第11話 視線
僕は二度寝が好きだ。
だから土曜日である今日も朝の6時から起きて、昨日済ませておいた洗濯物をベランダに干し、母さんと姉さんにコンビニで買っておいたサラダとクロワッサンをお皿に乗せ替えて朝食に出したあと、直ぐに布団に飛び込み二度寝を決め込んだのだ。そもそもいろいろあって寝不足になったのは、今、絶賛不機嫌中の星野さんにも若干原因がある。・・・・・・と思う。
「今朝からsign、何度も送ってるんだけど、スルーって有り得ないんですけど」
「だからさっきも言ったけど、寝ていて気がつかなかっただけだよ」
「じゃあ、私がsignで電話しなければ、ずっと寝ていたって事? 」
絶対に寝ていた。だいたい高校生ともなれば寝るのは零時など楽に回るし、休日なら起きるのだって遅くてなる。
「もう朝の8時だって言うのにいつまで寝ているつもりよ! 」
もう8時じゃなくて、まだ8時。どうやら星野さんは見た目に反し朝方人間らしい。
「色々と思い出したりした事があって、昨日はなかなか寝れなかったんだ。signに気が付かなくてごめん」
「・・・・・・ そっかそうだよね。こっちこそゴメン。そうだよね、通夜に出たうえ、あれだけの事を話したんだもん、色々考えたり、思い出す事もあるよね」
かなり良心が咎めた。昨日の夜に僕が思い出したり考えた事は、光月先生の事と通夜に来ていたと言うA組の南井の事だけだ。あと思い出してイロイロとややこしく、そして寝不足の原因となったのは、初めてバイクの後ろに女の子を乗せた時に感じた背中への感触。無論、そんな事は言える筈もない。
「私も昨日の夜、色々考えたりしたけど、大した事は思い浮かばなかったんだよね。村崎は何か思いついた? 」
「星野さん、A組の南井って知ってる? 」
「あの真面目そうな子でしょ? 確か山手中学出身の子だったよね。その人がどうかしたの? 」
「たぶん、昨日の通夜に来ていた」
光月先生が南井の事に触れた時、星野さんはその場にいなかった。この情報は僕の他には先生たちや刑事さんたちしか知らないはずだ。
「来てたって、姿なかったじゃん」
「昨日、斎場に行く途中、彼のバイクとすれ違った。あのあたりはオフィス街で基本的に高校生があんな時間に通るような道じゃないから、まず間違いと思う。現地では何とも思わなかったけど、昨日の夜、良く考えてみたらおかしい事に気がついた」
光月先生の名前を出すと、ややこしい事になるのは目に見えていたので、僕は事実に適当な嘘を混ぜ込んだ。
「南井クンって真面目そうだけどバイクの免許持ってるんだ。意外! 」
「持っているのは間違いないよ。僕は同じ教習所だったから、何度か顔も見たし、彼の愛用のヘルメットも知っている」
これは全て本当だった。高校に入ってすぐに取りに行った普通二輪免許。その場所に高価だが明らかに教習所には場違いなゴーストスカルヘルメットを携えた南井の姿もあった。
「正直、西野さんと南井に接点があるとは思えないんだ。だから通夜に来ているのは不自然なカンジがする」
「何か知っているってコト? 」
「分からない。だから気になる」
「分かったわ。ちょと待ってて」
星野さんが何について分かったのかは、分からないが、いきなり通話を切られた僕が60秒ほど呆然としていると再び星野さんからのsign電話が着信を告げた。
「ハイ」
「ハイって、電話でるなら、フツー『もっしー』でしょ。それより村崎って、今から上大岡に来れる? 駅前のカイゼ」
星野さんの言葉の脈絡の無さには少し慣れて来たが、この唐突さに慣れるにはかなり時間が掛かかると思う。
「行けるよ。上大岡駅前のカイゼリアだね」
「そ。宝くじ売り場の前にあるエスカレーター登ったトコのカイゼ。そこに南井クンと同じ中学だった私の友達呼んだから。シルヴァって泉女に行ってる子」
