僕が愛らしい花々を愛でる為の園芸部~開花症候群を患った美少女たちを助けて、僕だけの夢の花園を築き上げます~

南雲虎之助

薔薇園烈華編

第序話 真面目に不真面目、花車ゆい

「――無理です」


 受け取った用紙を見るや否や、彼女はそうはっきりと告げた。


「どうして!? 僕はただ愛らしい花を愛でたいだけなのに!?」


 僕――鬱金薫うつがねかおるは大きな声で反論する。

 全身を使って、全力で反駁してみせる。


「後輩君、此処は保健室です。お静かに」


 「しーっ」と、人差し指をその薄い唇に当てて、我が花咲高等学校の保健室の主――花車はなぐるまゆいは言った。

 花車ゆい。黒髪ロングの麗しき少女。文句無しの美人。

 彼女は僕の一つ上の学年である三年生で、生徒会の副会長でありながら保健室に入り浸っている奇人。


「この花車さんが理由も無く、愛しき後輩君の願いを断る訳がありません。正しい理由を以て、花車さんは後輩君の申し出を却下しています」


 ベッドに寝そべった状態で花車先輩は言う。

 彼女の流れるような艶やかな黒髪が、ベッドの上で蜘蛛の巣のように張り巡っている。

 真面目と不真面目の狭間の住人。

 それが花車ゆいという人間だった。


「部活動の結成に必要な人員は最低でも五名。同好会であっても三名が必要です。つまり、後輩君一人だけでは部活動の結成には至れません」


 淡々と理由を述べて、花車先輩は僕の申し出を却下し直した。


「じゃあ、後四人集めればいいって話ですね」


 今すぐにでも保健室を飛び出そうとする僕。

 しかしすぐに呼び止められる。


「待ってください。今日はもう放課後ですから、申し出は明日にお願いします」

「先輩は僕の人脈を舐め過ぎですよ」

「どういう意味でしょう?」


 先輩が不思議そうな声で尋ねる。


「明日までに四人の生徒を集められる程、僕の人脈は広くないという事です」


 堂々と胸を張って告げる僕。

 その姿を見て、花車先輩は可哀想な人を見るように目を細めた。


「それはそれは……。花車さんの愛しき後輩君は可哀想な後輩君だったのですね」

「良い具合に興奮を覚える冷めた視線ですね」

「うん。良い具合に気色の悪い反応です」


 そう言って花車先輩は身体を起こす。

 ベッドに腰かけた状態となった彼女は、そのすらりと伸びた足を組んだ。黒いタイツに包まれた脚部に視線が吸い込まれる。

 おおよそ、60デニールか……。

 僕がありがたい御御足を凝視していると、先輩から咎めるような声が飛ぶ。


「愛しき後輩君でも、流石に女子のタイツのデニール数を予測するのは頂けませんね」

「何故バレた!?」

「顔に書いてありましたから」

「え、デニール数が!?」


 そんな軽快なやり取りの後、花車先輩が再び口火を切る。


「私が生徒会にさえ入っていなければ、園芸部に入る事も出来たのですが……」

「確かに、花車先輩を全力で愛でるというのもアリですね。よし、園芸部を僕と先輩二人だけの秘密の花園にしましょう」

「つい数分前に私が言った事をお忘れですか?」

「クソっ……じゃあ仕方ないですね。こうなったら花車先輩を四人に増やすしかない」

「普通に人を誘うより、私を四人に増やす方が後輩君にとっては簡単なんですか……?」

「花車先輩は僕のコミュニケーション能力を舐め過ぎですよ」

「花車先輩は賢いので、同じ轍は踏みませんよ」

「僕の壊滅的なコミュ力を伸ばすより、先輩を四人に増やす方法を探す方がきっと、圧倒的に早い」

「どうして私の思いやりを無下にしてしまうのです……?」


 花車先輩は悲哀に満ちた目をしていた。

 そして粛然と息衝く。


「兎も角、私が四人いたとしても来年には卒業してしまいます。であれば結局、後輩君は人を集めなければなりません。分かりますね?」

「すみません、よく分かりません」

「今更、人工知能風にしらばっくれても無駄ですよ。諦めて後四人を集めて下さい。それか最低でも後二人。三人いれば同好会は結成できます」


 辛い現実を押し付けられて、僕はただ俯いた。


「良いんですか、愛らしい花たちを愛でたいのでしょう? 後輩君の熱意はその程度だったのですか?」


 先輩の声に挑戦的な色が差す。


「……分かりました。取り敢えず二人集めてきます。それで同好会を結成します」

「宜しい。応援していますよ。花車さんの愛しき後輩君が、夢の花園を創り上げる事を」


 花車先輩は薄く微笑んで言った。

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