第52話 ポルトガル 再会
4月半ば、ジュンはポルトガルのアルガルベサーキットにいた。練習走行からスペンサーが合流している。ジュンとは、一度あいさつしただけで、後は目を合わそうともしなかった。マシンのゼッケンは20を選択している。ジュンの21よりも若いゼッケンを希望したとのこと。まるで、自分がエースライダーだと言わんばかりだ。
ジュンは、スペンサーのことより新しいメカニックが今日から合流すると聞いていて、その到着が待ち遠しかった。練習走行が終わった夕刻、モーターホームにその人はやってきた。
「ジュンさん、お久しぶり」
その顔はよく知る懐かしい顔だった。
「木村さんが来てくれたんですか。ありがたい」
全日本デビューして以来のメカニックだ。岡崎さんの一番弟子である。ここ数年はRS SATOでH社のマシンのメカニックをしていたのだ。
「やっと、ヨーロッパに来ることができました。ジュンさんがリクエストをだしてくれたそうで、こちらこそありがとうございます」
その夜は、今までのことを二人で思い返しながら、盛り上がっていた。シェリー酒も効いて、ジュンは久々にモーターホームでぐっすり寝ることができた。
翌日、朝8時のチームミーティングで新人メカの木村が紹介された。チーフメカのアダムスは2台の総監督。ジュンの担当メカはベルギー人のモンスと木村。スペンサーの担当は、ケネディとジョンソン。どちらもアメリカ人で、スペンサーチームはオールアメリカンだ。アダムスは、ライダーに合うマシンを作ると言っているので、おそらく2台は全く別物になる可能性があった。マルケルが復帰する時のセカンドライダーは、その時の成績で決まるとマネージャーのアランが言っていた。当然のことだ。ジュンがエースライダーといっても、成績が落ちればそれも崩れるのだ。
予選は、クワンタロがポールポジションをとった。果敢な走りが健在だ。そして2位にスペンサーが入った。思いっきりの良さが功を奏したようだ。レースアナウンサーは、
「英雄スペンサーの再来だ!」
と叫んでいる。H社のクルーも
「やったぜ!」
と笑いが止まらなかった。だが、ジュンの周辺はクールだった。スペンサーの走りは、一発の速さはあるが、レース周回となると疑問が残るのは明白だったからだ。事実、タイヤの減りはジュンと比べようがないほど摩耗していた。
1列目は、クワンタロ・スペンサー・リンツ
2列目は、ミール・ジュン・ザルケ
ジュンはまたもやD社のライダー二人にはさまれている。
3列目は、ハインツ・岩上・大倉
4列目には、ルッシ・アゴスティーニ・マルケル弟がはいった。
その日の夜、モーターホームでメカの木村と明日の決勝の対策をたてた。トップ集団は、クワンタロとスペンサーの2台になるのは明白だった。ジュンはリンツとD社の二人との3位争いになると思っていた。天候は、崩れるとの予報がでている。下手をするとレインタイヤだ。何か荒れそうな雰囲気だ。
決勝日、案の定、今にも雨が降りそうな曇天だ。何とかスリックタイヤでいけそうだが、万が一のためにレインタイヤをはかせたサブのマシンを用意しておいた。
1周目、トラブルなく第1コーナーを抜けた。上位は予選順位のままだ。
15周目、やはり雨が降り始めた。ジュンのヘルメットのシールドに水滴がつき始める。ジュンはピット前で、メカの木村にマシン交換の合図をだした。右足を上げたのだ。
16周目、ジュンと後続の数台がピットに入り、マシンをレイン用に交換した。トップとの差は30秒に開いた。スペンサーは、クワンタロとトップ争いをしている。
17周目、雨は強くならない。レコードラインは濡れてはいない。ジュンはわざとレコードラインを避けて、タイヤをいたわりながら走っているが、トップとの差は35秒に広がった。
20周目、まだ雨は強くならない。トップとの差は45秒になってしまった。メカの木村は、サインボードにトップとの差をだしているが、作戦がミスったかと悔やみ始めていた。しかし、隣のピットの岡崎と目があい、目力で
「ジュンを信じろ!」
と言われたような気がした。
22周目、急にどしゃぶりの雨となった。コースの一部はまるで川になっている。トップのクワンタロや他のライダーがマシン交換にピットに入った。ジュンは、この周だけで30秒縮めた。スリックタイヤではスロー走行がやっとなのだ。ただ、スペンサーだけはピットに入らなかった。残り3周を走りきれば、デビュー戦で優勝できると思ったのだろう。
23周目、下りの左コーナーである第5コーナーで、スペンサーがスリップダウンした。スリックタイヤで走りきるのは、やはり無理だったのだ。そこをクワンタロとジュンが抜けていった。
24周目、クワンタロのレインタイヤは温まっていない。その分、ジュンは余裕がある。ストレートでクワンタロを抜くことができた。後ろになると、水しぶきがすごくて、クワンタロはスリップストリームにつけない。
25周目、ファイナルラップ。雨はますます激しくなり、ジュンは2秒の差をつけて、チェッカーを受けた。2位はクワンタロ、3位にハインツが入り、岩上・ルッシ・大倉が続いた。GP初参戦のA社が表彰台にあがったということで、優勝のジュンよりも騒がれている、表彰台でもハインツがまるで優勝者のようだった。
表彰が終わって、ピットにもどってくると、チーム監督のデカルメとスペンサーが言い合いをしていた。メカの木村に聞くと、デカルメがピットインのサインを出したのに、スペンサーが無視をしたとのこと。そして、あの結果。スペンサーはピットインしても優勝の可能性は低い。それよりは、スリックでいく方がチャンスがあったと主張していたようだ。結局、
「チームの指示に従え。従えないならクビだ」
ということで落ち着いたようだ。デカルメがピットをでていくと、スペンサーはピット内にあるオイル缶を蹴っ飛ばしていた。
ジュンは、スペンサーの走りは天性のものと思った。天才の第一歩はこうなのかもしれない。とも思った。クワンタロでさえ、デビューのころはやんちゃな走りで、よく転倒していたのだ。
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