入れられる」

「おい、聞こえてるぞ戯言ワクチン」

「一番の変人が何か言ってるわね」


 そのやり取りを見て結我は僅かに笑んで。


「貴様の言いやがった通りです。自分をすんなり受け入れるなんて、変わった人たちです」


 僕は結我へと正対し、そして愛すべき姉妹を出迎える。



「――ようこそ、園芸部へ。此処はお前たちが幸せになる為だけの場所だ。此処には華々しい異常が詰まってる。好きなだけ、自由に生きろ」



 すると、桜庭優雅と桜庭結我は愛らしい微笑みを湛えて言葉を紡ぐ。



「先輩方、姉妹共々宜しくお願いします」



 たおやかでいてしたたかな優美さを併せ持つ、桜の様な笑顔だった。

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