第13話 才能
トイレで父さんと月曜日の夜に会う約束を取り付けた僕が席に戻ると、そこに姉さんの姿は無かった。
「村崎、どうしよう! 」
僕の姿を見るなり星野さんはテンパリ気味の声でそう尋ねてきた。どうしようと聞かれても内容が分からない僕にはそれこそどうしようもない。
「どうしたの? 」
「私『sara-sa』でカットする事になっちゃった」
「へぇ」
姉さんの姿が無いので、もしやとは思ったが良くない予想は的中してしまった。改めて見るとカイゼリアは嘘のように混んでいて、来ている人たちがマスクをあごに当てつつ、静かに食事をしていなければコロナウィルス騒ぎは嘘のようだ。
「『へぇ』じゃないよ! あの『sara-sa』だよっ! モデルさんとか女優さん御用達の! 予約が何ヶ月待ちって言われてるヘアサロンなんだよっ・・・・・・ って、村崎にとっては、自分ん
「・・・・・・ まぁ、そうかも」
一応は同意したものの、このキャッチセールス紛いの新規顧客の会得方法は姉さんがよく使う手だと母さんから聞いた事がある。
母さんや姉さんが切り盛りしている美容院『sara-sa』は芸能人御用達の美容院と一見、聞こえは良いかも知れないが、要は床屋さんだ。店舗である以上お客さんに来てもらってナンボの世界。当然、新規のお客様を捕まえ、リピーターにしていき、お店の回転率を上げていかなければ利益は増えない。そのためなのか姉さんはちょくちょく街を出歩き、これはと思う人に声を掛けてリピーターとなる顧客を探しているらしいのだ。
「イヤなら今から僕が断ろうか? 」
「断るわけないじゃん! あの『sara-sa』でカットして貰えるんだよ! しかも私だけの為に特別に時間をとってくれるんだし! 」
新規顧客ゲットだぜ。
たぶん姉さんなら、これまでに何人も『あなただけ特別に』と言ってるはず。そして、その人たちの初回無料のカットが終わり気分が高揚している所に『次回は2ヶ月後の14時にしましょうね。そうそう、その時にさっき話したシャンプーやトリートメントもどう? ウチのお店からなら高校生のお小遣いでも買える値段で譲れるわ』くらいのトークはしていると思う。が、ココは種明かしをしない方が良いだろう。それに僕がひとりでこれから向かおうと考えている標葉さんから教えて貰ったお店「
「行って来なよ。それより星野さんって、月曜日の夜、時間空いてる? 」
「特に予定ないけど」
「じゃあ、京急品川の前に午後8時に来てくれるかな。父さんが会ってくれるってるらしいから。・・・・・・ それと悪いけど、僕少しお腹が空いたからドリア頼んで良い? 」
なぜか星野さんは俯いて身体を小さく揺らしていたが特に返事が無い所をみるとお腹は空いていないのだろう。僕は近くを通りかかった店員さんに声を掛けて、追加オーダーを頼んだ。
「…… 私でいいの? 」
「星野さんじゃなきゃ意味ないだろ」
「でも、この前は・・・・・・ 」
「そう、この前、星野さんが2人で西野さんの事件について調べようって言ったんだよ。だから、それの手掛かりになるかも知れない事を知っていそうな父さんにさっき会ってくれって頼んだんだ」
星野さんは目を見開き、ポカンとしていた。
「そ、そうだよね。決めたもんね。で、でも確か村崎のお父さんって、あの有名な俳優さんだよね。鷹野完一郎さん。私、結構ファンなんだ」
声を潜めてくれたのと遠慮気味なのは、父さんが既に僕とは一緒に住んでいない事を知っているからだろう。
両親が離婚した子供など世には掃いて捨てるほどいるとは思うが、ウチの場合は親の職業の関係でネットや雑誌にその経緯が赤裸々なまでに語られている。星野さんも目にはした事はあるだろう。
「村崎のお父さんってさ、目とか眉がキリっとしているけど、笑うと優しいカンジのイケンンだよね。背も高いし、低い声のイケボでさ、私、動画サイトで歌も聞いた事あるよ。すっごい上手かったなぁ 」
父さんの話題を出してしまった事をフォローする意味もあったのだろう、星野さんは早口で目も泳ぎ気味。今は例のゲテモノじみた色のドリンクを口にしている。
「村崎の家って、お母さんだってキレイでカリスマ経営者でしょ? さっき会ったお姉さんのすみれさんだって、優しくてめちゃ美人だった。しかも2人とも凄く腕の良い美容師なんだもん。凄いよね」
「姉さんは母さん似だからね。僕は両親どちらの才能も受け継がなかったみたいだけど」
自嘲と言うよりは家族を持ち上げられ過ぎた事への照れ隠しに僕は軽口を返す。
「それは村崎の努力が足りないからじゃん。どんな才能も努力しなきゃ開花する訳無いし・・・・・・ 私も開花させるために頑張ってはいるんだけどなぁ」
遠くを見るように視線を上げた星野さんの指はテーブルの上で艶やかに蠢き僕には見えぬ鍵盤を叩いていた。ポロリと標葉さんから聞いたピアノの事を尋ねずに済んだのは星野さんの目が悲しそうなくらい遠くを見ていたからだった。
「村崎、もし神様がどんなモノでも良いからひとつだけ才能をあげるって言われたら何の才能を選ぶ? 」
流行り異世界転生モノのネタかよとツッコミたくなるような質問。
「わからないよ。強いて言えば、この手の質問に対して妥当な答えを返せる才能かな」
神様なんて信じちゃいないし、仮にいたとしてもたぶん僕並みに捻くれた性格だと思うから、望み通りの才能なんかくれやしない。
「それ村崎らしくてウケる」
「そりゃどうも。星野さんなら何をお願いするの?」
「・・・・・・ 私はね、幸せを見つける才能をお願いするかな」
星野さんは動かしていた指は止めたものの、その目はまだ遠くを見つまたままだった。
「そんな才能はじめて聞いたよ。存在するのかな? 」
早く走る才能、物事を覚える才能、友達をつくる才能、努力を重ねる才能、人には色んな才能があるとは思うが、幸せを見つける才能など僕は聞いた事も考えたら事もなかった。
「存在するに決まってるでしょ。女の子にとって一番大切な才能なんだから」
星野さんは今、殺されてしまった西野さんの事を考えている。どういう言葉の連想でそれに至ったのかは分からないが、再び涙が溢れ始めた瞳がそれを如実に語っていた。幸せを探す才能と言うモノがどんなものかは分からない。そして、その才能があれば西野さんが幸せになれたかどうかも。
僕は漸く届いたラザニアに手をつける訳にもいかなくなり、神様に才能をお願いするとしたら、女の子を元気にする才能が良いと本気で考えていた。
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