第20話 時代劇

 バイク屋で話を終えたのち、紀伊國屋書店で時間を潰し、京急品川駅に着くと時間は午後19時50分を回っていた。

 駅を行き交う人が全員マスク姿のうえ、皆無言のためか、そのさまはどこか葬列のよう。僕はスマホを眺めつつ、星野さんに到着した旨をsignで知らせるかどうかを悩んでいた。


「村崎、待った? 」

 小説かアニメで待ち合わせの約束をしていたカップルのようなセリフに驚いて、僕が声の方向に顔を向けると、そこにはマスクを着けていてもひと目でキレイだとわかる庚台高校の制服を着た女の子が立っていた。声から星野さんであるのは間違いないのだが、あまりにもの変化に僕は頭の処理が追いついていない。

 オレンジに近い亜麻色だった髪は黒く染め直してあり、肩の下程のまでの長さがあったロングヘアーはアメジストらしきピアスを着けた耳がハッキリと見えるまでのマニッシュショートになっている。オマケにいつもは何でそんなに目元を強調しているのか理解出来ないつけまつ毛も無いうえ、泣くとパンダになる濃いアイラインも引いているかどうかが分からない程に薄い。姉さんが髪を切るとは聞いていたが、正直ここまで思いっきったイメチェンしてくるとは思わなかった。


「ど、どう、似合う? 」

「夏らしくて良いと思う」

 たぶん、声を掛けられなければマスク姿のせいもあり、星野さんとは気が付かなかっただろうし、僕の方もマスクを着けていなければ口がポカンと空く程、驚いていたのを誤魔化す事が出来なかっただろう。


「もう夏は終わりなんですけど」

「いや、その髪型は秋にも合ってる」

 髪のスタイルや色を変えただけで、女の子の印象はここまで変わってしまうのかと驚いていたのを誤魔化そうとした僕はかなりしどろもどろ。


「すみれさんに色々相談しながら、この髪型とカラーにしたんだ。ホントは私の前にすみれさんが対応していた背の高い女の人みたいな、レイヤー入りのウルフカットにしたかったんだけど、わたし、顔がまん丸でしょ? それにホラ、友達にもあんな事があったし、気分を切り替えなきゃいけないじゃん。あと村崎のお父さんに会うわけだし、流石にギャル全開ってのはどうかと思うしさ。あっ、すみれさんにはお父さんに会う事は言ってないから安心して! 」

 話すとやっぱり星野さん。話に脈絡は無いが、空気を読んだ細かい気遣いはしてくれている。


「それより村崎、今日学校休んだでしょ? 何してたのよ! 」

「ちょっとした人生勉強だよ。それより、もう時間だから父さんのいるホテルに向かおう」

 昨日の標葉さんの話や仕入れた南井の情報、そして実は久しぶりに父さんに会う事に緊張しているのを隠すため、僕は目の前にあるセンチュリーハーネスホテルを指差し歩き出す。


「なんだか気持ちがアガって来ちゃった。私、芸能人と会うのはじめてだし、鷹野完一郎さんのファンでもあるからマジ楽しみ! 」

 隣を歩く星野さんはリップサービスをまじえながら楽しそうに声を上げていたが、瞳が静かな所を見る限り今日の目的が西野さんの事件についての情報収集なのは忘れてはいないらしい。


「普段の父さんはお喋りなただのオッサンだから、ガッカリしないでくれよ」

 僕はそう返すと青になった横断歩道を渡り、ホテルの入口へと向かった。


 ⇒⇒⇒


「伺っております。最上階のレストラン『マルセイユ』の入口にて係の者にお申し付け下さい」

 ホテルのフロントで手指の消毒と検温を済ませ、受付に父さんの名前を告げるとボーイらしき人が奥にあるエレベーターを視線で示してくれた。

 てっきりロビーか部屋で話すものだと思っていたのだが、父さんは夕食をご馳走してくれるらしい。


「どうしよう、私、イタリア料理なんてカイゼくらいしか食べたことないから、テーブルマナーなんて知らないんだけど」

「『マルセイユ』だからフランス料理。それに父さんはテーブルマナーとかに煩い人じゃないから平気だよ」

「フランス料理って、あの肉じゃがみたいなのにソーセージが入っているやつ? 」

「ポトフが出るかは分からないけど、たぶんコース料理じゃないかな」

「コース? ますます分かんないよぉ」

 星野さんと僕が2人だけのエレベーターの中で世間話を続けているとチンと乾いたデジタル音が最上階に着いた事を教えてくれた。


 扉が開くとそこにはマスク姿の父さんの姿。どうやらエレベーターの前まで出迎えに来てくれたらしい。

「久しぶりだね父さん、元気だった? 」

 白のワイシャツにループタイ、それに濃紺のスラック姿の父さんは老眼が進んだのかマスクの上には度の強そうな眼鏡を掛けていた。


「元気さ。ところでお前、何か忘れてはいないか? 」

「・・・・・ ? 」

 挨拶はした。土産など喜ぶタイプでは無いし、母さんや姉さんの話しをするシュチェーションでもないだろう。


「分かってないな。そちらの可愛らしい女性の紹介だ」

「ど、どうもはじめまして。村崎君と同じ学校の星野由依です。子供の頃から、た、鷹野さんのファンです。『毛利元就』の清水宗治役での切腹までの一連の演技は神ってカンジでしたし、『剣聖・男谷精一郎』でのライバル大石進役も長身左利き剣士が激ハマりでした。それに『三宝』での西周にしあまね役も・・・・・ ご、ごめんなさい! テンション上がっちゃって、ベラベラと! とにかくお会い出来て嬉しいです! 」

