第1話 カツアゲ? PayPayでお願いします
夕日に染まる帰路を辿る。
とぼとぼと萎れた状態で歩く僕の隣に、談笑相手の友人の姿はおらず。
残念ながら僕の交友範囲は広くない。失礼、見栄を張ってしまった。狭い。いや、皆無と言っても差し支えなかった。
学校で話す相手はただ一人。
真面目で不真面目な花車ゆい一人だけ。
彼女の生活拠点は主に保健室。故に僕もまた保健室の住人になりつつあった。
教室で授業を受け、保健室に行き、授業を受け、保健室に行き、昼食を食べ、授業を受け、保健室に行き、家へ帰る。
それが僕の一日のサイクルだ。――病人か何かなのか? いやむしろ病気だったなら即入院レベルで保健室に行っている。
我ながらなんと哀しいサイクルなのか。
ただまぁ、何時行っても保健室にいる花車先輩も大概おかしいのだけれど。
僕は過去に花車ゆいという人間に助けられた。
そこから彼女へと懐いたのだが、どうやら懐きすぎてしまったみたいで。いつの間にか花車先輩以外の人間と話すことを忘れてしまっていた。
完全な従属。
圧倒的主従関係。
それが僕、鬱金薫と花車ゆいの関係である。
まぁそんな訳で、今日も今日とて保健室で花車先輩と会話をした後、こうして一人寂しく歩いていた僕だ。
道を左折し、人通りの少ない路地へ。
「よぉ、兄ちゃん」
耳元で柄の悪い声が聞こえた。
そして声の主が、僕の肩に腕を回す。
見れば金髪でサングラスを掛けた、絵に描いたようなヤンキーがいた。
令和の時代、奴らは完全に絶滅したものと思っていたのだけれど、しぶとく生き残っていたのか。
「金、出せよ」
このご時世にカツアゲか。
気が付けば五、六名の怖いお兄さんたちに囲まれていた。
もっとマシな方法でお金を稼げば良い物を。どうしてこんなアングラな方法を取ってしまうのか。
所持金と同じ位、考える脳も無いのだろうか。
だとしたら金よりも足りない脳みそを誰かから分けてもらった方が良さそうだ。
「残念ながら、僕はキャッシュレス派なんです。現金は十二円ですね」
財布の中身を確認しながら現代人の鑑のような返答を繰り出す。
するとそれはヤンキーの神経を逆撫でてしまったようで。
「だったらよぉ、スマホを置いてけよ。そこに金が入ってんだろ」
煙草臭い吐息が鼻を掠める。
なるほど。見た目は前時代的であっても価値観はアップデートされているらしい。キャッシュレス送金にも対応済みという訳だ。
PayPayが使えればいいのだけれど。
僕は買ってもらってから一度も活用できた事の無いスマートフォンを取り出す。
あぁ、僕のスマートフォン。
さよなら、僕のスマートフォン。
君に家族以外の連絡先を登録させてあげられなくてごめんね。
余談だが、唯一の話相手である花車先輩はスマホを持っていない。本人曰く、電子機器は苦手なのだそうだ。
「話が早くて助かるなぁ」
僕の可愛いスマートフォンが下卑た輩の手に渡ったその時。
「――おい、あんたら何してる?」
よく通る、明快な声だった。
僕とヤンキーの皆さんは、この瞬間だけは仲良く声のした方向を見る。
僕の背後。即ち今しがた通ってきた道に立っていたのは、一人の少女だった。
猫を彷彿とさせる大きな瞳に凛々しい顔立ち。薄く赤みがかった茶髪は肩辺りまで伸びており、着崩した花咲高等学校の制服の上から赤いパーカーを羽織っている。
「まさか……花咲の赤鬼……!?」
そんな異名を口にした後、僕の肩に手を回していた金髪ヤンキーが、がたがたと震えだした。
多分、僕の一向に鳴らないスマートフォンより振動している。
マナーもモラルも無い癖に、マナーモードとは中々ユーモアがあるじゃないか。
刹那、少女が動きだす。
真紅に染まったパーカーが動きに応じて舞い踊り、それと同じ様にヤンキーたちが軽々しく宙に舞った。
――鮮烈。
――苛烈。
――熱烈。
そうした言葉たちは全て彼女の為にあるかの様だった。
一分もしない内に、僕を取り囲んでいたヤンキーたちが一人残らず地面に倒れ伏す。
死屍累々。
ヤンキーたちの山を築き上げた少女を見る。
身長は僕より低い位。ちなみに僕の身長は170センチ。故に彼女は目算162センチ辺りだ。
僕の数少ない特技として、目視した女子の体格から身長体重を割り出すというものがある。結構精度は高いのだけれど、中学校時代に同じクラスの女子に泣かれて以来封印していた特技だ。
それはもう大泣きで。僕も泣きそうになる位には号泣していた。あ、今思い出してもちょっと泣きそう。
……故に高校生になってから使う機会は無く。
当然、履歴書にも書けやしない。
「ほらこれ、あんたのだろ?」
少女はそう言ってスマートフォンをこちらに差し向けた。
「ああ……うん。ありがとう」
戸惑いつつもお礼を述べ、僕はそれを受け取る。
おかえり、僕のスマートフォン。あんまり嬉しそうじゃないね。
「じゃ、あたしはこれで」
パーカーのフードを被り、早々に立ち去ろうとする少女。
僕は咄嗟に彼女の背中へ手を伸ばそうとする。まだ名前も聞いていない。
「ちょっと、待って」
道に倒れ伏したヤンキーに躓きながらも、情けない声で少女を呼び止める。
僕がその華奢な左手首を掴んだ時。
彼女はきっとした表情を向けて――。
「あたしに触るなっ!」
鋭い怒号と共に、僕の身体もまたふわりと軽々しく宙を舞い。
背中から地面に叩きつけられた。
「かはっ……」
肺に詰まっていた空気が押し出される。
「あ、ごめん……!」
少女が我に返り、申し訳なさそうな目で逆さまに僕の顔を覗き込む。
位置関係的に彼女のスカートの中が意図せずとも見えてしまった。
ふむ。スカートの下にはスパッツを履いているのか。
隙の無い、良い防御だ。
「大丈夫。プラマイゼロ……」
僕がそう告げると、少女は「プラマイ……?」と不思議そうに首を傾げた。
だがすぐに彼女は表情を引き締め、再び剣呑な雰囲気を纏って言う。
「悪いけど、あたしには関わらない方がいい」
突き放す様な、それでいて何処か寂寥を含んだ様な声音だった。
彼女の秘めた鮮烈さとは真逆の感情。それは何かを抑えつけているかのようにも感じられて。
そう言葉を残した少女は颯爽とその場を去っていった。
彼女が去った後で、僕は緩慢な動きで立ち上がる。
「ふぅ、中々痛かったなぁ」
軽くジャンプして体の調子を確認。
うん、特に異常はない。
恐らく少女は人を投げ飛ばすことに慣れているのだろう。僕が自然と受け身を取れるように投げていた。
未だ倒れ伏しているヤンキーたちを踏みつけながら裏路地を行く。
「良いなぁ。強気な女の子は大歓迎だ」
人知れず、僕はそう呟いたのだった。
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