第17話 女子高前

 国道15号線を東京方面へと進んで行き、山手線の新駅である高輪ゲートウェイ駅を過ぎたあたりにある交差点を左折すると緩い登り坂が見えて来た。春になればさぞかしキレイだろう桜並木の向こう側には豪奢な作りの建物。どうやらあそこが泉女こと、泉岳寺女学院らしい。

 日曜日という事もあってか辺りは静かだったが、校門の前にはチャラい大学生風の男性の姿が幾つかと泉女の制服を着た女子高生の一団の姿が見えた。その集団から少し離れた所にポツンとひとり立つ標葉さんの姿。僕はバイクを進ませ、これ見よがしに集団の前でエンジンを吹かし、校門の少し先にバイクを停車させる。


 集団の中をゆっくりと抜け出して、僕の前で立ち止まった標葉さんはスマホで時間を確認していた。

「待たせたみたいだね」

「いえ、今は12時57分。約束より3分くらい早いのは理想的です」

「信号のタイミングに恵まれたんだ」

 ホントは30分以上前に到着しそうだったのでコンビニで時間を調整しただけ。

 超有名女子校の前にバイクを横着けするという大胆な行動をしたためか、暑さを感じた僕はバイクを降りると着ていたツーリング用のジャンパーのファスナーを全開に開き、更にはヘルメットのバイザーを上げて身体に風を入れた。


「あそこにいるのが? 」

「そうです」

 襟の長いハイネックのワイシャツによく似合う赤のリボンと明るい焦茶のブレザー。それに抑えめの濃紺を基調としたタータンチェックのスカート。グロス売りのアイドルグループが参考にしているとまで言われいる泉女の制服。それを着た標葉さんは私服姿の時より身体がひと回り小さく見えた。


「ヘルメットを脱いで頂けますか? 」

「なぜ? 」

「その方がさっきから私たちをチラ見しているに村崎さんの顔を見せつける事が出来まし、そのうちココにやって来る後輩の子たちや先輩にも村崎さんをつぶさに観察してもらう事も出来ます。そうすれば後はウワサが勝手に広まり、私の恋人はオートバイに乗った長身のイケメンだと校内の生徒の間に定着します」

 そこまで計算しているのかと少し怖くなったが、標葉さんの予言通りに制服のリボンの色が違う一団がソロリソロリとコチラに向かって来る姿が目に入った。僕は仕方なくゆっくりとヘルメットを脱いだ。


秋穂あきほ先輩、この方は? 」

「ひょっとして彼氏さんですか? 」

「男嫌いってウワサの秋穂先輩にも恋人がいたんですね! 」

「そんな下世話な質問を立て続けにしたら失礼よ」

 4人の一年生らしき女の子たちの質問に標葉さんは何も返さずにただ笑顔を向けている。


 突然、集まっていた後輩の集まっていた子たちが綺麗に左右には別れた。その中を進むふたりの女性。

 一目で勝気と分かる目力のある女性はカールアイロンで巻いたであろう、ふんわりミディアムの髪。一見ただの黒髪のようにも見えるが、光の加減によっては薄茶に輝くように染められている。マスクで目元しか分からないがメイクもナチュラルを装った相当に手の込んだものなのは男の僕でも分かった。

 その少し後ろを歩く鼈甲眼鏡のやや長身の女性。線で描いたような薄い目元には化粧っ気はなく、制服もサイズが合っていないのか、服の中で泳いでいるように見えた。そんな中、僕の目を引いたのが髪。一見、無造作に後頭部にまとめあげたbun hairお団子頭にも見えるが、その艶やかさはかなりのケアをしなければ出るものではない。