たかだか1分でこの段取り。もしかしたら星野さんは傑物なのかもしれない。そして何より同じ中学の人なら南井について何か情報を持っている可能性も高い。名前からしてハーフか何かだとは思う。少し気になるのはその子が泉女の子だと言う事。泉女こと泉岳寺女学院と言えばかなりのお嬢様さま学校。申し訳ないが星野さんとの接点が浮かばない。
「んじゃ、9時半に集合って事でヨロ」
こちらの考察を無視して進んでゆく話。部屋の時計で時間を確認すると集合時間まであと50分しかない。既に切れてしまったスマホに舌打ちしつつ、僕は部屋着である伸びきったジャージを脱ぎ捨てて、出発の準備を始めた。
⇨⇨⇨
上大岡のカイゼに星野さんが先に来ているのは直ぐに分かった。なにせ星野さんの髪はオレンジともとれる亜麻色の髪の毛だけに異様に目立つ。こちらの姿を認めても手を振るだけで声を上げなかったのは隣にいた女の子に止められだからだろう。
「遅刻ギリよ村崎。友達との約束は10分前行動が基本でしょ」
「これでもかなり頑張ったんだけどな」
友達との約束は学校の規則より厳しいとはなかなか世知辛い。
「村崎、シルヴァとは初絡みだね。この娘がシルヴァ」
「はじめまして。私は由依ちゃんの友達のシルバアキホです」
シルヴァさんを紹介するのに略称はないだろうと思っていたら当の本人が本名を名乗ってくれた。そして、何より驚いたのは名前からハーフなのだろう思っていた星野さんの友達シルバさん。
クセの無い黒髪はミディアムボブ。元々顔立ちが整っているのもあるとは思うがメイクも非常に薄いと言うより抑え気味。服装も薄いブルーの長袖ブラウスにビジュー付きパンプス。それに首にはスカイブルーのスカーフを綺麗に巻いている。いわゆる雑誌にでも載ってそうな自己主張はしつつも抑え気味のファッション。そしてどこからどう見ても日本人の女の子。しかも真面目そう。
一方、星野さんはダメージジーンズと言うには肌が見え過ぎているジーパンの上に胸元が大きく開いた黒いシャツ、そしてその上に薄茶のルーズなカーディガンを羽織っていていると言うギャルファッション。
「村崎、シルヴァの事、ガン見し過ぎ!」
「ガン見なんてしてないよ。シルヴァさんって聞いてたから、ハーフの子だとばかり思っていたんだ」
思い込みと偏見といえばそれまで。だが、シルヴァと下顎を伸ばしたくなる発音を聞けば、大半の人はアメリカかどこかの人のラストネームを想像するはず。
「キヘンに投票の票、それに葉っぱ葉で標葉。それに季節の秋に稲穂の穂で標葉秋穂っ読みます。変わった苗字だから、話し言葉だけで聞いた人にはよくハーフと勘違いされるんです」
育ちも品も良い子。それが僕の第一印象だった。女性は2回目に感じた印象が大事と言っていたのは父さんだが、ここは2回も離婚している人間の女性論は当てにしない方が良いだろう。
「はじめまして、僕は庚台高校2年の村崎理」
通りかかった店員さんにドリンクバーを注文し、僕がテーブルに目を落とすと、二人はかなり前に到着していたのかドリンクは既にグラスの五分の一程までに減っていた。
「自分の取ってくるから、ついでにお代わり取ってくるけど、何がいい? 」
「私は次、メロンソーダとレモンソーダのミックスにジンジャーソーダを足したやつで行くよ」
やはり星野さんは一筋縄ではいかない。味がケンカしそうな組み合わせだ。
「配分が分からないよ。比率はどのくらいにすれば良いだ? 」
「そんなのフィーリングだよ。いいよ自分でやるから。ついでにシルヴァと村崎の私が取って来るから座ってて」
「私はおかわりは要らないかな」
「オッケー。村崎は何にする? 」
感覚重視だが飾らない。そして気さく。少しだけだけど、星野さんの人柄分かって来た僕はその言葉に甘える事にした。
「僕はホットのウーロン茶で」
「うわっ、村崎オヤジくさっ! 」
