第19話 バイク
伊勢佐木モールは閑散としていた。
それが平日の午前中だからなのかコロナウィルス騒ぎの影響のためなのかは判断が難しいが、どの店舗にも『ウィルス対策実施中』の看板が掲げられているのを見ると、たぶん後者なのだろう。学校に行くふりをしつつ家を出たので制服姿だった僕をお年寄りのグループが不思議そうな顔で眺めている。
スマホのマップで現在地を確認した。目指すのは伊勢佐木モールの出口付近にあるバイクショップ。
南井の人柄や物の考え方を知るには本人に会ってしまうのが一番手取り早い。だが、それをすれば僕が彼について調べているのがバレてしまう恐れがある。いずれは本人に会うつもりだが、その前にできるだけの情報は集めたい。しかし、残念な事にその手段となるであろう人のネットワークを友人関係が希薄な僕はまるで持っていない。これはある意味身から出た錆だ。
ところが奴の事を知るためのヒントは呆れるくらい簡単に見つかった。
本名でしか登録できないSNS。そこでヤツはバイクやスマホアプリのレビューなどを自分語りを交えて幾つも投稿していた。その中には、とあるバイクショップが度々登場している。それが伊勢佐木モールのはずれ、今、僕の目の前にある『伊勢佐木モータース』だ。
個人経営らしきその小さなバイクショップの前にはカワサキの少し型の古いバイクが3台程並んでおり、その脇では小太りの人の良さそうなお兄さんがバイクのブーレキフルードの交換をしていた。
「バイク、好きなのかい? 」
視線に気がついたのか、掛けていたメガネをクイと上げて、お兄さんが僕にそう語りかけてきた。
「はい。GSR 250に乗ってます」
「スズキかぁ」
お兄さんは乾いた笑いを漏らす。
バイク好き以外にはあまり知られていない事だが、日本のバイクはそのメーカーによってかなりカラーがはっきりとしている。
性能、乗り心地、利便性、燃費、デザインなど全てのトータルバランスはピカイチなのに、どこか遊び心が足りない、そんなクラス委員長タイプなのが『技術』のホンダ。
楽器やスポーツ用品、果ては住居や船まで作っているメーカーの為なのか、その感性は独特。そして、それら多くの分野の最新技術を導入しながらも、絶対的におしゃれでデザイン性も高い。そんな何となくハイソな匂い漂う優等生タイプなのが『芸術』のヤマハ。
低排気量のバイクなんてクソくらえとばかりに、大型で化け物じみた馬力のバイクを作り続け、さらには尖っている事をステータスにしているかのようなオラオラ感たっぷりのデザインが大好き。そんなヤンキータイプなのが『漢』のカワサキ。
そして比較的リーズナブルな値段で購入できたり、アルミフレーム、小型FI、フルカウルなど他メーカーに先駆け斬新な取り組みのパイオニアでもあるが、逆に斬新過ぎて珍車スレスレになる事も多く、凄いのか凄く無いのかよく分からないと評される変わり者タイプなのが『変態』のスズキ。
どれもネット上で語り継がれて来たバイク好きたちによる愛あるメーカー評。しかし、これだけカラーがはっきりしていると必然的にそのメーカーを好むユーザの気質も見え隠れしてしまう。メガネのお兄さんの苦笑いはそういった類のものだ。
「お察しの通りの変わり者のスズ菌感染者です」
「自分でソレ言うか、普通」
イチかバチかの捨て身のギャグにバイクをイジっていたお兄さんは着けていたマスクがズレる程吹き出していた。
「 ブーレキフルードの交換ですか? 僕もそろそろしなきゃいけないんですよね」
僕はお兄さんがイジっていたバイクを覗き込みつつ、会話を速攻で繋げる。
「どのくらい走っている? 」
「1万キロを越えたくらいです」
「ブーレキフルードの色はどんなカンジ? 」
「少し茶色っぽく濁り出しました」
「替え時だな。250ccくらいのバイク乗っている人って何気にメンテ疎かにしがちだから、危ないんだよね。ブレーキフルードの交換がてら、他も診てあげるからウチに持って来なよ」
「来月くらいに持って来ますので宜しくお願いします。スズキのバイクですけど良いんですか? 」
「『最近、小奇麗にまとまっちまいやがって・・・・・ 』なんて、文句言わないから安心して良いよ」
お兄さんと僕が再び大きな声をあげて笑った為か、通りを歩いていたカップルが驚いたような目でコチラを眺めている。南井の事を聞き出すためにした質問が最後にはSNSに昔から存在するバイクメーカー評のテンプレにまで広がりをみせてくれた。
切り出すなら今だろう。
「僕は村崎理と言います。実はこのお店、南井のSNSで知りまして・・・・・ 」
