第13話 薔薇園(幼女)×百合宮=??

 僕がコンビニへと向かっている途中。

 突然ズボンのポケットに入れていたスマートフォンが鳴った。

 珍しい事態に驚きつつも、着信画面を確認する。


 ――鬱金眩うつがねくらむ


 妹からの着信だった。

 四回程、コールが鳴った後で僕は電話に出る。


「もしもし」

「電話はコール三回以内で出てって、毎回言ってるよね?」

「そんなメンヘラ彼女みたいな事を言うな。僕がスマホの扱いに慣れてないの知ってるだろ」

「知ってるよ。家族以外の連絡先が登録されてない事も知ってる」

「はははっ。眩ちゃん、それはもう過去の僕だ。今は違う」

「へぇ。なら一応聞くけど連絡先を交換したのは男子? 女子?」

「女子だ」

「お母さーん? この辺に精神科の病院ってあったかなー?」

「そんな軽率なノリで兄を精神異常者にカテゴライズするな」


 僕は小さな溜息を零す。


「それで、眩ちゃんが僕に電話なんて珍しいな。何かあったのか?」

「いや、普通にお兄ちゃんの帰りが遅いから電話したんだよ。晩御飯、どうするの?」


 眩からの言葉に僕はハッとする。

 そういえば、薔薇園の家に立ち寄っている事を今の今まで伝え忘れていた。


「ご飯は友達の家で食べたから大丈夫だ。もし、僕の分が残っているなら明日の朝に食べるよ。母さんには連絡が遅くなってごめんって伝えておいてくれ」

「伝える分には何の問題も無いけど……」

「何だよ、眩ちゃんにしては歯切れが悪いな」

「お兄ちゃん、嘘はついてないよね? 深夜に涙を流しながら、冷めた残り物を食べるお兄ちゃんなんて私見たくないからね」

「残念ながらお前の兄はそこまで可哀想な人間じゃない、安心しろ」

「それなら良いんだけど。あんまり遅くならないようにね」

「はいはい。ありがとう」


 僕は電話を切った。

 さて、と。コンビニまではもう少しだ。





 コンビニでスポーツドリンクとゼリー、プリン、そして薔薇園用のハーゲンダッツを買った僕は薔薇園家へと直帰した。

 支払いは勿論PayPay。僕がインストールした中で唯一使いこなしているアプリケーションである。


「ただいまー」


 帰宅してからそのまま和室へと直行し、ふすまを開けた。


「は」


 喉奥からまろび出たのはそんな頓狂とんきょうな一文字。

 開かれた襖の先には、上裸姿の百合宮がいた。

 幸い、僕からの視点では背中しか見えなかったのだが、その陶磁器の如き滑らかな白い柔肌に目を奪われてしまって。

 僕の凡庸ぼんような頭脳が、瞬時に状況を理解する。

 恐らく、汗をかいた百合宮の背中を薔薇園がタオルで拭いてあげようとしていたのだろう。

 そしてそこに丁度良く買い出しから戻って来た僕が居合わせたという訳だ。

 では、これらの状況から導かれる答えは?


 ――死。

 これ即ち、死だ。


「歯を食いしばれ」


 百合宮に上着を着せた後、薔薇園が僕の目の前で仁王立ちとなる。

 それに対し、僕もまたコンビニの袋を下に置いて覚悟を決めた。


「さぁ来い! 物理的な衝撃で僕の記憶を飛ばしてくれ!」

「ちょっと鬱金くん、貴方がそんな罰を負う必要なんてないわよ!」

「馬鹿言え! 後ろ姿だったとはいえ、嫁入り前の女子の裸を見たんだ。それ相応の報いを受けるべぐほぁっ――!?」


 言葉の途中で、薔薇園の正拳突きが僕の腹部にクリーンヒットしていた。

 さっき食べた肉じゃががほんの少し顔を覗かせる。

 馬鹿! 出てきちゃだめ!

