第6話 刑事

庚台高校かのえだいこうこう2年F組の村崎理むらさきおさむ君だね」

 水曜日の下校途中、と言うより家の手前で僕はスーツ姿の2人組にそう声を掛けられた。

 マスクの上にある目はこちらに向かい笑い掛けているようにも見えたが『悪魔は微笑みと共に現れる』との金言を信じている僕はこの手の相手はスルーする事に決めている。


「そんな長い名前ではありませんから人違いです」

 どうせ父さんのゴシップ記事を書こうと企んでいるマスコミ連中だと決め込んだ僕はかなりぞんざいな返しをして家の門に手を掛けた。


「私たちはこう言う者なんだ」

 2人組の内、年長者らしきほうが僕にそう声を掛け、身分証らしきものを強引に見せて来た。サーフィンでもやっているのか、この時期だと言うのに肌が焼けていて、マスクの白とのコントラストが目に痛い。

 名前を名乗らず身分証を示したのは、近所の盗み聞きに対する配慮と威圧が目的なのだろう。2人が示したのは警察手帳。それには神奈川県警の文字。


「西野妙子さんの事は知っているね」

 今回声を掛けて来たのは姉さんと同じ二十代中盤くらいの男性。オレはエリートだぞと主張したいのか、細身に似合う濃紺の三揃いのスーツに加え、僕が苦手なネクタイを首元まで隙間なくピッシリと締めている。オマケに色までウチの学校の指定色と同じ赤だ。

 赤ネクタイが西野さんと僕が同じクラスである事を承知のうえ、尋ねて来たのは明白だった。そして僕が西野さんを知っているのも事実だ。でも知っているだけなら僕はアメリカの大統領だって知っているし、織田信長だってスキピオ・アフリカヌスだって知っている。


「担任の先生が余計な事はしゃべる奴は品性が無い証拠だと言ってました。僕も同意見です」

 先生の言葉をかなり意訳したが内容的には変わらない。更に言えばマスコミでも警察でも僕にとってはどっちも一生関わりたくない存在だから似たようなもの。


「キミが西野さんと特別な関係だった言う人がいてね」

 赤ネクタイは僕が遠回しに伝えた黙秘権の行使はスルーするつもりらしい。西野さんと僕の関係についてどう語られたのかは知らないが、デマやウワサなどは何処からともなく湧き起こるし、あっという間に広がるから、コロナウィルスのクラスター並にタチが悪い。


「それがホントなら西野さんは男の趣味が悪かったって事になってしまいますから彼女に失礼ですよ」

「どう言う意味だい? 」

「言葉通りです。女の子の下の名前を亡くならなければ知ろうともしなかったり、誕生日が来月の10日なのを知らなかった薄情な男と付き合っていたって事になりますから」

 屁理屈なのは分かっていたが、いくら歪な死に方をしたとしても、西野さんの事を根掘り葉掘り聞かれるのは面白くない。

「なんなら今週の月曜日の夜、僕が何していたかお伝えしましょうか? もっとも証明してくれるのが全員身内ですから、アリバイにはならないと思いますけど」

 自分でも驚くくらい嫌味な返しをしてしまったのは、僕の底意地が悪いからで、西野さんは関係ない。どの道、彼女との関係を疑っているのなら警察の人たちが最終的に聞きたいのは彼女が死んでしまった時間帯に僕が何をしていたかのハズだ。


「いや、そこまで話を飛躍させなくても良いんだ。ただ私たちは彼女の交友関係を知りたくってね」

 警察官、いや刑事さん2人が浮かべた僕の青さに対しての失笑が熱量を急激に冷めさせてゆく。


「実はかなり手こずっててね。西野さん、学校では誰とでと親しげにしていたようなんだけど、特別仲が良かった友人がいるかというとね・・・・・ そして、彼女が月曜日に何故、南太田からいつもとは違う下りの電車に乗ったかも分からないんだよねぇ」

