第23話 桜庭×花車先輩=???

 ――以下、桜庭優雅さくらばゆうがの語り。


「私の父親は公家くげの一族の末裔です。名家と呼ばれる家に生まれた私は、この世に生を受けた瞬間から優秀である事を義務付けられました。親の定めたレールの上を辿るだけの人生。当初、私はそれに何の疑問も無く生きていました。それが絶対的に正しいと、そう思っていたんです。そう、思い込んでいたんです――」


「私の中で新しい人格が花開いたのは、桜架おうか女学院中学校に進学してからの事でした。きっかけはクラス内で発生したいじめ。その対象は小雀こがらさんという小柄で大人しい女の子でした。いじめの原因はクラスのカースト上位の女子が小雀さんを気に入らないと判断したからです。笑っちゃいますよね。そんな下らない理由で、一人の少女の存在がクラスから抹消されちゃうんですから」


「女子のいじめは男子のそれとは毛色が違います。酷く陰湿で、心理的な部分での攻撃が主です。……徹底的なまでの無視。どれだけ小雀さんが訴えようと、まるでそこには誰もいないかの如く、皆は無視を決め込んでいました。そしてその空気に対して誰も抗おうとはしませんでした。たった一人、愚かな私を除いて」


「優秀な人間である事を義務付けられていた私は、小雀さんのいじめを解決しようとしました。それは善意なんかじゃなく、ただ利己的な感情――勘定に基づいた行動です。結果的に担任や学年主任の先生達を巻き込んで、私は小雀さんへのいじめを止めさせる事に成功しました。でもそれはいじめが止まったんじゃなく、ただ標的が私へと移っただけの事だった――」


「優秀な人間はいじめという愚かしい行為には屈しません。肉体的にも、精神的にも強者である事。それが桜庭優雅という人間に求められてた条件だったから。私は自分の心が段々と壊れていく事にも目を瞑り、ただ耐え忍ぶ道を選択しました」



「――そしてある日、私の中に新しい人格が生まれたんです」



桜庭結我さくらばゆうが――愚かな私の唯一の味方で、私の愛すべきたった一人の妹」



「あの子が初めて出てきた時の記憶は曖昧にしかないんですけど、いじめの主犯格だった生徒達に対して過度な暴力を振るった様で、教師たちの制止も振り切って大暴れしたそうです。それはもう悲惨な事になったと後から伝え聞きました。そしてこの事件を機に、私は蕾根つぼみね中学校へ転校する事になったんです」


「はっきり言って、すっきりしました。私の気に入らない奴を私の代わりに懲らしめてくれたので。まぁ多少やり過ぎてしまった部分もあるかもしれないですけど。ただそれでも……悪を倒して、窮屈きゅうくつ鳥籠とりかごから解き放ってくれたヒーロー。それが私の妹、桜庭結我だったんです」





 桜庭は時折、リボンを指に絡めながら過去を語ってくれた。

 何となく、結我という人格について理解した気がする。

 恐らくあれは桜庭優雅の負の感情を請け負う為にいるのだろう。

 優秀な人間である事を義務付けられていた中で、溜まりに溜まっていたストレス。

 そこにいじめという新たなストレスが加わった事によって、桜庭もまた開花症候群を発症。そして結我の人格が暴発したのだと考えられる。

 桜庭は結我の事をヒーローと表現したが、それはきっと間違いだ。

 あの人格をヒーローと称するには些か独善的過ぎる。それこそ姉の為ならば、人を襲いかねない位には。


「私は狡い人間なんです。表では人畜無害な優等生を演じておきながら、その裏では妹に人を傷つけさせていたんですから」


 力ない笑みを浮かべて桜庭は言う。


「でもそれは、結我自身も望んでやってた事じゃないのか?」


 その問いに彼女は静かに横に首を振る。


「たとえあの子がそれを望んでいたとしても、私は結我が人を傷つける事を容認していた事に変わりありません。結局、私が狡い人間である事に変わりは無いんです」


 自分自身を責める様に桜庭は言い放った。

 そして彼女はまるで抱えていた罪を打ち明かすかの如く、思いつめた表情で言葉を続ける。


「でも私はもう、結我に人を傷つけて欲しくないと思ってます。都合の良い事を言っているのは分かってるんですが……。けどそれでも、あの子には自分の為だけに生きて欲しいと思ってしまうんです」


 震える声で、桜庭は言葉を紡ぎ出す。


「生まれた理由がどんなにいびつだったとしても、結我は私の妹ですから……」


 少女の瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。

 意外にもマメな僕はポケットに忍ばせていたハンカチを手渡し、そして告げる。


「――桜庭、お前の悩みを解決できる人を僕は一人知ってる」





 公園から学校へと舞い戻った僕と桜庭。


「夜の保健室って、何だかエッチですね」

「お前、花車先輩にもそのノリで行くつもりなのか?」

「薫先輩のお望みとあれば、羞恥しゅうちプレイの一種として引き受けます」

「マジかよ。僕への忠誠心が凄いなお前」


 そんなやり取りをしている内に僕たちは保健室へと辿り着く。

 引き戸をそっと開くと、保健室の主は普段通りベッドに座っていた。


「待っていましたよ、愛しき後輩君。そして完全無欠の優等生――桜庭優雅さん」


 何処か無機質な微笑みを湛えて、花車先輩は言う。

 あれ、何だか怒ってる――?

