第11話 さくっと記憶を改ざんしちゃえっ☆

 百合宮潔璃に死を勧められてから一週間後。

 僕は園芸部(仮)の部室として使用される予定の空き教室にいた。


「鉄壁の風紀委員ねぇ……」


 この一週間、僕は百合宮潔璃ゆりみやきよりという人物について色々と嗅ぎ回った。それはもう犬の如く、四つん這いで。

 調査の結果、実際の百合宮潔璃という少女は花車先輩に聞いた情報と一切相違ない人物だという事が分かった。


 氷の魔女。


 絶対女王。


 歩く校則。


 ――そして、鉄壁の風紀委員。


 彼女は生きた校則そのものだった。

 学年や性別、果てには生徒や教師といった垣根も超えて、百合宮潔璃は花咲高等学校の人間全員に校則を徹底させていた。

 スレンダーなスタイル。そして他者を突き放す様な冷めた瞳。淀みない澄み切ったその凛とした姿勢。


 ――純白。


 ――潔白。


 ――清白。


 そうした言葉の権化が百合宮潔璃だった。

 誰ともつるまない。笑顔も見せない。普段の学校の彼女は無機質な雰囲気を纏う美少女で。

 彼女の人間らしい部分を見たのはあの屋上の時だけ。

 それ以外は可愛らしい白のレースの下着を履いているとは思えない無機質ぶりだった。


 ――コンコン。


 不意に部室のドアがノックされた。

 僕の返事を待たず、ドアが開かれる。

 入ってきたのは青みがかった輝きを放つ黒髪の少女。そう、百合宮潔璃だった。


「貴方、此処で何をしているのかしら?」


 氷の様に冷たい声音。


「この教室は空き教室のはずなのだけれど?」


 僕は彼女を暫くの間見つめた。

 履歴書に書けない特技シリーズその1を使い、百合宮の身長を目算で割り出す。

 ふむ、大体165センチ位か。薔薇園よりは少し高い程度。……ただまぁ、胸囲の部分では脅威の差があるのだけれど。


「貴方、今何かとても失礼な事を考えてない?」

「いや全く。脅威的だなと思っただけだ」

「何がよ」

「言っていいのか?」

「発言には責任を持ちなさいよ?」

「なら言えないな」

「貴方が失礼な事を考えていた事は分かったわ」


 ……嵌められた。

 完全に言い負かされていた。

 花車先輩との会話で大分鍛えられていたと思っていたのだが、僕もまだまだの様だ。


「それで、まだ質問の答えを聞いていないのだけれど。貴方、此処で一体何をしていたの?」

「僕が何をしていたのかと問われれば、園芸部結成の為にどうすれば部員のを集められるのかを考えてた」


 当たり障りの無い回答。

 まぁ、部員集めに困窮していたのは事実だ。嘘は言っていない。


「園芸部? そんなものを作って一体何をするつもり?」

「愛らしい花々を愛でる」

「却下するわ」

「何でだよ!? 一風紀委員如きにそんな権限無いだろ!?」

「だって、風紀の乱れる予兆を感じ取ったんだもの」

「お前は風紀を守る為に生み出されたロボットか何かなのか!?」


 いや、むしろロボットだった方が色々と辻褄は合う。

 彼女がロボットだったならその重量も中々のはずだ。であれば、僕が階段で吹き飛ばされたのにも納得がいく。


「風紀を乱す者には鉄拳制裁を加えるわ」

「鋼鉄の拳を振るわれたら、人間の頭蓋なんて簡単に割れるぞ」

「私の拳で割れる程度なら鍛え方が足りないわね」

「鍛えるって、どうやって?」

「脳トレをするといいわ」

「それでいけんの!?」


 何なんだこいつ。

 僕が調査した時と大分キャラが違うぞ。こんな冗談も言えたのか。


「それで貴方」

「貴方って呼ばれるのもそろそろ飽きたな。僕の名前は鬱金薫うつがねかおるだ」

「では鬱金くん。正式な手続きを行っていないのであれば、此処の教室は使用禁止です。即刻退去しなさい」

「はいはい、頭蓋骨が割れるのだけは勘弁だからな。百合宮の言う通りにするよ」

「何勝手に名前を読んでいるの? 許可した覚えは無いのだけれど?」

「鉄壁の風紀委員様は名前を呼ぶのにも許可が必要なのか?」

「私の前では呼吸をする事さえも許可が必要よ」

「どんな絶対王政だよ!?」


 絶対女王という異名に相応しい圧政だった。





 ――翌日。

 僕は日直の仕事を完遂した後、帰路に着いていた。

 まさか、学級日誌を書くのに二十分もかかるとは思わなかった。我ながらどれだけ日々の授業に関心が無いのだろう。

 授業以外の部分でなら、主に薔薇園や花車先輩との他愛もない会話劇の感想を記入すれば良かったのだが、担任が目を通す日誌だ。ふざけた内容でやり直しを喰らうのも面倒だった。