「南井君の? そりゃ意外だなぁ」
お兄さんは目を見開いて驚いたように僕を見つめていた。
「意外? 」
「いや、ごめん。大した意味は無いんだ。キミみたいな子が南井君の記事を読んでウチの店に興味を持ったのが意外だっただけなんだ。ほら、あの子のSNSってさ、カッティングシートがどうしたとか、このアクサリーがカッコ良いとか、そんなのばかりだろ? 逆に君はブレーキフルードの事を気にしていたからさ。バイクの嗜好性が違う気がしてさ」
苦笑いを浮かべたお兄さんは聞き流してくれとばかりに軽く伸びをしていた。
「南井君は乗っていはバイクも珍しいけど、それも好きってよりは、目立ちたいからってだけって感じちゃうんだよね」
「
229ccの空冷単気筒OHVエンジンを搭載し、出荷段階からリジッド式のリアフレームを採用しているだけでなく、チョッパーに加え長い車体とカスタム感満載のかなり目立つアメリカンバイク。
「うん。この辺りではまず見かけない。たぶん、日本で乗っている人、100人いないんじゃないかな? だからこそ過剰な自己顕示欲やお金に関しての怪しさも感じるんだ。年齢も年齢だしね」
「バイクひとつで色々分かってしまうものなんですね」
僕が含みを持たせた返しをした為だろう。お兄さんの伸びが一瞬止まった。
「そりゃあ、俺はバイクばかりイジって来たからね。その人のバイクを診たり、話したりすれば、人となりもそれなりに分かるんだ。オイルを小まめに交換してあったり、走行距離をポンと言えれば、バイクが危険な乗り物だって分かってるなぁとか、スポークの一本一本まで磨いてあれば大切にしてるなぁとかさ。逆に走行距離にもエンジン回りにも無頓着なのに派手さばかり求めているとこの人はカッコつけたいだけなんだろうなってさ。まぁ、俺もバイクに乗り始めたのは女の子にモテたい一心だったから人の事を言えた口じゃないけどさ」
確かに南井がSNSであげているバイクの記事にエンジンやブーレキなどについて触れたものは無かった。もっと言ってしまえば殆どフォロワーも居ないうえ、閲覧回数も二桁のために幸いしているが、その上から目線で独善的な文章は一度火がつけば間違い無く炎上する。
「良かったよ大して読まれて無くて、下手すりゃあ店のホームページにまで飛び火しちゃうからさ」
同じ事を考えていたのだろう、お兄さんは乾いた笑いをもらしたうえ続けた。
「南井君の何を知りたいのかはわからないけど、金回りが良いうえ、自己顕示欲が強すぎるバイク乗りには仕事でもない限り関わらない方が良いよ。巻き込まれ事故は大概碌な結末を迎えない事、知ってるだろ? 」
「ありがとうございます。でも今回は巻き込まれて傷を負う事になってもやらないと、たぶん僕は一生後悔する気がするんです」
忠告してくれたお兄さんに対し、僕が語った思い。それは星野さんや標葉さんの涙を見たからだけでは無い。
「覚悟はしてるってコトか。だけど気をつけた方が良いよ。少し前に警察が南井君の事を聞きにウチの店に来た。聞いて来た内容は金回りだったり、友人関係だったり、先週の月曜日から火曜日に掛けて店に来たかとか、そんな内容だった」
先週の月曜日から火曜日の間と言えば、西野さんが殺された時間帯。僕の背中にピリピリとした何かが走る。
「ありがとうございます。警察の方が来た事だけでなく、聞かれた内容まで教えて頂いて」
「見どころのある後輩の肩は持ちたくなるもんさ」
「後輩? 」
「その制服、庚台高校のだろ? オレも10年程前はその制服を羽織ってたんだ。結構有名だったんだぜ『チャラ高には峠にめっぽう強い真紅のゼファー乗りがいる』ってな」
お兄さんは目だけでイタズラっぽく笑い、店内の奥の方に鎮座している赤いゼファー400を視線で示し、重くなりかけた会話の流れをわざと明るくしてくれた。
「スポーク仕様に火の玉カラー、それにアンコ抜きのタックロールシート。おまけにエンジンスライダー付きですか」
「おっ! ひと目で見抜くとはなかなかだな後輩。どうだい? コレを期にカワサキに乗り換えるってのは」
「僕にカワサキが似合うと思いますか? 先輩」
「冗談だよ。スズキが好きなヤツは、変わり者だけど、どこか頑固で一途だからな」
またメーカーあるあるで笑い出したお兄さん。僕は一緒に笑いながらも、標葉さんがカイゼリアで教えてくれた女の子のファッションの意味を思い出していた。
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