「えッ⁉︎ 」

 思わず声をあげてしまったのと、下げていた視線を上げてしまった事にはすぐに後悔した。だがもう遅い。ある程度の情報提供をしてリアクションを見たのは僕の青さを見切ったうえでサーファーが張った罠だ。僕はマスクの下で唇を噛み締める。


「西野さんの家は東糀谷ひがしこうじやのはずれだ。最寄駅は京急線の糀谷駅。通学用の定期もそうなっている。だとすれば何故、彼女は月曜日、下り線のホームにいたんだろうね」

 明らかに西野さんと僕が月曜日の学校帰り、駅のホームで一緒にいたのを確信しての物言い。僕らの姿は水瀬さんと木梨さんに見られていたし、学校の最寄駅でもあるから目撃者は他にもいただろう。


「アルバイトとか、買い物とかじゃないですか? 」

「確かに彼女はアルバイトをしていたが、それは蒲田のコンビニだ。買い物にいくにしてもキミら若者なら横浜や川崎に行くだろ? でも彼女はそちらとは逆のホームにいた」

 光月先生の助言は確かだったようで、お喋りをし過ぎた僕は完全に追い込まれてしまった。


「彼女と何を話したかを思い出してくれないかい? どんな些細なことでも良いんだ」

 あの日西野さんと交わした会話を僕は鮮明に覚えている。会話だけでなく、マスクの上でコロコロと表情を変える彼女の少し吊り上がった目やピンクに近い赤色に染め上げた長い髪も。そして左の薬指にだけ派手なネイルアートをしていた事さえも。


「あいさつをしてました」

「挨拶ぅ⁉︎ 」

 刑事さん2人のユニゾンによる返答は語尾が上がり気味のうえ、びっくりマークにクエスチョンマークの加わった『こいつバカじゃねーの』感満載。予想通りのリアクションをしてくれたので僕はマスクの下で舌を出す。


「ええ、あいさつです。『お疲れぇ』とか、『いま帰り? 』とかそんなカンジのヤツから、『だるいよねぇ』とか『その髪の色良いねぇ』とか・・・・・・僕にとってはみんな挨拶みたいなモンです」

「まぁ、キミらの世代にとっては、そう言うモンかも知れないけどねぇ・・・・・・ 」

 眉と眉間を歪ませて、何か言いたげの赤ネクタイ。きっとマスクの下の口はへの字に曲がっている。


 畳み掛ける事にした僕は言葉を続けた。


「あと、をとってました」

「『ま』って何だい? キミらの世代の新しい言葉には我々には分からないものも多いんだ」

 僕に再び向けられたいぶかしげな視線。陽がかなり翳って来たせいで、ウチの前の街灯のセンサーが反応し、照明に光りが灯る。


「やだなぁ、昔からある言葉ですよ。会話と会話のあいだにある空白の時間の間です。アレも挨拶みたいなモンじゃないですか」

「沈黙みたいなものかい? 」

 ホントはかなり違うのだが、説明するのが億劫だったので僕は頷いて答える。俳優の父さん曰く、沈黙は意識して貯めるもので、静寂は流れてゆくもの、そしては溜めるものらしい。むろん、役者としての意見なのだろうが、僕はこの解釈が好きだった。


「僕は例のウィルスのせいで黙っている事に慣れちゃってるんですよ。そんなんだから当然、会話も上手くないんです。だから何を話したかなんて覚えていないし、話していたとしても薄っぺらい内容だと思います」

 登下校はもちろん、授業中もマスクを着け人との距離をとり、余計な会話はしない。寛げるはずの昼休みすら昼食はひとりで黙食。こんなのを何年も繰り返して来たのだから言っている事に間違いはない。


「まぁ、人それぞれだからね」

 ニュアンスが伝わらなかったのか、赤ネクタイが検討違いの返答をして来た。

「もう、良いですか? 刑事さんと話している所なんて母や姉に見られたくないんで」

 僕はそう告げると、刑事さんたちの返答を待たず家の門を開け、自宅へと入っていった。




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