第6話 ツンデレならぬツンドロ
「――ありがとう」
隣を歩く薔薇園が唐突にそう言い放った。
すっかり日も落ち切った帰り道。
「今日は準備があるのでまた明日、改めて此処へ来て頂いても?」と、花車先輩に言われた僕たちは素直に帰路に着いていた。
「僕は何もしてないぞ。お礼を言うなら花車先輩に……」
「分かってる。でも、鬱金はあたしを助けようと動いてくれた。それに対しての感謝だ」
「義理堅い事だな。ま、お礼は有難く受け取っておくよ」
貰えるものは貰っておけ。
これもおばあちゃんからの教えだ。
「ん、そうだ。鬱金、スマホ出して」
「え? このタイミングでカツアゲ?」
皆、家族以外の連絡先が登録されていないスマートフォンがそんなに欲しいのか。
――あ、普通に初期化しやすいからか。
気づきたくなかった事に気付いてしまった僕を見て、薔薇園がむすっとした表情を浮かべている。
「違う。いいから、出して」
「全く強引な子ねぇ」
僕は傷一つ付いていないスマートフォンを手渡す。
ロックの付いていないスマホを見て薔薇園は多少の驚きを見せ、慣れた手つきでそれを操作し、そしてまた彼女は目を見開いた。
「家族以外登録されてないの、嘘じゃなかったんだ……」
「おい、止めておけよ。僕のメンタルはシュークリームより柔らかいぞ」
「何、その乙女じみたセンス……」
メンヘルメタファーの使い手とは僕の事だ。
薔薇園が呆れた様子で呟いた後。
「――はい、あたしの連絡先登録しておいたから」
彼女は操作し終えたスマホを差し出してきた。
画面を見ると、薔薇園の名前が綴られている。
「え!? すげぇ、これって血縁関係のある人以外でも登録できるんだ!」
「やめて。あたしまで悲しくなる」
薔薇園が懇願するので自虐も程々にしておこう。
「でも何で? 俺の連絡先が欲しかったのか?」
「それはまぁ……一応、友達として……」
ほんのりと彼女の頬が茜色に染まり、周囲の温度が上がる。
――友達。
それは僕にとって馴染みのない言葉。だから少しだけ気恥ずかしくなってしまって。
「トモ……ダチ…………?」
「初めて人語理解した化物?」
「悪い、照れ隠しだ。薔薇園、お前僕の友達になってくれるのか」
「関わるなって言っても踏み込んできたのはそっちだ。今更、関係断つなんて許さないから」
ツンとした顔で、ドロッとした発言。
ツンデレならぬツンドロ。
新ジャンル開拓である。
「僕のせいで、メンヘラ不良少女が生まれてしまった」
「そのスマホ、叩き壊そうか?」
「ごめんなさい。これは家宝にします」
僕は両の手を合わせて薔薇園を拝む。
色々とふざけはしたが、これは全て嬉しさの裏返しだった。
「じゃ、あたしはこっちの道だから」
「ああ。じゃ、また明日学校でな」
「うん。また、明日……」
僕と薔薇園はそれぞれの帰路に着く。
また、明日。そんな言葉を口にしたのは随分と久しぶりの事だった。
僕は意気揚々と歩く。
そして路地を一本入ったところで唐突に――、背後から誰かに頭を殴られた。
衝撃で地面に倒れ伏す。
「おい、とっとと車に運べ!」
霞む視界の中、聞き覚えのある男の声がして。
あぁ、確かあの金髪のヤンキー……。
そこまで思い出したところで、僕の意識はぷっつりと途絶えた。
目を覚ますと、僕はパイプ椅子に括りつけられていた。ずきり、と鈍い痛みが後頭部に走る。
ぼやけた視界の中で状況を把握する。
だだっ広い建物(恐らく倉庫だろうか)にいるのは僕と数十名の怖いお兄さんたち。
なるほど。
どうやら僕はヤンキーの一団に攫われたようだった。
でも、何で?
わざわざリスクを冒してまで僕を誘拐するメリットなど一つも無い。こんな平凡な男子高校生を誘拐した所で特に何の面白味も無いだろう。
まぁ、誘拐に面白さを求めるなどお門違いではあるのだけれど。
「お、目が覚めたか」
金髪ヤンキーがニタニタとした厭らしい笑みを浮かべながら近づいて来る。
こいつこんな薄暗いなかでもサングラス掛けてるのか。
彼のプロ根性に僅かばかりの敬意を払う。
「薔薇園烈華にはお世話になったからなぁ、お礼参りってやつだ。お前はその餌だよ、鬱金くん」
ご丁寧に目的を説明してくれるヤンキー。
ありがとう。
おかげでさらに詳しく状況を理解できた。
薔薇園の様な有名人ではない僕の名前さえ知られている。ただのヤンキーの一団がわざわざ情報収集などしないだろうから、誰かから情報を流されたと考えるべきか。
――では誰に?
そんなのは決まっている。
花車ゆい、ただ一人だ。
「ほら見ろ」
ヤンキーが僕にスマートフォンの画面を見せてきた。
ああ、また僕のスマホが囚われている。
どこぞのピーチ姫とタメを張れそうな位の頻度だ。
「お前のスマホから薔薇園にメッセージを送った。鬱金薫を誘拐した、返して欲しくばこの倉庫まで来いってな」
金髪ヤンキーがスマホをひらひらと振っている。
「あとお前、ロックは掛けた方が良いぜ」
「それは本当にごもっとも」
僕は思わず返事してしまっていた。
人を誘拐するような不良に正論を言われると思いの外凹むな。
ただまぁ、彼らが如何に無駄な事をしているのかを考えると、笑いが込み上げてしまう。
「……っかしなぁ。まだ返事が来ねぇ」
ヤンキーが首を傾げる。
「薔薇園は来ないよ」
「あ?」
「僕と薔薇園は知り合ってまだ二日だ。そんな奴をわざわざ助けには来ない」
僕が真面目な顔をしてそう言い放ったその刹那。
顔を思い切り殴られた。
口の中が切れ、鉄の味が口腔内に広がる。
「だったらお前を限界まで痛めつけて、その無様な姿を薔薇園に送りつけてやればいいだけだ」
悪辣な笑顔が彼の顔に浮かんでいた。
大分、不味い状況だな。どうにかしてこれを切り抜けないと……。
僕が僕自身の生存の為に何をすべきか悩んでいた時――。
正面のシャッターが弾け飛んだ。巨大な白色のそれは、発泡スチロールの如く軽々しく宙を舞う。
爆発? いや違う。
僕は倉庫の入り口に佇む人影を見た。
「――お前ら骨も残らないと思え」
巻き上がった粉塵の最中。よく通る明快な声が倉庫内に響き渡る。
――鮮烈。
――苛烈。
――熱烈。
粉塵が晴れたそこには件の少女、薔薇園烈華が立っていた。
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