 そんな些細な疑問は、僕の脳内に浮かんですぐ消えた。


「花車先輩、桜庭の開花症候群についてなんですけど……」


 僕は桜庭から伝え聞いた話を要約して先輩へと語る。

 そして説明を聞き終えた花車先輩は、何回か深い頷きを繰り返していた。


「花車先輩なら桜庭の問題を解決できますよね?」


 全幅の信頼を置く花車先輩だ。

 この少女なら何かしら解決の糸口を見つけ出してくれるはず――。


「無理です」


 彼女は簡潔に言い放った。


「えっ……。何で……」


 僕は言葉を失う。

 かの花車ゆいが解決できない問題となれば、一体誰が解決できるというのだろうか。

 ただ、花車先輩をじっと見つめる。

 ――何か変だ。凡夫たる僕は先輩の微々たる違和感を再び感じ取って。


「花車先輩、何か言いたげじゃありませんか?」

「何も言いたげじゃありません」


 ふい、とそっぽを向く先輩。

 いつもは粛然しゅくぜんとした少女がから、何処となく幼さを感じる。

 しかし分からない。何が彼女の機嫌を損ねているんだ?

 考えを巡らせるが一向に答えは出ない。

 ……仕方ないな。リーサルウェポンを使おう。


「桜庭、花車先輩に口を割らせろ。手段は問わない」

「良いんですか!?」


 キラキラとした瞳を向ける桜庭。


「あ、うん。節度は守ってね……」


 僕の忠告は届いていたのかどうか。

 かなり怪しいラインではあったのだけれど、桜庭は指示通り花車先輩へと襲い掛かった。


「ゆい先輩、ご覚悟を!」

「ひゃっ、ちょっと桜庭さん!? 何処を触って……! ふふっ、あははっ、ちょっと本当に……待って、ふふふっ……」


 桜庭は全力で花車先輩をくすぐっていた。

 虚弱体質で動けないのを良い事に、桜庭は先輩の身体をまさぐりまくっている。

 たっぷり三十秒ほど。

 僕は美少女たちのもつれ合いをしっかりと目に焼き付けた。目の保養になり過ぎて視力が倍になった気がする。


「はぁ……はぁ…………」


 ベッドの上で息絶え絶えとなっている花車先輩。

 みどりの黒髪は乱れ、頬は紅潮していて。

 まぁ、言葉を選ばないで言ってしまえば――凄くエロかった。

 僕は無言でその姿を写真に収める。


「後輩君、駄目です……撮らないで、下さい……」


 力なく発せられる先輩の言葉を無視して、連続でシャッターを切り続けた。写真フォルダの三スクロール分が先輩の写真で埋まった辺りで、一度撮影を止める。


「それで、何で先輩は怒ってるんですか?」

「いや、それは……」


 顔を背ける花車先輩。

 僕はそんな強情な先輩の脇腹を突っついた。


「ひゃうっ」


 変な声を上げながら花車先輩の身体が跳ねる。


「言ってくれないと、また桜庭に襲わせますよ」

「……人の心とか無いんですか、後輩君には」


 涙で潤んでいる大きな瞳が僕を見据えていた。

 そして数拍置いてから、先輩は観念した様に口を開く。


「……結我さんが後輩君を殺しかけたので、少し怒っていました。すみません、先輩として大人気無い態度でした……」


 ようやく語られたその理由に、僕は酷く拍子抜けしてしまって。


「何だ、そんな事で怒ってたんですか?」

「そんな事って、私にとっては愛しき後輩君が殺されかけた重大事件だったのですけれど」

「大丈夫ですよあれ位。花車先輩のおかげで鍛えられてますから」

「ティファールもあっと驚く様な速度で、罪悪感が沸々と湧いてきました」


 ともかく、先輩が怒っていた理由が分かって良かった。

 あれ位の襲撃であれば全く問題ない。むしろ、桜庭優雅として迫って来た最初の時の方がよっぽど危険だった。

 僕の隣にいた桜庭が一歩前に出る。


「ゆい先輩、結我が薫先輩に暴力を振るった事、私からも謝罪させてください。本当にすみませんでした」


 深々と頭を下げる桜庭。


「結我にも後でちゃんと本人から謝らせます。お礼もしっかりします。ですから、どうか助けてください。お願いします」


 誠心誠意の謝罪と、心の底からの懇願。

 それを受けて花車先輩は困った様に眉を下げる。


「此処まで言われてしまえば、生徒会副会長として断る事は出来ませんね。良いでしょう。今回は特別に助けてあげます」


 あくまでも特別に、と念押しする花車先輩。

 どうせ困っていたら誰彼構わず助ける癖に……。と、僕は内心で思ったけれど口には出さなかった。

 そして普段通りのしとやかな微笑みを湛えた花車先輩が僕に告げる。


「では、後輩君。桜庭結我さんと、直接対決に臨んでください」

「は?」


 それは実に婉曲えんきょく的な死刑宣告だった。

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