第3話 ナツとあの桜

 全身義体化して五年経過した。

 僕の体は何度もの戦闘を経て、かなりガタが来ていたようだ。今回は大規模なメンテナンスを実施するとの事で、あの研究施設へと戻っていた。


 研究施設と言えば聞こえはいいが、実際は戦闘用人造人間の生産工場だ。様々な遺伝子改造を施した人造人間が生産されている。


 情報処理、反射神経、筋力など、改良される要素は様々だが単体では人間よりも強靭に、より生存率を高く保てるように。そして、より強力な兵器を扱い、より効果的に運用できるように工夫されている。


 戦闘用人造人間の生産など、非人道的であるから即刻中止すべきだという意見は根強い。生産当初はそれこそ核兵器以上に忌避されていたらしい。しかし、それが有用であり必然性があれば社会も認めざるを得ない。


 未知の敵、エニグマが太陽系外から侵攻してきた。この切迫した事情により、戦闘用人造人間の生産は肯定されるようになった。地球圏防衛のため、狭義の人的被害を無くすためだと。さらにはより高次の戦闘力を要求されるようにもなった。


 人間とは何と利己的なのだろうか。何人もの著名人は僕たち人造人間に対する憐憫を語った。


 しかし、僕たち人造人間に対しそんな同情など不用だ。戦闘機に乗せるなら、生身のパイロットの数倍のGに耐えるし、反射神経や筋力、演算能力も人間とは比較にならない数値を叩き出す。そして何より、総合的な戦闘能力が数倍優れている。


 前線には戦闘能力と生存性の高いユニットを投入すべきだ。これが最も合理的な判断だと思う。そして何より、僕たち人造人間が死んだとしても、悲しむ人はいないし慰霊金を払うべき家族はいないのだ。


 合理性は時に非情な判断を下す。それを悪だと罵る人道主義者も多いと聞くが、その意見は恐らく、地球の安全保障に対する害悪でしかないだろう。


 僕は約一ヶ月の期間をメンテナンスに費やした。それにより、戦闘能力は更に向上したらしい。特に耐G性能は生身の固体と比較にならないほど向上していた。

 この事実を吉と取るか凶と取るかは人によって様々だろう。しかしこれにより、僕はより激しい前線へと送られる事が確実となる。今までは何とか生き残ってきたが、もう帰って来ることはできないのかもしれない。


 思い残すことは無いはずなのだが、一つだけ気がかりな事があった。それは赤い髪の少女ハルカだ。もう五年も会っていない。桜の木の幹で、毎年背比べをしようと約束したにもかかわらず。


 僕はあの桜の木のある川沿いの道を歩いていた。できれば彼女に会いたいと思っていた。しかし、今の自分を彼女は受け入れてくれるのだろうか。正直なところ自信はない。僕は今、全身機械の戦闘用サイボーグとなっているからだ。あまりに異様な僕の姿を見せる事に躊躇していた。だから、彼女を遠くで見かけた時に一歩を踏み出せなかった。赤い髪のハルカは目に涙をため、僕に気づかないまま早足でその場を去って行った。


 僕はあの桜の木を確認した。僕が刻んだ、僕がまだ背の低かった頃に刻んだ傷跡が三本あった。その横に、ハルカが刻んだ傷跡が八本あった。一番上のものは先ほど刻んだばかりのまだ目新しいものだった。

 僕は五年分の空白を埋めるべく、僕の身長を桜の幹に刻んだ。機械の体を得た僕は当時と比較して30センチ以上背が高くなっている。それでもハルカと比較して、僕の方がまだ数センチほど低かった。あの時〝一発逆転で起死回生のスーパーズギュン〟などと根拠なく言い放った自分が恥ずかしかった。


 僕が刻んだ印を彼女は見てくれるのだろうか。気付いて欲しいと願いつつも、恐らくそれは無い事を僕は知っていた。そう、桜が散るこの時期に、彼女達は戦場へと送られることが決まっていたからだ。

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