第51話 H社のマシンでMotoGP挑戦 24才

 今年の開幕戦は、昨年度チャンピオンのマルケルの母国スペイン・カタルニアだ。常夏の地は、3月でも温暖だ。ジュンは、ゼッケンを21に変更した。以前、ハインツがつけていたナンバーだ。ハインツはランキングどおりの3をつけている。今までの22よりも一歩前進という意味がある。もっとも22は、慣例でKT社が使う番号なので、遠慮したというのが本音だ。KT社は1チーム体制になり、アゴスティーニとH社のテストに落ちたジョバンニがライダーとなっている。アゴスティーニは、ジュンを師匠と思っているので、メーカーの垣根なしにジュンに声をかけてくる。さすがに、H社のピットまでには入ってこなかったが・・・。

 注目のA社も1チーム体制だ。ライダーは、ハインツと日本人ライダーの大倉だ。昨年までMoto2を走っていて、ランキング2位で今年昇格してきた。チーフメカの岡崎さんが惚れ込んだという逸材という噂だった。ジュンは岡崎さんと目を合わすことはあっても、話を交わすことはなくなった。ライバルチームのチーフメカとは話ができない。日本語でチームの情報をやりとりをしていると思われかねないのだ。もちろんハインツとは以前からサーキットで会話をすることはなかった。話は、姉の景子を通してで、ジュリアの妊娠を告げた時も

「 Oh , miracle ! 」

(オー、不思議!)

 と言っていたそうだ。

 H社は、ファクトリーチームが1チーム。マルケルとジュン。サテライトチームが2チーム。岩上もその中に入っている。計6台。Y社も6台。ルッシは今年で引退と表明している。S社は4台。D社も4台。KT社とA社が2台ずつ。全部で24台の登録だ。

 予選はマルケルの独壇場だった。走り込んだサーキットなので、マシンの倒し込みが半端ではなかった。予選なのに、観客席には10万人以上が集まり、大盛り上がりだ。

 2位はY社のクワンタロ。3位はD社のミール。2列目に、S社のリンツ、D社のザルケ、そしてジュンだ。3列目に、ハインツ・岩上・ルッシが並んでいる。4列目には大倉・アゴスティーニ・マルケル弟がいる。大倉は初めてのMotoGPで予選9位。さすが岡崎さんが見込んだ逸材だ。TVの日本人アナウンサーや解説者は、

「日本ラウンドでは、日本人の表彰台独占が見られるかもしれませんね」

 などと、無責任な話をしていた。表彰台に乗るだけでも大変なのに、その中央は至難の業なのだ。

 決勝は晴れ。マルケルがリードしてクワンタロが続くという二人のバトルとなった。3位争いはミール・リンツ・ザルケ・ジュン・ハインツ・ルッシの6台となった。周回ごとに順位を代えている。ジュンはつねに集団の中盤に位置どっていた。タイヤの温存とハインツの走りを見たかったからだ。ハインツはストレートは速いが、コーナリングは安定していなかった。ジュンのマシンよりも大回りをすることが多かった。初参戦のマシンなので、まだ熟成していないことは明らかだった。

 残り5周というところで、クワンタロがマルケルを抜いた。最後の勝負をかけたのだ。ファイナルラップの最終コーナーでマルケルがクワンタロに並んだ。ところが、倒し込み過ぎたのか、アクセルを早くあけすぎたのか、ハイサイド転倒を喫してしまった。観客席は大きなため息につつまれた。

 優勝は、クワンタロ、2位にリンツ、ジュンが3位に入った。ハインツは4位に食い込んだ。大倉が6位に入り、驚異の新人とアナウンサーが誉め称えている。

 表彰式が終わり、ピットにもどってくると、チームは暗いムードだった。だれもジュンをほめようとはしない。こういう時に、岡崎さんみたいな人がいないことは残念だった。マネージャーのアランと出会ったので、

「 What's happen ? 」

(何かあったの?)

と聞くと、

「 Marques was carried by ambulance . It may be hard . 」

(マルケルが救急車で運ばれた。重体だ)

 マルケスが重体! その報は瞬く間に広がった。ジュンはインタビューを受けることが多くなった。でも、

「わからない」

 としか言いようがなかった。詳しいことは、チーム監督しか知らない。

 1週間後、チーム監督のデカルメとマネージャーのアランから呼びだしを受けた。デカルメは、メカニックあがりの初老のベルギー人だ。ギョロッとした目をしている。

「 Marquel can't go out to a race for a while . You're an ace rider this year . 」

(マルケルはしばらくレースにでられない。今年は、キミがエースライダーだ)

自分がH社ファクトリーチームのエースライダー。ジュンはしばし声がだせなかった。

「 It'll be Spencer by a test instead of Marquel . 」

(マルケルの代わりは、テストでいっしょだったスペンサーになる)

スペンサーが第2ライダー。ライディングはまるで違う。このままでは、スペンサーの好むマシンになってしまうおそれがある。ジュンは意を決して、チーム監督のデカルメに申し出た。

「 I want a Japanese mechanism . The man who knows well wants a machine for H factory . 」

(日本人のメカニックがほしい。H社のマシンをよく知っている人間がほしい)

 その要望に、デカルメとアランはしばし話し合っていた。そして、

「 There is RS SATO where Japanese H factory is a team in a cooperation relation . I'll negotiate with there . OK ? 」

(日本のH社のチームであるRS SATOとは提携関係にある。そこと交渉してみる。いいか?)

 RS SATOとは願ってもないチームだ。父親の剛士が監督をしているのだから。もしかしたら親父が来るかも? と一瞬思ってしまった。

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