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 これ、ほんとに売れるのかな。

 セルリアは自分の髪をするりと撫でた。

 もし売れなかったら完全に無駄骨だ。それどころか、ここまでの馬車賃の分だけ赤字になってしまう。


 今日、セルリアは町へ来ていた。学校を卒業して以来なので、もう6年ぶりだ。というのも、父親がぎっくり腰で動けなくなってしまったのである。本人は少し休めば大丈夫だと言うが、起き上がることもままならない様子を見ると、そのまま放置していていいとも思えなかった。しかし、セルリアの住む片田舎に医者などいないし、なにより金がない。


 どうしようか、と考えていた時、セルリアは鏡の前で気がついたのだ。この髪を売ることができるかもしれない、と。


 セルリアは家の手伝いくらいしかできない、なんの芸もない女だが、その生まれつき真っ白な肌と美しい金色の髪だけは自慢だった。学校に通っていたときもどこかの貴族の娘かと疑われるほどだったし、亡き母親にも何度も綺麗だと褒めてもらった。髪の毛など売れるのかわからないが、セルリアが差し出せるものと言えばこれくらいしかなかった。


 それに、昔学校に通っていたときにちらりと聞いたような気もするのだ。髪の毛が魔術の材料になる、と。セルリアは魔術については学ばなかったので、本当に小耳に挟んだだけの話だったのだが、それならばもしかしたら金になるかもしれない。その期待を胸に、彼女はひとり町を訪れたのだった。


 馬車を降りたセルリアは物珍しげに周囲を見渡した。

 なにせ6年ぶりなのだ。景観はたいして変わっていないが、こんなにたくさんの人や建物に囲まれた景色は新鮮だった。


「たしか、魔術用品店は学校の近くだったから……」


 セルリアは記憶を辿ると、歩き出した。

 セルリアの通っていた学校は初等部、中等部、専門高等部、と分かれており、セルリアは初等部の基礎学科コースを卒業した。初等部の応用コースと中等部、専門高等部は魔術の授業があり、生徒がその材料を揃えられるようにするためなのか、近くに魔術用品店もあったのだ。

 セルリアは一度も利用したことはなかったが、もしその店で髪の毛が売っていれば、自分の髪の毛も買い取ってもらえるかもしれない。


 少し歩いて、目的の店に到着したセルリアは、「魔術用品」と書かれた看板を確認すると、思い切って店内へ足を踏み入れた。すこし年季の入った佇まいだが、その重厚感のある内装は落ち着きがあり、セルリアは少し緊張した。


「いらっしゃいませ」

「こ、こんにちは……」

 店主と思われる壮年の男性が、店内中央の会計に立っていた。どうやら、客は自分だけのようだった。


 セルリアは店内を一周して髪の毛を探してみることにした。


 一面に並べられた分厚い本や、紐で吊された動物の尻尾、乾かした果物らしきものや、やけに高いインク、大中小様々な薄赤い紙。魔術に精通していないセルリアにとっては、売り場にあるもの全てがもの珍しく、目的もそこそこにじっくりと見て回っていると、棚の一角に並べられた瓶が目にとまった。


「あった……」

 中には一束ずつ髪の毛が入っているようで、見た限りは人間のもののように思えた。

 本当に売ってるなんて、と少し感動して、恐る恐る瓶を1つ手に取ってみる。中には黒い束が入っている。

 瓶に括りつけられたタグには赤い丸印と値段が書いてあった。どうやらこの髪の毛は、銅貨5枚で売られているらしい。

 一束でこの値段ならば、自分の髪を顎くらいまで短くすれば、薬代くらいにはなるかもしれなかった。

 セルリアは瓶を棚に戻すと、今度は金髪が入っているものを手に取った。タグには緑の丸印と、「銀1」の文字。


 さっきの黒髪と量は変わらないのに、値段が倍になっている。


 セルリアは何が違うのだろうと、他の瓶の値段も見てみた。

 どうやら、このタグについている丸印の色によって値段が変わっているようだ。黒の丸が一番安くて銅貨3枚、最も高いのが紫で銀貨6枚。黒と紫では値段に20倍もの差がある。


 ……もし、この紫の値段で髪の毛が売れたなら、お父さんも何も心配せずにゆっくり療養できるだろう。薬と美味しい食べ物を買って帰って、近所の皆にお土産も渡せるかもしれない。そういえば、この近くに本屋があったはず。一冊くらい買ってもいいかもしれない。


 セルリアはそんなことを夢見心地で考えると、はっと我に返って、その妄想を打ち消すように手に持っていた瓶を棚に戻した。


 そもそも、私なんかの髪がそんな高値で売れるわけがない。


 セルリアは胸元まで伸びている髪に目を落とした。自他が認める美しい金髪、さわり心地も良い。でも、色や髪質は値段に関係していないように思える。

 放っておけば伸びる代物と言えど、唯一の自慢であるこの髪が安値で買いたたかれたならば、なけなしのプライドも傷つくように思われた。


「つまんないことは考えない!」

 セルリアは自分に言い聞かせるように小声でそう言うと、思い切って店主のもとへ向かった。


「あの、すみません。髪を売りたいのですが……」

「左様ですか。証明書はお持ちですか?」

「証明書?」

 セルリアはきょとんとした。髪を売るのに証明書が必要なのだろうか。


「身分証明書ですか?」

「はい」

 理由はよくわからなかったが、セルリアは鞄から身分証明書手帳を取り出すと店主に渡した。


「拝見しますね」

 セルリアが頷くと、店主は一番最後のページを開き、「おや?」と首をひねった。

「魔力検査を受けておられないのですね」

「えっと、はい。必要なんですか?」

「ご説明しますね」

 なにも知らないセルリアに、店主は嫌な顔もせず、懇切丁寧に説明してくれた。


 曰く、この店で売っている髪の毛は魔術や魔具の材料になるもので、髪の毛に宿っている魔力の質によって値段が変わるのだという。魔力の質は、先天的に決まっている要素と、本人の修練によって変動する要素があり、髪を売る時は直近3ヶ月以内の魔力検査の結果を提示する必要があるらしい。


「そうなんですね……」

 まさか、魔力検査が必要だったなんて。魔術の知識がないセルリアは全く思い至らなかった。

 魔力検査は、魔術を修める者であれば誰しも受けるものであるが、生まれてこの方家業を手伝い続けてきたセルリアは、一度も受けたことがなかった。


「受けられてみてはいかがでしょうか。すぐ近くの魔術師協会で、銀貨1枚で受けられますよ。たいして時間もかかりません。その場で証明書を書いてもらえますので、それを持ってきていただければ、本日中に買い取らせていただけると思います」


 セルリアは、店主のその親切なアドバイスに従うことにして、店を出た。

 例え一番安い値段で買い取られたとしても、魔力検査代の銀貨1枚と往復の交通費くらいは取り返せるだろう。時間もあるし、検査を受けない手はない。

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