 ふたりは標葉さんの前まで来ると歩みを止めた。


「すいません。青木部長、坂家さんお騒がせして」

「こちらの背の高い方が秋穂さんの? 」

 目力の女性の質問に対し、標葉さんは下級生の時と同様に笑顔で返していた。どうやらこの人が部長さんらしい。

「理さんです」

 突然、標葉さんに下の名前を呼ばれ驚いたが、紹介しつつ親しい間柄であるのを印象付けるのが目的なのだろう。僕は軽く会釈をした。


「秋穂さんとはアンバランスな程、身長差があるわね」

「理さんは元々高身長なんですが、顔も小さく身体も締まってますから、余計大きく見られるんです。私が高めのヒールを履くと丁度よいバランスになると思いませんか? 」

「髪が銀色って、ずいぶんと斬新ね」

「ええ。でもそれが似合うのは目鼻立ちが整ってるからなんです」

「ご本人を前に言いにくいのだけど、オートバイに乗られていたり、目つきが鋭かったりと、随分変わった方なのね」

「褒めて下さりありがとうございます。つまりは、刺激的な魅力があるって事ですよね」

「性格の方はどうなのかしら? 私、ご本人から自己紹介もして頂いてないわ」

「この通り、シャイで女性慣れしてないんで許してあげてください。私とふたりでいる時もいつも会話を探してしまうくらいの人なんです」

「コミュ障を自称するのは、ろくでなしの言い訳って、この前、先生が言っておられたし、秋穂さんのお相手に相応しいか心配だわ」

「私もコミュ障なので、ろくでなし同士、相性が良いんです」

 標葉さんと部長さんの会話そのものは和やかだが、声が互いに引きつり気味のうえ、地味だが露骨な嫌味の応酬。さぞかし普段は仲が良いのだろう。


「標葉さん、素敵なお相手が出来て良かったですね。これで、きっと変なウワサも消えますわ」

 眼鏡の女性の言葉。タイミング的に会話に割って入ったのは間違いないのだが、穏やかトーンの為か不快感はなく、寧ろ助け舟を出したようにさえ感じたが、少し引っ掛かるものがある。


 眼鏡の女性は続けた。

「理さんとおっしゃいましたっけ? 標葉さんを大切にらしてあげて下さいね」

 穏やかな笑顔、ゆっくりとした話し方。地味で抑え気味のメイク。ある意味でテンプレのようなお嬢様なのかも知れない。

 どうして返して良いか分からなかった僕は小さく首を縦に振ったが、横目で捉えていた標葉さんは不思議な事に視線を逸らしていた。


「照れ屋で無骨な感じも良いですね。こんな素敵な方がいたから、教育実習で来られた先生や交流のある大学の男性に言い寄られても断り続けたんですね。特にあの方、中学時代の同級生、あの方とは良い雰囲気だったと思ったのですが・・・・・ 」

 過去話。ズレている僕が言うのは何だか、カップルに対して暴露話はマナー違反ではないだろうか。


「あっ! いけない。余計な事をお喋りしてしまいました」

 マスクをした口元に手を当てている眼鏡の女性・坂家さん。


「私たちはそんな事を気にするタイプではないのでお気遣いは無用ですよ、坂家さん。では、そろそろ行きましょうか、おさむさん」

 微妙な空気の重さ、それにこれ以上、質問攻めにされる前にこの場から去れるのは大変ありがたい。僕は軽く頷くと自分が羽織っていたジャンバー脱いで標葉さんの肩に掛けた。


「この季節その制服でバイクに乗るのは身体に堪える。それとコレはキミ用のヘルメット」

 表情を無くしている標葉さんが新鮮だったが、今はそれ以上に周り全ての視線がコチラに向いているのが恥ずかしい。僕は一刻も早くこの場を去るため、バイクに積んでおいたもうひとつのヘルメットを彼女に手渡す。


 コクリと頷きフルフェイスのヘルメットを被り始めた標葉さんだったが、あこ紐の固定に苦労している様子。


「少し顔を上に向けてくれる? 」

 僕は標葉さんのあごの下に手を回し、Dリングやリリースタブを調整しつつ、あご紐を固定した。緊張しているのか標葉さんの顎先には汗が一雫流れている。


「これで大丈夫。じゃあ、行こうか。バイクに乗ってステップに足を掛けたら、僕にシッカリと掴まって」

 僕はヘルメットを再び被るとバイクに跨り、エンジンを掛ける。背中には震えながら掴まる標葉さんの感触。正直、掴まり方が心元無いため、僕はグローブを嵌めた手で彼女の手を取ると自分の腰にシッカリと回させたうえ、後手で標葉さんのヘルメットを僕の背中にピタリと密着させた。その身体はまだ震えている。

 少しの違和感を覚えつつ、僕はエンジンを一度空吹かす。


「標葉さん、この方の事、お父さまはご存知なのかしら? 」

 唐突に飛び込んで来た坂家さんの質問。

「今度、紹介してもらう事になってるよ」

 僕は適当にそう告げると、もう一度だけ標葉さんが安全である事を確認し、バイクのアクセルを開けて国道15号線へと向かった。

 背中には眼鏡の女性、坂家さんの視線がいつまでも張り付いてる。そんな気がした。




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