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 魔女は、人間と妖精が完全に融合した状態の者のこと。魔女は、人間と妖精、どちらの特徴も持つ。


 妖精にとって魔力とは寿命そのもの。そして、人間はその魔力を生成することができる。

 つまり、妖精が人間の中に入ると、中に入った妖精は自ら魔力を吸収しなくとも、人間としての寿命が尽きるまでは生き続けることが出来る。逆に、魔力さえあれば永遠に生きられるはずの妖精は、人間の身体の中に入ることで、人間の身体の寿命までしか生きられなくなってしまう。

 ゆえに大抵は、何らかの理由で死にかけた妖精が延命措置として人間の身体に入ることによって魔女は生まれる。


 魔女は、普通の人間よりも魔力の許容量が大きくなり、それに比例するように魔力を生成する速度も速くなる。よって、普通の人間よりもはるかに魔力量が多くなり、髪の毛や血液は魔術の強力な材料となる。


 世界にはごく稀に魔女が現れ、ある者は強大な魔術師に、ある者は奴隷に、ある者は統率者になった。そして彼らの死体は、血の一滴、骨の一片さえも残さず、奪われていった。


 オリオンは魔女を手に入れたのだ。船を動かす動力源であり、あらゆる人々を死に追いやる武力であり、大国さえも味方につける切り札。



 そして、その魔女が……この私。



 セルリアは再度本に目を落とした。

 この本には、魔女についての伝承が詳しく書かれていた。魔女に共通して見られるという特徴。


 『強大な魔力を持ち、病人のように肌が白く、常人よりもはるかに記憶力が高い。また、興味深い証言として、第3の視点からの記憶がある点も挙げられる。これは、妖精が身体に入り込む際の記憶と考えられる』


 最初の2つは確認するまでもなく、セルリアにあてはまっている。

 そして、記憶についてもセルリアには心当たりがあった。自分の記憶力が高いのかはよくわからないが、セルリアには生まれた時の記憶があるのだ。これまで深く考えたことはなかったが、言われてみるとおかしいと思う点がある。


 父親が大きな声で泣いている赤子を抱き、母親がベッドに横になってそれを見上げている。父親は涙目で母親に何事かを呟き、額に汗を浮かべた母親は笑顔で頷く。そこに誰かが訪れたようで、父親は赤子を母親へ預け、玄関に向かう。その一連の流れを、まるで少し上から眺めていたような記憶が、セルリアにはあったのだ。


 セルリアは一人っ子だ。あの赤子は間違いなくセルリア自身のはずなのに、どうして、父親と母親と自分の3人を上から眺めている記憶があるのか。


 加えて、セルリアにはその後の記憶もあった。

 今度は、自分が母親を見上げている。母親は微笑みながら私をあやすように揺らし、少しすると父親が近所のおばさんを連れて帰ってきた。おばさんは笑顔で私を見下ろし、母親に言葉をかけると去って行く。それから、近所の人が次々と部屋へ訪れては祝って帰っていった。その記憶の視点は間違いなく、赤子である自分だった。


 それに気づいた時、セルリアは背筋が凍り付いたような気持ちになった。


 まさに、これこそが、自分が魔女であるという証だ。

 きっとあの時、妖精は私を見つけて、私の身体の中に入ったのだ。


 ……つまり、この国は私が魔女だと知って、ジヒト様と結婚させた。王城で生活させ、魔術の材料を集め、それを使って派兵していた。きっと材料となっていたのは、検査だといって採られていた血液や、定期的に切っていた髪を回収したものだろう。


 この事実を、お父さんを含めた国民が知っていたかはわからないが、少なくとも王族や貴族は知っていたはずだ。それほどの理由がなければ、一農民が第二王子と結婚することを黙って見守るわけもない。


 ジヒト様も、アンネ様も、すべてを知っていた。


 コゼット様の言うとおり、ここに私の味方はいなかったのだ。


 私はなにも知らず、他国への侵略に加担していた。

 はいったい何人の人を死に至らしめたのだろう。


 セルリアは体をぎゅっと丸めた。

『死にたくない』。『恐ろしい』。いつかの母の声がこだまする。


「ごめんなさい、お母さん……」


 セルリアはしばらく息を震わせると、次第に怒りを身に宿した。


 ……私がずっと無知なままだったなら、もっと多くの人が私の力によって死んだだろう。

 いや、もしかしたらこの国は、折りを見て私に話し、自ら協力させるように仕向けたかもしれない。この場所に大切な人が増えれば増えるほど、私はこの国を見捨てられなくなる。ジヒト様やアンネ様が私に優しくしていたのも、そういう魂胆があるからなのかもしれなかった。


 ああ、なんて恐ろしい話だ。私の結婚は、最初から、巧妙に仕組まれた策の一部だったのだ。


 彼らにとって、私は都合の良い駒にすぎない。きっと、私がウルシェンについて行くなんて言おうものなら、私を監禁するか、殺すだろう。生きた魔女が他国に奪われるくらいなら、殺して灰にして手札とした方がいい。


 オリオンにとって、ウルシェンに私の存在が知られたのは想定外の事態で、まだ気づいてもいないはずだ。生きている魔女を所持してるなんて言うわけもないから、オリオンはウルシェンに対して『魔女の遺体を見つけた』とでも言っていたのだろう。しかし、ウルシェンの方が一枚上手だった。そんなところだ。


 セルリアは荒立った心を静めるように、ゆっくりと深呼吸した。


 ……結局、私に選択肢なんてない。


 私がウルシェンに行かなければ、この国は戦場になる。

 私がただの戦争の道具だったとしても、やっぱり私は、この国を見捨てられない。故郷が好きだ。


 私自身がウルシェンに渡って、上手く立ち回る。それが、この地の人々の血を一滴も流さないで済む、唯一の方法なのではないか。


 セルリアは、何度も迎えたこの結論を、ようやく受け入れることにした。


 私は魔女だ。争いの火種だ。


 だから、この国から離れなければ。

 この国に真の平和が訪れるように。


◇◇


 ウルシェンに渡れば、セルリアはどうなってしまうかわかりません。監禁され、一生日を浴びることも叶わないかもしれません。それでも、セルリアは己の運命を受け入れ、1人犠牲になることで国を守ろうと決めたのでした。しかし、彼女は若く、甘かったのです。


 結局、彼女の計画は一切合切上手くいきませんでした。


 セルリアは自分の力について、まだなにもわかっていなかったのです。

 それに加えて、彼女の考えを見抜いた人物がいたのです。

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