【世界魔女因話録:永久の魔女】より

湯湯菜吏

プロローグ

今日? 今日はね、「永久の魔女フルーセル」の話をするよ。

え? やだ? でも、その話をするようにって言われてるんだ。


 ……じゃあ、皆が知らない話をしようか。魔女が生まれてから、「永久の魔女フルーセル」と呼ばれるようになるまでの話。ね、聞いたことないでしょ?


 その代わり、先生に聞かれたら「フルーセル様の偉大なお話を聞きました」ってちゃんと言うこと。わかった?


 うん、いいでしょう。じゃあみんな。少し長くなるから、退屈したら寝てもいいからね。



 ――昔々、もうずっと昔のことです。魔女は、この国の片田舎で農家を営んでいたフルール家で生まれました。


 その日、フルール家の庭には美しい青い花セルリアが咲いていたことから、両親はその子をセルリアと名付けました。


 フルール・セルリア。後に「永久の魔女」と呼ばれる彼女は、最初は無垢で何の変哲もない赤子だったのです。母の腹から外の世界へ出た時、彼女はそれはそれは大きな声で泣きました。その泣き声は辺り一帯に響き渡り、近所の人々は代わる代わるフルール家を訪れ、新たな命の誕生を祝いました。そうして祝福の中で生まれたセルリアは、周囲の大人から愛されて育つことになります。


 しかし、今ならわかるのです。その泣き声は、彼女の絶望の叫びだったのだと。永久の魔女として生きねばならない己の運命を嘆いていたのだと。


 セルリアは、18になる歳までいたって普通に育ちました。彼女の家は貧乏で、その上、11歳の時に母親が病に倒れてしまったということもあり、読み書きを修得するために2年間ほど少し遠くの町の学校に通っていた以外、家業を手伝って過ごしていました。

 そして彼女が15歳の時、長年闘病を続けていた母親が亡くなりました。晩年、彼女はうわごとのように「死にたくない」「恐ろしい」と何度も呟いていました。そして亡くなる直前、セルリアに言ったのです。「私の分まで生きてほしい」と。


 18歳を迎える数日前、彼女は久しぶりに町に出ました。髪の毛を売るためです。


 それが、彼女の運命の日でした。


 髪の毛を売ろうとさえ思わなければ、彼女はずっとただのセルリアのままだったのかもしれません。「永久の魔女フルーセル」なんて呼ばれることも、なかったのかもしれません。


 髪を売りに町へ出たこと、それが彼女にとって最大の過ちでした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る