桜庭優雅編

第18話 好きです、まぐわって下さい!

 ――六月初頭。


 茜色の夕日が差し込む放課後の教室。

 僕の目の前に立っているのは、我が花咲高等学校における有名人の一人。

 ――名を桜庭優雅さくらばゆうが

 成績優秀、スポーツ万能、文武両道を地で行く少女。

 ピンク色のリボンで結われたツインテールが特徴的で、その明るく優しい性格から男女ともに凄まじい人気を獲得しているという。


「薫先輩……」


 夕日が反射し、桜庭の整った美しい顔が赤く染まっている。

 彼女は意を決した様に小さく頷き、そのつややかな薄い唇が次の言葉を紡ぎ出した。



「好きです、まぐわって下さい!」



 ――愛の告白。否、性の告白。

 僕の清らかな青い春は、酷く性的なそれによって汚されてしまった。





 時刻は放課になった直後までさかのぼる。

 今日は夕方に荷物が届くらしく、僕は薔薇園と百合宮へ先に帰る事を告げ、足早に昇降口まで向かっていた。

 下駄箱を開き、脱いだ上履きを入れようとしたその時。

 僕は下駄箱の中に一通の手紙がある事に気が付いた。


「ま、まさかこれは…………!」


 封筒には「薫先輩へ」と綺麗な文字で書かれている。

 はやる気持ちを抑えつけて、手紙の内容を確認する。


『今日の放課後、南校舎二階の視聴覚室まで来てください』


 手紙には丁寧な字でそう綴られていた。

 これは完全にあれじゃないか。告白の為の呼び出しだ。

 大丈夫だよな、入れ間違いとかじゃないか? ……いや、宛名はちゃんと僕になっている。この手紙は間違いなく僕宛の手紙だ。


「やっと、僕にも春が来たのか……」


 感慨深くそう呟きながら、僕はスマートフォンを取り出す。

 我が花咲高校では放課後となれば、やむを得ない連絡等であれば学校内でもスマートフォンの使用が可能となっている。

 電話を掛けると、相手はコールが鳴るよりも早く応答した。


「あ、もしもしくらむちゃん?」

『なに、お兄ちゃん。もしかして最愛の妹の声が聞きたくなっちゃったの?』

「今日家に荷物届くらしいから受け取っておいてくれ。よろしく」

『無視!? え、てかそれだけ!?』


 用件だけを短く伝え、僕は早々に電話を切った。

 眩ちゃんには悪いが、今は僕の人生の分岐点。たかが荷物如きに時間を奪われる訳にはいかない。

 こうして僕は指定された視聴覚室へと向かったのだった。





 そして、時間は再び現在へ。

 僕を呼び出したのは一年生である桜庭優雅だった。

 その麗しい外見と誰に対しても優しい性格から、生徒たちだけではなく教師からも絶大な人気を誇っているという美少女。

 そんな人間からは凡そ聞こえてきてはいけない単語が、彼女の口から飛び出した気がしたのだが……。


「……で、さっきのは言い間違いか?」


 僕は恐る恐る尋ねる。

 頼む、言い間違いであってくれ。僕の高校生初の告白が、R18に指定されてしまう。そんな事、断じてあってはならない。


「いいえ? ちっとも言い間違いなんかじゃないです。まぐわって下さい、この食べちゃいたい位に可愛い私と」

「食べちゃいたいの意味が変わってくるな」


 僕は思わず反応してしまう。

 何だ、この自己肯定感の塊みたいな変態は。キャラが濃すぎるだろ。二郎系があっさりしていると感じるレベルだ。

 そんなふざけた事を考えていると、桜庭が唐突にスカートの中へと手を伸ばし、左右の腰元当たりから二本の紐を引き出した。紐によってスカートの裾が上がり、彼女の白い太ももが露わとなる。