 僕が紹介をする前に自ら名乗ってくれた星野さん。父さんが出演した時代劇の中でも結構マイナーのものばかりを挙げている所を見るとファンだと言っていたのはリップサービスばかりでは無いのかもしれない。


「おおっ! お嬢さんは時代劇がお好きなのですか? 」

「はい。又旅またたび剣客シリーズとか百人町捕物帳、それに戦国姫君恋絵巻とか、みんなDVDで揃ってます! 」

「どれも通好みの名作ばかり! お嬢さんは見る目がありますな」

 父さんの話す速度が速くなった。テンションが上がって来たのだろう。星野さんが時代劇好きなのは少し意外だ。


「でも、やっぱり時代劇には鷹野完一郎さんが出てないと、ネギも生姜も添えてない冷やっこみたいで何か物足りないってカンジがするんですよねぇ」

 言葉が砕けて来た所を見るに星野さんは本音なのだろう。しかしネギと生姜は分かるが醤油さんの立場は?


「ネギも生姜も添えてない冷やっことは上手い事を言いますなぁ。ですが自分など役者としてはまだまだ未熟者ですよ」

「そんな事はありません! 『時代劇と言えば、顔良し、声良し、芝居良しの三拍子揃った』ですよぉ。私はこれに殺陣たて良しが入った四拍子だと思います! 」

 父さんのキャッチフレーズにプラスアルファをしてくれたのはありがたいが、調子に乗りそうで怖い。下手をするとを話し出してしまう。


「可愛らしい女性に褒められますとやはり嬉しいですな、実は先程、お話にあがった清水宗治役はあの最後の『誓願寺』を一舞してからの切腹までのには裏話があるんですよ」

 予感的中。姉さんや僕はここからのくだりを100回は聞かされている。本人曰く、清水宗治役は役者としてのターニングポイントだったとの事。


「あっ! あの高松城を見たとも、空を見たとも取れる目線の事ですか? 」

「そうです。あの10秒にも満たないを監督と散々揉めてしまいました。長すぎて尺が合わんと」

「あの間が最高なのに! 」

「その通り! 宗治を演じるうえで、どうしてもあの間は必要でした。ついには呆れた監督が折れ、次週の予告を削り尺を合わせてくれました。自分も芝居の事となると些か頑固が過ぎるのかも知れません」

かたくな男性ってカッコ良いと思います」

「由依さんのような素敵な女性にそう思って頂いたたのなら、あの時、干される覚悟で監督の胸ぐらを掴んだかいもありますな」

 あっと言う間に名前呼び。父さんが女の子が好きなのは殆ど病気みたいなものだが、同級生を名前呼びされるとコチラが何となく気まずいので辞めて欲しい。


「その監督、何にも分かってない! 」

「その通りです。あの間があるからこそ、最後の辞世の句が光るのです」

「そうですよ! えっと、あの最後に心象を謳った、えーと、苔が・・・・・なんとかって言う、自分は死んでしまうけど、未来は明るいから後悔は無い的な・・・・・ 」

 盛り上がりを見せる星野さんと父さんの会話。しかし、肝心な辞世の句が出てこないのは、いかにも星野さんらしい。


「『浮き世をば 今こそ渡れ武士の 名を高松の苔に残して』だよ。星野さん。解釈も未来は明るいとかじゃなくて、どちらかと言うと『今回の戦いは無駄じゃなかった。自分は死ぬが後悔はない。お前たちも胸を張れ』って仲間たちへのエールに近いもので・・・・・ 」

 父さんが眉間に皺を寄せ、面倒くさそうな表情で僕を見つめていた。だが、それは父親としての諫言しようとかの高尚なものではなく、若くてキレイな星野さんとの会話に割り込むなよと言う駄々っ子の文句に近いのは僕には直ぐに分かった。


おさむ、お前は相変わらず理屈っぽいな。由依さん、コイツは学校でもいつもこんな感じですか? 」

「お父さん、村崎くんは、いつもだいたいこんなカンジなんですよぉ。そもそも俳句や歌の歌詞の意味なんて、受け手が取りに行くものなのに、分かってないなぁ」

 お父さん呼び。便宜上なのは分かるが父さんが調子に乗っている事にブーストが掛かるから辞めて欲しい。


「おっ! 『歌の歌詞は受け手が取りに行くもの』とは素晴らしい! 由依さんは歌に関しても造詣が深いようですね。仰る通り、最近の歌は分かりやすいのは良いですが、聞き手の感性に預けてくれるが殆ど無い。あれでは歌が歌詞の奴隷になってしまいます」

「そうっ! それです! お父さん! さすが分かってるっ!」

「いやぁ、由依さんこそ素晴らしい! おっと、いけませんな。自分とした事がレディに立ち話しをさせてしまいました。あちらに席を用意してますので、食事をしつつ、ゆっくりお話しの続きをいたしましょう」

 エスコートしますとの主張なのか、父さんは自身の腰に手を当て、星野さんに腕を組みましょうと微笑み掛かている。ともするといやらしさや、キザったらしさにも取れるのだが、それをナチュラルにやってしまう父さんはやはり役者だ。


「はい。行きましょうお父さん」

 まるで催眠術にでも掛かったかのようにあっさりと父さんと腕を組む星野さんは本当に楽しそうだ。


「私、テーブルマナーとか分かんないんですよ」

「基本的には外側から使っていけば問題ありませんよ。そもそも食事は素敵な相手とお喋りをしながら、楽しんでこそ食卓となりえると私は常々思ってます。今日は由依さんのような女性と食事が出来るのだから良い食卓になりそうだ」

 ハイテンション気味の星野さんとその彼女をそうとう気に入ったらしい父さんは、僕の事をすっかり忘れてるのか、楽しそうにレストランの入口へと消えてしまった。



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