第15話 人生はヌルゲー(花車先輩の恥ずかしい写真を手に入れた場合に限る)
「どうやら百合宮さんは、体調不良を理由に三日間学校をお休みしているようですね」
お決まりの放課後。
お決まりの保健室。
お決まりの体勢で花車先輩は言った。
寝そべり生き字引。その奇怪な異名にふさわしい情報収集能力である。
「百合宮のマンションの部屋番号、分かりますか?」
「後輩君は学生から犯罪者にジョブチェンジでもするつもりですか?」
「しませんよ。というか、犯罪者をジョブの一つに数えないで下さい」
「条件さえ満たせばどの職種からでもチェンジ出来ますよ」
「ちなみに聞きますけど、その条件って?」
「法を犯す事です」
「そんな軽々しく後輩を
この先輩、人生をフルダイブ型のゲームだとでも思っているのだろうか。
マス目もルーレットも無い、オープンワールドの人生ゲームとはこれ如何に。しかもコンティニューなしの一発勝負。こんなもの、ただのクソゲーでしかない。
「話を戻しますけれど、流石の私も個人情報を流出させる様な真似は出来ればしたくありません」
「ヤンキーの一団を焚きつけて、僕を誘拐させた事をお忘れで?」
「はて? それは彼らが勝手に行った事でしょう?」
「
「そんな証拠は何処にもありません。生憎、私は通信機器の類を持ち合わせていませんから」
一切悪びれる事も無く、花車先輩はそう言い放った。
確かに、彼女の「働き蜂」共を使えば電子の足跡は残らない。……あまりにも犯罪慣れしている。もしかして、犯罪者にジョブチェンジしていたのは彼女なのでは?
「まぁでも、学校を三日間もお休みしている点については心配ですね。仮にも私は生徒会副会長という立場です。困っている後輩を助けるのは先輩として当然の仕事……」
先輩はマリオネットの様な動作で起き上がり、ブレザーの胸ポケットから一枚のメモ用紙を僕に差し向けた。
――1002。
メモ用紙に書いてあったのは四桁の数字。
これが百合宮の部屋番号か。なるほどな……。僕が今日此処に来る事も、そしてマンションの部屋番号を尋ねる事も、花車先輩にはお見通しだったという訳だ。
彼女は一体、どこまで見透かしているのだろうか。
「時折、花車先輩が心底薄気味悪いと感じる事があります」
「そんなぁ……、私もか弱い一人の女の子なんですよぉ?」
顎に人差し指を添えて、わざとらしく上目遣いで僕を見てくる花車先輩。
こちらは薔薇園とは異なる人工的なあざとさだ。作られたあざとさは、僕には通用しない。
「愛しき後輩君のそんな冷めた表情は久しぶりに見ました。ぞくぞくします」
「この世で僕が最も嫌いなのは、戦争と偽りのあざとさです」
「戦争と肩を並べる程嫌いだったのですか……。なら、今後は自粛する事にしましょう……」
珍しい事に、花車先輩はしおらしく肩を竦めていた。
いつもは飄々としている先輩のその姿にちょっとした嗜虐心を煽られてしまって。
「これに懲りたら二度とぶりっこしないで下さい」
「はい……」
「じゃあ、反省の意味も込めて最後にあざとさマックスで「許して欲しいにゃん」って言って下さい」
「えっと……」
「言えないんですか? 花車先輩は生徒会の副委員長ですよね。愛しき後輩の心を傷つけた代償を、その身で支払うべきです」
「何時になく熱量が凄いですね……」
こちらの勢いに気圧されている様子の花車先輩。
よし、ならばこのまま押し切ってしまおう。
「ほら、早く。僕はこの後も用事があるんですから」
「……分かりましたよ。そこまで言うのであれば仕方ありません。副会長の名に懸けて全身全霊で望んで見せましょう……」
思いの外すんなりと、花車先輩は腹を括った。
少女は短く息を吐き。
その小さな両こぶしを頭の上に持ってきて耳を模し、そして彼女は小首を傾げて――。
「ゆ、ゆるしてほしい……にゃ、にゃん……」
――パシャリ。
シャッター音、からの静寂。
花車先輩が愕然とした様子で目を見開く。
「後輩君? 今、写真を……」
「良い絵が取れました」
僕は口の端を吊り上げる。
▶うつがねかおるは、はなぐるまゆいのはずかしいしゃしんをてにいれた!
