第7話 愛・Love・融
「――お前ら、骨も残らないと思え」
真紅のパーカーが風に揺れる。
鋭利な剣呑さを湛えた薔薇園の大きな瞳が、敵対者たちを睨みつけていた。
「来たなぁ、赤鬼ぃ……。やっちまえお前らぁ! 前にやられた分、きっちりお礼してやれ!」
金髪ヤンキーが大声で号令をかける。
周囲の不良たちがそれに呼応して即座に動き出した。
鉄パイプやナイフ、各々の武器を持ち寄って、彼らは薔薇園に向かって突貫していく。
「逃げろ、薔薇園!」
僕は薔薇園へと叫んだ。
幾ら彼女が強いとは言っても、この人数を一人で相手にするのは無理だ。
しかし薔薇園は少しも退く素振りを見せず、却って不敵な笑みを浮かべていた。
「うぉらああああああ!」
一人の不良が先陣を切り、鉄パイプを薔薇園へと振り下ろす。
しかしながら、それが薔薇園を傷つけることは叶わなかった。
果敢にも突撃していった不良たちは皆、一様に動きを止めている。
その理由は明白で。
ドロリと、彼らが持っていた武器が全て溶け落ちたからだった。
感情の起伏によって熱を発する、バラの異常。
それが今、彼女の中で開花していた。
この広い倉庫内の空気が一瞬で灼熱地獄へと変貌する。
――次の瞬間。
薔薇園烈華による鮮烈で、苛烈で、熱烈な蹂躙が始まった。
「うわああああああ!?」
先程までの怒号は、今や情けない悲鳴に塗り替えられていて。
人々がいとも容易く、襤褸雑巾の如く吹き飛ばされていく。
「……って、あっつ!? 熱いな!?」
僕は椅子に縛られたままジタバタと足掻く。
薔薇園の発する熱が限界を向かえている。
このままだと倉庫自体がドロドロに溶け落ちてしまいそうだ。
「ひ、ひぃいい」
あれだけの威勢を張っておきながら、無様にも悲鳴を上げながら逃げようとする金髪ヤンキー。
「あ、おい。お前!」
「へ!?」
「この縄解いてくれ!」
クールタイムを終え、僕は鬱金香の異常を発生させる。
彼の精神に干渉し、拘束を外させた。
暑い、熱い。
椅子から立ち上がった僕は上着を脱ぎ捨てる。
見ると総勢三十名程いた不良たちは既に、薔薇園によって全員叩きのめされていた。
しかし彼女の熱が収まることは無く。むしろ、その温度は今もなお上がり続けていて――。
「馬鹿馬鹿! 屋根が落ちたら全員死んじまうぞ!」
僕は不良たちの身体を踏みつけつつ、薔薇園の元まで駆け寄る。
「おい止まれ、薔薇園!」
精神干渉を行おうとするが、今の彼女に僕の声は届いていないようで。
ただぼうっと、虚空を見つめて佇んでいる。
「寒い……。寒いよ…………」
まさか、今の彼女は過去の記憶に囚われているのか。
公園で薔薇園が語っていた事を思い出す。幼少期、風邪を引いた時の記憶。父親は仕事でおらず、孤独の中で苦しんでいた時の記憶。
近づこうにも、彼女が発する熱で中々近づけない。
「お父さん……、何処にいるの…………?」
燃える。
「寒いよ……寂しいよ…………」
燃え盛る。
孤独に比例する様に。
彼女の熱は上がり続ける。
「あたしは……誰にも……愛されない…………」
薔薇園が酷く悲しそうに呟く。
気づけば、僕は走り出していた。
そして高熱を発し続ける薔薇園の身体を抱き寄せる。
「熱っちいいいぃ!」
皮膚が焼けるような高温。
だがそれでも、薔薇園を強く両の手で抱きしめる。
「熱い熱い熱い! おい聞け、薔薇園! お前が、お前みたいなギャップ面白激かわ生物が誰にも愛されない訳ないだろ!」
僕の大声が倉庫内にこだまする。
薔薇園が欲していたのは心の温かさ。すなわち愛情だ。
心の冷たさを紛らわす為に、彼女は熱を発している。
ならば友人となった僕が、薔薇園の孤独を埋めてやるしかない。
彼女の辛さ、寂しさ、孤独。その全てを受け止めるんだ。
「薔薇園さえ良ければ、僕がお前を最大限に愛してやる。恥ずかしくなる位に愛でてやる。アイスだっていつでも買ってやるから。だからもう、そんなに熱を求めるな」
より一層、少女の身体を力強く抱きしめて僕は告げた。
凡夫たる僕では、愛らしい花を愛でる事しかできない。けれど、彼女が愛を求めるならば、僕は僕が持ち得る最大限の愛を全て注ごう。
やがて、熱が次第に収束していく。
全てを熔かし尽くさんとする高熱が、人の体温にまで戻る。
僕は薔薇園と共に地面へと座り込んだ。
「ははっ……よくそんな言葉、恥ずかしげも無く言えるな……」
意識を取り戻した薔薇園が言う。
体温はまだ少しだけ高い。
「せっかく出来た友達が、あたしのせいで危険な目に遭った……」
「違う、これは薔薇園のせいじゃないよ。僕が油断しただけだ。むしろ、薔薇園は二度も僕を助けてくれた恩人だ」
「でも、スマホを取り返したのは余計なお世話だったんじゃないのか……?」
「いいや、今は薔薇園の連絡先が登録されてるからな。大切な宝物だ」
僕は薔薇園からそっと体を離す。
そして正面から向き合った。彼女の顔はほんのりと赤らんでいて。
薔薇園は猫を彷彿とさせる大きな瞳に、薄っすらと涙を湛えている。
「もう誰にも愛されないと思ってたんだ……」
「うん」
「また、一人になると思った……」
「そうか。でも安心しろ、僕がお前の傍にずっといる」
薔薇園の両手を握り、胸を張って宣言する。
この僕、鬱金薫は愛らしい花を愛でる為だけに存在する。
「……本当に、良いの?」
小首を傾げて、そう問う彼女は最早ただの愛らしい一人の少女で。
「ああ、勿論。恥ずか死ぬ程に僕が愛し尽くしてやる」
僕は堂々と笑って、そう言い切った。
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