 結果的に僕は何とか天気と体育の授業の話を引き延ばし、希釈し、少し大きめの文字で空欄を埋め尽くした。


 夕暮れ。

 茜色に染まる道を行く。

 ふと視線を前にやると、見覚えのある人物が歩いているのが見えた。


「あ、百合宮だ」


 僕が見据える先。

 ここ一週間で嫌という程見てきた鉄壁の風紀委員が歩いていた。

 しかしながら何処か様子がおかしい。

 いつも整然とした姿勢を崩さない彼女が、とても不安定な足取りをしている。今にも倒れてしまいそうな雰囲気だ。

 百合宮の進む先には交差点が待ち受けている。

 僕はすぐさま走り出した。


 ――明滅する信号。


 歩行者用のそれは青から赤へと移り変わる。

 けれど百合宮はその覚束ない足取りのまま横断歩道内に侵入していって。

 けたたましいクラクションが響く。

 急ハンドルを切りながらも、鋭角で突っ込んでくる大型トラック。


「百合宮!」


 間一髪。

 僕は何とか彼女の背に追い縋り、その身体を引き寄せた。百合宮の細い身体を抱きかかえて勢いのまま後ろに倒れ込む。

 トラックがドリフト気味に停止。荷台が遠心力によって振られ、すぐ傍に立つ歩行者用の信号機に直撃した。


「おい、大丈夫か!?」


 百合宮の顔を覗き込むと、彼女は酷く苦しそうな顔をしていた。

 額に手を当てる。

 ……熱い。重度の発熱だ。

 病院に連れて行った方が良いか。

 僕がそんな事を考えていると――。


「危ない……!」


 百合宮の弱々しくも切迫した声が聞こえた。

 咄嗟に視線を上へ向けると、歩行者用の信号機がこちらに向かって倒れてきていた。

 回避は間に合わない。この状況でも思いの外冷静な思考回路が明確な結論を導き出す。

 僕は迷う事無く彼女の上に覆い被さった。

 次に来る痛みを覚悟して目を閉じる。



 しかし、何時まで経っても衝撃は訪れなくて。



 ゆっくりと目を開ける。

 結果から言うと、信号機は倒れてくる途中の段階で不自然に静止していた。

 物理法則を無視した異常事態。

 僕はその結果に驚きながらも、信号機の下から百合宮を避難させる。安全な場所まで移動した瞬間、折れた信号機が地面と激突した。


「今のは……」


 ――異常。

 それは恐らく、僕にとって馴染みのある物だろう。

 開花症候群。

 百合宮もまた僕や薔薇園と同じなのか。

 彼女もまた、心に異常な花を咲かせた人間だったのか。

 事故の音を聞きつけて、野次馬がぞろぞろと集まってきた。


「……面倒だな」


 僕は小さく呟く。

 あまり気が乗らないけれど仕方ない。

 自分の上着を丸めて簡易的な枕を作り、百合宮をそっと地面に寝かせる。

 そして僕は立ち上がった。

 柏手を一つ。人々の視線をこちらに集中させる。


「はい、皆さんご注目!」


 鬱金香うこんこう――精神干渉の異常を使用する。


「今の事故は老朽化した信号機が倒れてきて、それを回避しようとしたトラックが急ハンドルを切って停止した……それだけの事です。良いですか?」


 人々の認識を強制的に上書きする。

 百合宮が開花症候群によって引き起こされた異常を消去する。


「では皆さん、僕の言う通りに。解散!」


 さくっと気軽に記憶の改ざんを行い、集まってきた人々を離散させた。

 そしてすぐに僕は百合宮の下へと舞い戻る。

 高熱に浮かされている状況。こうした本人の意思が曖昧な状況下では、いつ彼女の開花症候群が暴発するか分からない。

 なら、病院へ連れて行くのは悪手か。

 僕はスマートフォンを取り出す。

 愛しき僕のスマホ。数少ない活躍の機会だ。

 スカスカの電話帳から親愛なる友人を選択する。


「あ、もしもし薔薇園? ちょっと助けてくれるか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る