 名前に違わぬ桜色をしたその紐を両の手でそれぞれ摘まんでいる桜庭。


「私の告白に対してイエスなら先輩から見て右を、ノーなら左の紐を引っ張って下さい」


 なまめかしい笑みを浮かべて、少女は言う。


「それ、何の紐だ……?」

「引いてからのお楽しみです」

「引いた瞬間に僕の人生が終わる気がする」

「終わり? 何を言ってるんですか、むしろ始まりですよ。私との新婚生活の始まりです。さぁ、始めましょう。Re:エロから始める新婚生活です」

「桜庭てめぇ! マジで色々と訴えられそうなネタぶっ込んでくんなや!?」


 一方的に認知していたとはいえ、初対面の後輩に対して此処まで言うのは初めての事だった。


「つれませんねぇ。私並みの美少女から告白されてるというのに……」

「あんな薄汚い劣情を告白と呼んでたまるか」


 まぁ、自身が変態であるという事を僕に明かしたという意味では、奇しくも告白と受け取れるのかもしれないが。

 いや、今はこんな杜撰ずさんな言葉遊びにかまけている場合ではない。

 僕はこの眼前の変態をどうにか処理しなければならないのだ。


「んー、仕方ないかぁ。こうなれば最終手段ですね」

「最終手段ってそんな簡単に使って良いものだったっけ?」


 まだ新編の第一話だぞ……?

 僕の言葉を無視して、桜庭は此方に歩み寄って来る。

 その鋭い眼光は完全に捕食者のそれで。

 喰われる……! 僕の貞操が!

 このままでは百合宮の魔法使いではいられなくなってしまう!

 本能的に危機を感じ取った僕は、咄嗟に視聴覚室後方の出口へと走り出した。


「女の子の告白から逃げちゃ駄目ですよ~」


 軽い足取りで、彼女は視聴覚室に所狭しと並べられた長机の上を走って来る桜庭。

 流石、文武両道と名高い少女。

 身体能力が高いのは当然の事か。

 僕が視聴覚室の扉に辿り着く寸前、桜庭が間に割り込んできた。


「そこを退け桜庭。僕は今日、荷物を受け取りに行かないといけないんだ」

「頼めば良いじゃないですか。蕾根つぼみね中学校三年三組の鬱金眩ちゃんに」


 僕の家族構成とその所属先まで把握されている……!?

 こいつ、花車先輩と同等の情報収集能力を持っているのか。いや、それとも花車先輩から情報を買ったか。


「ほら薫先輩……、もう難しい事は考えないで気持ち良くなる事だけ考えましょ?」


 迫り来る桜庭。

 そこに優等生の面影は一切感じられなくて。

 彼女は酷く淫靡いんびな笑みを浮かべていた。


「駄目だ……! そういう事はもっとお互いをよく知ってからだ!」

「どうせ全部を知るのなら、私の内側から知っていけばいいんです」

「内側ってお前……肉体的な意味で言ってないよな?」

「私のナカを知りたいって話ですよね?」

「全く以て違いますけど!?」


 誤解しか招かない発言。

 二代目戯言ワクチンの称号は彼女にこそ相応しいだろう。


「あぁもう、面倒くさい! さっさと抱かせろ!」

「女側のセリフじゃない!?」


 桜庭からの襲撃に対応する僕。

 流石にある程度の身長差はある。力比べでは負けないはず――。


「え、ちょっ……力つよっ!?」


 僕の想定以上に、桜庭優雅の筋力は高かった。

 あわや押し倒されそうになるも何とか堪える。男の子としての矜持の見せどころだった。

 一時の拮抗状態。

 その時だった。


「……あ」


 ひらり。

 散りゆく桜の花びらの如く、一枚の布がたおやかに床へと舞い降りた。

 こんな丁寧に描写してみたはいいけれど――まぁ、端的に言って普通に桜庭の下着だった。

 こいつ、普段はあれだけ真面目な優等生の顔をしておきながら、スカートの下にこんな際どい紐パンを履いていたのか……!?


「隙ありっ」

「うああっ!?」


 しまった……!

 その桜色の布に気を取られた僕は、その隙を突かれて体勢を崩してしまう。

 くんずほぐれつ。

 僕と桜庭はもつれ合いながら床に倒れ込んだ。

 意図せず桜庭の上に覆い被さる形。


「ん、薫先輩ってば大胆……」

「おい桜庭、さっさと僕の腕から手を離せ。こんな所を誰かに見られたらあらぬ誤解を受ける」

「有り得た事実にしちゃえばいいんですよ」

御託ごたくはいいから早く……」


 僕がそう言い掛けた途端――。

 ガラガラと、視聴覚室の扉が開いた。


「…………何をしているのかしら、鬱金くん」


 絶対零度の響き。

 開け放たれた扉の向こう。

 全てを凍て付かせる様な視線を湛えた百合宮潔璃が立っていた。

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