▶うつがねかおるは、ほけんしつからにげだした!
迷う事無く僕はにげるのコマンドを選択。
保健室からの逃走を図った。
これを「働き蜂」共に高値で売り捌けば、一生は遊んで暮らせる額の大金が手に入るだろう。
なんだ、人生ってヌルゲーじゃん!
――たった今、僕の薔薇色の人生が始まった。
「それでその写真をスマホの待ち受けにした、と」
百合宮の住まうマンションの前で、薔薇園が僕に程よく冷めた視線を向ける。
薔薇園とは高校の昇降口で合流を果たしていた。
彼女としても百合宮が学校を休んでいた事を心配していたらしく、僕が百合宮の家に突撃する旨を伝えると、着いて来る意思を示したので連れてきた次第である。
「色々とご利益ありそうだろ?」
「金運が上がるみたいな事?」
「運というか、金そのものというか……。まぁそれは良いよ。早速、百合宮の部屋に行こう」
僕は脳内で計画していた金策がバレる前に、マンションの入口へ向かった。
偶然居合わせた運送会社の男に対して精神干渉の異常を発動、彼と共にマンションの内部へと侵入する。
「何だか、侵入するのに手慣れてないか?」
五階で男性配達員が降りた後、二人きりとなったエレベーターの中で薔薇園が言った。
「それは僕のご主人様に言ってくれ」
「花車先輩に……?」
「人助けの為に僕を誘拐させる様な人間だぞ。そんなのを主人に据えていれば、奴隷である僕も感化されて当然だ」
「なるほど」
エレベーターが十階に到着する。
1002が百合宮の部屋番号。
「――ここか」
彼女の部屋はエレベーターを降りてすぐ近くにあった。
「どうやってドアを開けさせる? 来たのがあたしたちだと分かったら、開けてくれないかも」
薔薇園が腕を組んだ状態で尋ねる。
「それは簡単だ」
僕は迷わずにインターホンを押した。
数秒後、聞き覚えのある少女の声が返ってくる。
『――はい』
「あ、Amazonですぅー」
『はい』
通話終了。
「マジか……」
「現代人の良くないところだな。Amazonって言われたら、ちゃんと確認しなくても何か頼んでいたかもしれないというマインドになる」
「こわ……あたしも気を付けよ」
薔薇園がそう小さく呟くと同時に部屋の扉が開く。
現れたのは、モコモコしたルームウェアを着用した少女だった。淡い水色をしたそれには、フード部分に可愛らしいうさ耳が付いている。
「――え゛」
凄まじい形相でこちらを見つめる百合宮。
彼女の今のその姿からは、学校で言われている様な異名は微塵も連想できなくて。
「百合宮さんのお宅で合ってますか?」
「……人違いです」
「僕もそう思います」
ドアを閉めようとする百合宮。
しかし僕は即座に薔薇園へと指示を出す。
「行け、レッカチュウ! 強行突破だ!」
「レッカぁ……」
薔薇園が片腕をドアの隙間に挟み込み、そしてそのままこじ開けていく。
華奢な体躯の百合宮が天下無敵の不良少女である薔薇園に力で叶うはずもなかった。
強引に百合宮の部屋に突入した僕たち。
勢いのままリビングルームへと向かうと、一匹の黒猫が出迎えた。
「にゃあ」
利発そうな顔立ちをした黒猫が来客を歓迎する様に鳴く。
広大なリビングにはキャットタワーが乱立しており、恐らくこの黒猫主体の部屋となっている事が伺える。
「ちょっと、薔薇園さん! そっちは……」
廊下から百合宮の焦燥に満ちた声が聞こえた。
振り向くと、そこにはリビングとは別の部屋に突入していくレッカチュウが。性格はやんちゃだったっけ。
「おぉ、すごっ」
薔薇園が驚きの言葉を漏らす。
僕も彼女の背中越しに部屋を覗くと、そこにはいかにも女子らしい、とても可愛らしいメルヘンチックな部屋が広がっていた。
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