最終話 火星攻防戦

 数十年前は太陽系外縁部での戦いだった。しかし、今は太陽系内へ深く入り込まれていた。テラフォーミングが成功して環境が改善され、多くの人々が移住したこの火星にも奴らは侵入してきた。数多の敵機動兵器が火星に降り立ち破壊の限りを尽くしていた。


「こちらバーミリオン01。八脚自走砲キャンサーを二機撃破。弾薬とエナジー補給のため帰投する」

「バーミリオン01、直上に敵機。回避を」


 空母の管制官からの警告だ。同時にコクピット内に警報音が鳴り響く。これは不味い。上にいるのはトンボのような四枚の薄い羽を振動させて飛行する超高機動ユニット四枚羽ドラゴンフライだった。奴に取りつかれれば回避不能なのだが僕はあきらめない。

 機体を連続ロールさせつつ地面へ向かって急降下する。僕の機体の機動に四枚羽ドラゴンフライは余裕で追撃して来た。僕が乗っている無尾翼機サンダーボルトは非常に旋回性能が高いのだが、曲線状にしか旋回できない。しかし、四枚羽ドラゴンフライは鋭角で方向転換する。それは旋回中に必ず内側に入られ背を取られるという事だ。だから僕は旋回しない。


 高度300mで引き起こす。ギリギリの高度だ。案の定、機体は地面を掠め赤い砂塵を撒き散らした。四枚羽ドラゴンフライはその砂塵の中へと突っ込んできた。途端に姿勢を崩してしまう。


 奴の唯一の弱点。それは砂塵を被ると自慢の四枚羽の振動数が下がり、機動性が低下する事だ。僕はその場でループしてから四枚羽ドラゴンフライに機関砲を叩き込んだ。残弾は6発しかなかったが、それで十分だった。超機動を実現するための繊細な機体なのだろう。弾を当ててしまえば確実に撃墜できる。まあ、当てる事が困難なのが大問題なのだが。


「ドラゴンフライを墜とした」

「流石ね、ナツキ。北北東25000地点に救難信号が出てる」

「僕が行くのか?」

「ええ、先行して救助して下さい。レスキュー到着は60分後になります」


 上手く四枚羽ドラゴンフライを墜とせたと思ったらとんだ貧乏くじを引いてしまったようだ。


 コントロールをAIに任せ、僕は目を瞑った。ほんの少しだけの休憩。その時に浮かんだのは涙を流す赤い髪の少女ハルカだった。僕は彼女に謝った。桜の木に行けなくてごめんって。ハルカも僕に謝った。背が高くてごめんって。僕が彼女の手を取ったところで目的地に到着した。ほんの二分間の僕の空想は終わった。


 眼下には擱座した人型機動兵器がいた。

 身長は15メートル、高機動型のグリフォンF-3だろう。大気圏内用に改修され背に翼を持っている空戦用ユニットだ。ドラゴンフライにやられたのか胸部に幾つもの穴が空いていた。


 付近の平坦な場所に機体を降ろして救助へ向かうのだが……コクピットは悲惨な状態だった。パイロットの下半身は原型を留めているものの、上半身はバラバラで周囲には血と肉片が飛び散っていた。


「こちらバーミリオン01。F-3だが……パイロットは既に死亡している」

「そうなのね。頭部のCPUユニットも確認して。もし生存しているなら回収してください」


 頭部のCPUユニット……ここには人型コンピュータがセットされている。下手に開放すれば中身を傷つけてしまうので、整備マニュアルを検索しつつ慎重に作業をする。機動兵器の延髄部分にあるコントロールパネルを開き、CPUユニットの状態を確認する。意識は無いが生存信号が出ていた。


 このCPUユニットは直方体で棺桶のような形状をしており、内部には衝撃吸収ゲルが充填してある。先ずはこのゲルを排出してから扉を開く。慎重に神経接続端子……12本ある……を外していく。そして、顔に取りつけられている呼吸器を外す。


 彼女は……赤い髪の少女ハルカだった。


「大丈夫か」


 僕は彼女の濡れた頬を叩く。ふうっと吐き出される彼女の吐息に胸がときめいてしまう。彼女はそっと目を開いて俺の顔……金属製の無骨な顔を見つめる。


「ありがとう。機体の維持機能が停止したので自らスリープ状態としました。こんなに早く救助されるとは想定外です」

「いや、偶然近くを飛んでいたんだ」

「あの……グロスは?」

「パイロットか……」


 彼女は悲壮な面持ちで頷く。僕は静かに首を振った。


「残念です」


 彼女はそのまま黙りこくってしまった。僕は半裸の彼女を抱えて自機へと戻り、非常用のブランケットで彼女を包んだ。


「帰投します」

「はい」


 サンダーボルトは一人乗りだ。彼女の為の座席なんて無いから、僕の膝の上に座ってもらった。


「帰投だ。操縦は任せる」

「了解」


 いつになく優しい操縦だ。AIのくせに何か察してくれているらしい。


「助けてくれてありがとう」

「義務を果たしただけだ」

「ふうん。私だから助けてくれたんじゃないの? 戦闘用サイボーグが救助活動するなんて珍しいし」

「僕がこの付近を飛行していたから救助を命じられただけだ。それに君がいた事など知らなかった」


 これは本当だ。ハルカがいたと知っていたとすれば管制のアイツ、カノカ・ミチル少尉だ。まさか、彼女は俺たちの関係を知っていたのか?


「そういう事にしといてあげる。ちゃんと背が伸びて良かったね。ナツくん」


 その一言に僕の胸は激しく揺さぶられた。僕が金属製の戦闘用サイボーグになっていた事をハルカは知っていたんだ。


 何て答えたらいい。やはり約束を守れなかった事を謝罪すべきなのか。様々な思考が頭の中を逡巡していくのだが、答えが見つかるはずもない。


「ごめん。桜の木の約束……守れなかった」


 僕はやっとそれだけ言う事が出来た。しかし、ハルカは何も言わず黙っていた。


「ハルカ?」


 僕は心配になって彼女の顔を覗き込んだ。そしたら彼女は気持ちよさそうに寝息を立てていた。再会できた事で安心したのだろうか。そんな可愛らしい彼女の寝顔を眺めつながら、心の底から何か温かいものが湧き上がってくるのを感じた。僕はこの幸福感に満たされていたいと強く願った。


 火星の四季も春から夏へと変わろうとしていた。赤い砂塵と夏の青空の中を、飛行機雲を引きながらサンダーボルトは駆け抜けていった。


【了……なんですが、もう少しおまけがあります】




 

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