第16話 洗濯機

 先生との話を終え、家に着くと時刻は既に午後の6時を回っていた。

 母さんや姉さんはメールによると今日はかなり遅くなるとの事だったので、僕は洗濯物を取り込んで畳むと、この夏に買い溜めし過ぎた素麺そうめんを茹で、それに刻みネギを添えたものを胡麻油とラー油で和えて丼に盛りつけた。

 ネットでチラ見し記憶も曖昧なレシピだったので予想はしていたが、味らしい味はない。馬鹿舌を自認する僕はキッチンにカレーパウダーがある事を思い出し、取りに行くついでに何となくテレビをけた。


 ワイドショー寄りのニュース番組。

 テレビ画面には僕らの高校と西野さんの顔写真に加え、彼女が殺された横浜のラブホテル『GO』の内部写真。そしてどこで手に入れた情報なのかは分からないが、200万近くのお金が銀行口座に殆ど手付かずの状態で残っていたとのテロップ。


 ――――― 長年続く不景気やコロナウィルスの流行による自粛ムードもあってか、最近の若者は自己肯定感が妙に低くいですよね。だから、SNSとかでの発信を1日に何度もしたり、独自の言葉、我々には分からない略語みたいなのを使い、仲間内だけでの肯定感を高めていて・・・・・


 今更感がある事をドヤ顔で語るコメンテーターに思わず失笑する。

 そう言えば清少納言も枕草子で 『最近のガキどもは言葉がデタラメなうえ、やたらと略語を使いやがる』と歳下の人間の感性に対する妬み丸出しのディスりを飛ばしていたと本で読んだ事がある。

 和歌や短歌は現代で言えばボヤッター。清少納言程の人気歌人ともなれば、当時相当数のフォロワーを抱えていただろうから、若者へのディスりを飛ばした時には、さぞかし炎上したのだろう。それに対し歌の内容からもその気位の高さが分かるセレブな彼女は『糞リプ乙』くらいは返しているはず。いとおかし。たぶん千年あとの未来でも、その時代のコミュニケーションツールで同じような事が繰り返されているのは間違いない。


 コメンテーターの戯言は尚も続いていた。


 ――――― 周りのみんながやっているから大丈夫とかの安易な気持ちで援助交際やパパ活と言う名の売春を・・・・・


「みんなって、誰と誰なんだよ。安易って本人話をきいたのか」

 甲高い声がカンに触わりはじめた僕はリモコンでテレビを消して、味の殆どしない素麺にカレーパウダーを大量にふりかけると胃の中へと飲み込むように一気に食べ始めた。


 ⇒⇒⇒


 午後8時

 僕はいつもの様に回り続ける洗濯機に寄り掛かりながら、ディーリア・オーウェンズの『ザリガニの鳴くところ』の洋書をスマホ片手に翻訳していた。これが英語の学力向上に繋がるかは判らないが下手に参加書を読み込むよりは楽しみながら出来るし、遥かに集中力が継続してくれる。

 主人公であるカイアの初公判という物語のキーになりそうな場面を翻訳をしていると、スマホのsignが着信を告げた。発信者は標葉秋穂さん。今から電話をしても良いかとの内容。彼女との約束を思い出した僕は『はい』とだけフリック入力し送信した。


「もしもし。秋穂です」

「村崎理です」

 返信してから5秒程で掛かって来たsign電話に対し、自分の中の語彙力を振り絞ってみたが電話での会話が苦手な僕が出来たのは自分のフルネームを名乗る事。


「私、泉岳寺女学院の文化人類学研究部に所属しているんです」

「文化人類学研究部? 」

「名前は大袈裟ですが、部の活動内容はハッキリ言って、お茶を飲みながらのお喋り会です」

「ただのお茶会? 」

「そうです。そして、実はそこにキライな女の子たちがいるんです」

「キライな女の子? 」

「はい。ウチの高校のスクールカースト的には上位の部類にいる方々です」

「カースト上位の子たち」

「そうです」

 突然切り出されて来た内容に戸惑ってしまった僕はオウム返しに返事をするしかなかった。母さんや姉さんと暮らしていて身に付いたのだが、人は自分が言った事を復唱されると同意されてると誤認してくれるので話が前へと進む。

 寄りかかっていた洗濯機の洗いと濯ぎが終わったのか小さな警告音がなった。それと共に脱水をはじめた洗濯機のモーターが回転する振動が背中に伝わって来る。


「彼女たちは常に自分が周りより優位に立っていないと気が済まないんです」

「自慢話ばかりするってコト? 」

「そんな露骨な事なら、私は腹が立ったりしませんよ。むしろ、馬鹿な子たちだなぁって、笑って流せます。彼女たちはわざと遠回しに自分たちが幸せである事を見せつけてくるんです」

「なるほど」

 自分で言っておいて何だが、何がなるほどなのかはまるで分からないし、標葉さん程の頭の回転が早い子が話を汲み辛くしている目的も見えなかった。


「文化人類学研究部の活動は火曜日、木曜日、それに毎月最終日曜日の午前中です。ポイントはのある最終日曜日なんです」

「お迎えって凄いな。さすがお嬢様学校。黒塗りの外国車がズラリってカンジ? 」

「まさか。村崎さんのお嬢様像って昭和のおじさんみたいで古すぎです。今のお嬢様学校の女の子はもっとしたたかですから、家には内緒で彼氏に迎えに来させるんです」

 明日も最終日曜日。何だか嫌な予感がして来たためか、いつもより背中に伝わってくる洗濯機の脱水の振動が大きく感じる。


「ここまで言えば、村崎さん、私の言いたい事は分かりますよね」

「約束した交換条件は、明日、君を迎えに泉女に行く事」

「村崎さんは察しが良くて助かります」

 泉岳寺女学院の文化人類学研究部では休日の部活動の際、彼氏の自慢大会が開かれる。それに標葉さんは嫌気がさしていると言う事なのだろう。


「でも僕は君の彼氏では無いし、標葉さんがお嬢様たちの間で自慢出来るようなスペックも持ち合わせていないから、人選としては間違ってると思うけど」

「それっぽく振る舞ってくれれば、あとは周りが勝手に私にも彼氏がいると誤解してくれますから問題ありませんよ。それに見た目だけなら村崎さんは他の子の彼氏さんたちの追随を許していませんし、由依ちゃんに聞いたのですがオートバイにも乗られるんですよね。そう言った不良っぽさも他の人にはないのでポイントが高く、カースト上位の子たちが悔しがりますから、私的には満足なんです」

 元々交換条件ではあるが、完全に逃げ道は塞がれてしまった。洗濯機から今の僕をせせら笑うかのように脱水が終わった旨を伝える電子音が聞こえてきた。


「お嬢様学校って結構大変なんだな」

「お嬢様学校が大変なんじゃなくて、お嬢様だけど、やる事はやっている感を出すのが大変なんですよ」

 SNSで呟けば炎上しそうな言葉をサラリと話す標葉さん。この子がキライと言うお嬢様たちはもっと怖いのかと思うと明日が憂鬱になる。


「では、明日の日曜日、13時に学校にお迎えをお願いします」

「13時に泉女前」

「はい。オートバイでお願いします」

「バイクで13時に泉女前」

「はい。彼氏っぽい振る舞いも忘れないでくださいね」

「頑張ってみる」

「宜しくお願いしますね。では、村崎さんお休みなさい」

 sign電話が切れるとほぼ同時に標葉さんから泉岳寺女学院のマップと猫がお辞儀をするスタンプが送らてきた。僕は了解とだけ返事をすると彼氏らしい振る舞いって何なのだろうと結構真剣に悩んでいた。




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