第3話 アイス×薔薇園=??
――贐公園。
一体この公園の名前は何と読むのか。未だに僕は知らない。
緑溢れる広場と、敷地の中央にある噴水が特徴の公園。
土日は親子連れで賑わいを見せ、平日であっても学生たちの憩いの場となっている。
その公園の一角。
整然と並んだベンチに僕と薔薇園は座っていた。
僕と彼女の間には人一人分の間隔が開いている。
結局、薔薇園は三段アイスを所望した。上から順にマスクメロン、オレンジソルベ、ストロベリーが連なる。
今こうして見ると淡いパステルカラーの……まぁ悪く言ってしまえば、発色の悪い信号機みたいな配色だった。
「アイスが好物なのか?」
「ああ、子供の頃から好きだ」
「ちなみに聞くけど、辛い物は?」
「嫌いだ。お腹が痛くなる」
なるほど。僕は脳内のメモ帳に情報を追加する。
どうやら食の好みまで真っ赤という訳ではないようだ。
両手でアイスを大事そうに持ち、ちろちろと舐め始めた薔薇園。酷く遅々とした速度だ。
「そんなにじろじろ見ないで」
足を組み、頬杖を突きながら眺める僕を横目に薔薇園が言う。
「ごめん、普通に遅いなぁと思って。もしかして知覚過敏?」
「違う。あたしが普通に食べるの遅いだけ」
「……ふーん。おいしい?」
「うん」
「どの味が一番好きなんだ?」
「いちご」
「一口貰っても……」
「やだ」
――幼女?
どうやらアイスを食べている時だけ薔薇園は幾分か大人しく、素直になるようだった。今の薔薇園に剣呑さは一切感じられず。単なるアイスを食べる幼女と化していた。
まぁ幼女とカテゴライズするには色々と大きいのだが。
――主に身長と胸が、だけれど。
僕は薔薇園をじっくり観察する。
ちろり、ちろりと舌を出して舐め続ける薔薇園。やがて彼女は意を決したようにアイスへとかぶりついた。しかし一口がとても小さい。全然速度が変わっていない。
何だ、このギャップ面白激かわ生物は。
もう僕の彼女に対する目は幼子、果ては自分の妹を見る様な目となっていて。
「おい、口に付いてるぞ」
意外とマメな僕は持っていたポケットティッシュを一枚取り出し、薔薇園の口元に付いたアイスを拭う。
「ん」と、薔薇園もまた素直にそれを受け入れた。
「ママみてー? ラブラブー!」
無垢な少女がこちらを指差す。
母親もまた「あら~」と、古めかしい様式美に満ちた反応を見せていた。
そして何拍か置いてから、互いに違和感に気付く。
「わ、悪い……!」
僕と薔薇園は勢いよく距離を取った。
僕としては完全に妹の面倒を見る兄の気分だったのだが、傍から見れば、公園でいちゃついているだけのカップルにしか映らない。
殴られるのではないかと恐る恐る薔薇園の方を伺うと、彼女の顔が熟れた苺の様に真っ赤になっていた。
更には、恥ずかしさから小刻みに震えている始末。
慌てている時に自分より慌てている人間を見ると冷静になる、みたいな言説を聞いた事がある。
それと同じ要領で、自分以上に照れている人間を見た僕は自分の顔の火照りが段々と収まっていくのを感じた。
――そして僕は異常を視認する。
「薔薇園、お前……」
彼女の手元に視線を注ぐ。
手元にあった三段アイス。淡い三色のそれらがドロドロに溶けて、薔薇園のスカートに滴り落ちている。
彼女から、熱が発せられている。じりじりとした熱だ。
春の陽気な温かさではなく、それは真夏の過酷な暑さに似ていて。
「おい、大丈夫か?」
「……へ?」
頓狂な声を上げ、薔薇園は目を見開く。
「アイス、めっちゃ制服に垂れてるぞ?」
「え? ああ……。あぁ~」
落胆した様な情けない声を上げて、薔薇園は顔を覆う。しかしその右手には溶けたアイスが付着していて。
淡い赤色が彼女の整った顔にべっとりと張り付いた。
ただ茫然とした表情で、薔薇園は自身の右手とアイスの間で視線を行き来させ、そして――。
「……っ、ぐすっ……」
「――え」
僕は驚愕で目を見開く。
薔薇園が――天下無敵の不良と評される薔薇園烈華が、その猫を彷彿とさせる大きな瞳に薄っすらと涙を浮かべていた。
不味い……!
アイス×薔薇園=幼女だ。
恐らくこの状況下での薔薇園は幼稚園児だと思った方が良い。
「お、おい泣くなよ……! ほら、アイスならまた幾らでも買ってやるから」
彼女のアイスに対する並々ならぬ熱意に戸惑いつつも、僕は取り出したハンカチを差し出す。
「……ごめん」
「スカート、洗うか? あっちに水道があるけど」
「ああ……うん」
彼女はこくりと素直に頷く。
取り敢えず、この熱を冷まさないと駄目だ。
僕は落ち込む薔薇園の手を引いて水道へと向かった。
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