マスクの上の目と眉で軽く笑った星野さんはスタスタとドリンクバーの方へと歩いて行ってしまった。
「村崎君って、結構無神経ですよね」
何となく目線で星野さんを追いかけていた僕に掛かる標葉さんの声。
「えっ? 」
辛辣とも言える人物評に僕が二の句を告げずにいる中、標葉さんの僕に対する評価は続いていた。
「自分がフッたばかりの女の子と平然とお茶したり出来るなんて、かなり神経を疑います」
淡々と静かな声で語られたからなのか、それとも正論だからなのか、僕は怒るどころか反論すら出来なかった。
「私、由依ちゃんから告白するって聞いた時、忠告したんです『スカしたイケメンなんて、性格が悪いに決まってるから止めといた方が良いよ』って」
「僕がスカしているかは分からないけど、少なくともイケメンじゃないよ」
取り敢えずの反論をした僕に対し、標葉さんは遠くを見るように視線を動かすとドリンクバーに刺してあったストローを指先で弾き、小さくため息をついた。
「謙遜ってヤツですかね。まぁ、さすがに『イケメンだよね』って言われて、『そうです』とは答えづらいって所ですか・・・・・・ でも高校生にもなって自分の顔や学力がどのくらいのレベルにあるのか分かっていない訳ありませんよね」
澄ました顔のまま吐かれゆく毒っ気のある言葉は尚も続く。
「それでも一応、ドリンクバーを取り行ってくれようとしましたし、今も由依ちゃんが戻って来たら奥に行きやすいように通路側の隅っこに座ったうえ、何気にレシートも自分の方に寄せてますから、中身はまぁ及第点ってカンジですかね。それと由依ちゃんや私の私服姿をガン見してたクセにとぼけたうえ、照れている所なんかは、外見とのギャップがあって、ちょっとだけ萌えましたし」
後半の方になると口調に明らかな悪戯っぽさが混じって来た。静かな顔と声で淡々と吐く毒は強烈だが、僕がココに来てからの動きを全て見透かしているのは確かだった。そんな標葉さんの目は遠く見ていたが少し微笑んでいるようにも見えなくもない。
「もしかして、僕のこと少し
「あっ、気づきました? でも前半は本音です。そして後半は親友である由依ちゃんをフッた男の子に対する私からのプレゼントです」
マスクを顎に当てたまま、ドリンクバーのストローを咥え、目を外の方に向けてそう話す標葉さん。
まだ10時を少し回っただけ、しかもコロナウィルス騒ぎの先も見えないと言うのに店内はかなり混み出していた。家族連れが来たのか赤ちゃんの泣き声も聞こえてくる。
「プレゼントはありがたく受け取るよ」
「お返しもお礼もいりませんから。でも、真面目な話、ガン見って言うか視線には気をつけた方が良いですよ。女性は視線に敏感だし。それに今はみんなマスク付けているから、余計に目の動きが目立ちます。当然それにより思考も読みやすい。なんなら、村崎君が私を見て何を思ったか当ててみましょうか? 」
視線を外に向けたままの標葉さんはストローを咥えたまま、今度は芝居っ気たっぷりな声で続けた。
「なんで、こんなお
全てお見通しとはこの事。僕は頭を掻いて誤魔化すしかなかった。
「ピアノを教えて下さってる先生が同じなんですよ。私と由依ちゃん」
「アイツがピアノ⁉︎ 」
思わず出てしまった大きな声と本音。マスクをしてなければ、もしかしたら星野さんにまで届いていたかも知れない
「酷いですね。かなりの上級者なんですよ。由依ちゃんと私」
僕を諌めるように片目だけを瞑り、ひとつため息をついた標葉さん。論拠は無いが、この子にやり込められない男子はたぶんいない。
「人は見た目じゃ分からないって事か」
「全然違いますよ。人はやっぱり見た目って事です。特に女性なんて髪型やメイク、それに服装で何にだって化けられますから。私だってギャルになろうと思えばなれますし、由依ちゃんだってお嬢様風のメイクと服にすれば印象はガラッと変わります。つまりはその全ては相手にどう見て貰いたいかをコントロールしているって事です」