 床に這いつくばりながらも、どこぞのナウシカの幼少期時代を彷彿とさせる感想を僕は抱いていた。





 そんな一騒動も落ち着き。

 僕と薔薇園、そして百合宮はそれぞれコンビニで買ってきた品々を食していた。百合宮はみかんゼリーで薔薇園はハーゲンダッツ。僕はプリンだ。


「ポムポムプリンってキャラいるだろ?」

「何よ藪から棒に」

「僕って単語の対義語を考えるのが密かな趣味なんだけどさ」

「そう、素敵な趣味ね」

「棒読みが過ぎるぞ百合宮。Siriの方がまだ感情的に聞こえるレベルだ」

「ごめんなさい。あまりにも興味がなかったから」


 百合宮は一切悪びれもせずに言った。

 僕の軽妙なトークをここまでばっさり切り捨てるとは中々やるな。


「で、何なのよ。ポムポムプリンの対義語って」

「ガチガチチキン」

「語感が絶望的にサンリオ向きじゃないわね」

「対義語だからな。ちなみに照り焼きチキンの妖精だ」

「詳細はいらないわよ。……何故か分からないけれど、ボディビルダーみたいなキャラを連想してしまったわ」

「黒光りしたマッチョに鳥の被り物してもらうか」

「どこ向けのキャラにするつもりなのよ……?」


 百合宮は眉間に皺を寄せていた。


「そう言えば百合宮、お前家の人に電話とかしなくていいのか?」


 僕は先ほどあった眩からの電話を思い出し、丁度みかんゼリーを完食した百合宮へ尋ねる。


「大丈夫よ。両親は仕事で海外にいるから、家には誰もいないわ」

「一人暮らしなのか」

「そうね。でも高校生にもなったら別に珍しい話でもないでしょう。見た所、薔薇園さんも一人暮らしの様だし」


 確か、薔薇園はおばあちゃんと二人暮らしだったはずだが。

 件の少女を見ると、彼女はアイスを食べる事に集中していた。返事が無い事に違和感を覚えたのか、百合宮は薔薇園(幼女)へと声を掛ける。


「薔薇園さん?」

「んー?」

「貴女も一人暮らしなのかしら?」

「ううん」

「誰かと暮らしているの?」

「うん、おばあちゃんと」

「そう……。おばあさまは今どこに?」

「病院。もうすぐ退院できるんだって」

「へぇ。それは良かったわね」

「うん」


 一通りの会話を終えて、百合宮がゆっくりと僕の方を向く。


「薔薇園さん、どうしちゃったの?」

「何が?」

「何がって、何もかもよ。あの花咲の赤鬼だとか言われてた不良少女が見る影もないじゃない」

「ああ、言ってなかったっけ。薔薇園はアイス食べてる間だけ幼女になるんだ」

「何よそのらんまみたいな特殊条件」

「この令和の時代にらんま1/2が分かる高校生とかいないぞ」

「高橋留美子先生の不朽の名作でしょ」

「勿論それには同意するけれども」


 ふむ、これもいい機会だ。

 薔薇園の可愛らしさを百合宮にも存分に味わってもらおう。


「百合宮、今の薔薇園なら多分何しても怒らないぞ」

「本当に?」


 半信半疑と言った様子で百合宮は薔薇園に手を伸ばす。

 百合宮の白くて細い人差し指が、薔薇園の頬をむにっと突っついた。


「んむ」


 小さい声が漏れて。

 その柔らかさに魅入られたのか、百合宮は憑りつかれた様に薔薇園の頬を触っている。


「んー、食べたいの?」


 頬を突かれまくった事で、薔薇園(幼女)は百合宮がアイスをねだっているのだと勘違いしたみたいで。

 どうやら今日の薔薇園は機嫌が良い様だ。僕の時とは違い、スプーンでアイスをすくって百合宮の方へと差し向ける。



「――あげる」



 まだ僅かに幼さの残ったとろける様な笑顔で、彼女は言った。


「んぐあぁっ……!」


 百合宮は自身のその薄い胸を押さえ、布団へ仰向きに倒れ込んだ。


「死ぬな、百合宮ぁ!」

「あの屋上ではいつも憎たらしい薔薇園さんが、アイス一つでこんなにも愛らしくなるなんて……! 持ち帰りたい、一生アイスを食べさせ続けていたいわ……!」

「申し訳ありませんお客様。当店はお持ち帰り厳禁です」

「お金なら腐る程あるわ」

「駄目です」


 暴走し始めそうな百合宮。

 僕がそれを抑えようとしていると――。

 薔薇園がおもむろに、倒れていた百合宮の上へと跨った。そして先ほど同じ様に、百合宮の口へとスプーンを近づけていく。


「あーん」


 せっかく大好きなアイスを分け与えようとしたのに、百合宮が食べてくれなかった事に対して怒っているのか、薔薇園は強引にでもアイスを食べさせようとしていた。


「うああああぁぁ……」


 出来損ないの悲鳴をあげつつ、両手で顔を覆う百合宮。


「薔薇園! 百合宮がマジで死んじゃうから! 顔が有り得ないくらい真っ赤になってるから!」


 ――この期に及んで、大騒ぎだった。

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