印象。相手にどう捉えて貰いたいか。それが目的だからこそ外見には大きな意味があるという事なのだろう。そう考えると、もしかしたら星野さんはピアノを習っているのを周りには悟られたくないのかも知れない。
「お嬢様風の格好の子はお嬢様に、ギャル風の子はギャルに見て貰いたいって事か。よく覚えておくよ」
僕がそう返事をすると、標葉さんはドリンクバーのコーナーでお婆さん数人に給茶器の使い方を説明している星野さんを視線で確認していた。
「もう、あまり時間がないですね。村崎君、例の事件で南井剛志の事を調べるってホントですか? 」
「そのつもりだよ」
時間が無いと言っていたのは、星野さんには聞かれたくないを意味しているのは、さっきの標葉さんの視線の運び方で理解していた。
「取引しませんか? 応じてくれれば情報提供します」
標葉さんの目は、今日ここに来た目的はコレだと言わんばかりに蠱惑的に笑っていた。
「いいよ」
僕がほぼ即答で答えたためだろう、標葉さんは少し目を見開いていた。
「いいんですか? 私の情報提供や交換条件の内容を聞かずに返事して」
「構わない」
交換条件がそれなりに面倒事であるのは口ぶりからして間違いないだろう。ただそれ以上に今は情報が欲しい。
「あとで『やっぱ、やーめた』は無しですからね」
「分かってる」
僕がそう頷くと標葉さんは一枚のメモを差し出して来た。メモには「
「そこのお店で彼はバイトをしていました。少し特殊なお店ですが、行って私の名前を出せば店長さんに彼の詳しい人となりを聞けると思います」
含みを持たせた言い方だったが、おそらくはそれなりに論拠があるのだろう。
「ありがとう。ココへは僕ひとりで行く事にするよ」
「同世代の男の子にしては察しが良い過ぎて少しキモいですね」
特殊なお店とは、たぶんそういう店なのだから女の子は連れて行かない方が無難だ。
「ウチは女系家族だからね。察しが悪いと死活問題になる」
「そんなの自分がマザコンシスコンって言ってるのと同じですから、他の女の子には言わない方が良いですよ。あとの情報提供は無難ですので由依ちゃんが戻って来たらにしますね。では、村崎さんのsignコード教えて下さい」
「それが、交換条件? 」
僕はそう尋ねつつ、自身のスマホをタップしてsignのコードを示して見せた。
「まさか、そんな簡単な条件なら取引なんて持ち掛けませんよ」
「だよな」
「甘すぎですね」
交換条件は後で知らせると言う事なのだろう。スマホを星野さんと同等以上の速さでフリック入力してゆく標葉さん。
「何となく標葉さんと星野さんがなぜ友達なのが分かった気がするよ」
「私も村崎君がウワサと違って全然女慣れしてないし、女の子の事を全く分かっていない理由が分かった気がします。それと、さっきの交換条件については今日の夜9時くらいに連絡しますので、詳しくはその時に」
女性と男性の脳の作りや思考の仕方の違いなのかも知れないが、標葉さんも星野さん同様、脈絡の無い話し方をする。条件を後で話すのは
「洗濯しているくらいの時間だけど、電話には出れると思う」
「洗濯? 」
「趣味なんだ」
「ずいぶん変わった趣味ですね」
タイミングというヤツなのだろう、標葉さんがそう返して来ると同時にトレーにウーロン茶とゲテモノじみた色をしたグラス乗せた星野さんが戻って来た。
「ごめーん。お婆ちゃんたちに捕まっちゃってさ。シルヴァ、村崎にズケズケと無神経な事言われたりしなかった? 」
「大丈夫、聞いていたより遥かにシャイなんで驚いてたくらい」
女性は第二印象。やはり父さんは凄い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます