第48話 涙の日本(SUGO)ラウンド

 10月末、SUGOは秋真っ盛りだ。風が吹くと落ち葉がコースに散り、コースオフィシャルはコース整備に大変なようだ。

 土曜日の予選。晴天。気温20度。路面温度25度。絶好の天気だ。ライダーたちは、昨年に引き続きのサーキットなので、果敢に挑んでいく。皆、昨年よりも好タイムをだしている。ジュンも臆せず挑んだが、高速サーキットではないので分が悪い。予選5番手に終わった。トップはクワンタロ。ルッシが続くというY社のワン・ツーだ。さすがにホームコースだ。事前にテストライダーとして中嶋が走りこんだらしい。3番手にS社のミロ・4番手はマルケル。ハインツは6番手。またもやジュンと並んだ。ピットは東と西に分かれていたが、ワイルドカードで参加していたRS SATOのモーターホームで集合した。ライダーの佐伯が、国内レースでランキング3位に入り、MotoGPのワイルドカード参戦を果たしていたのだ。佐伯は予選を終えると、早々に仙台のホテルに行ったとのこと。

 モーターホームにはジュンの父親の剛士、岡崎さん、ハインツと姉の景子と3才のメイちゃん。じいちゃんに抱っこされてご機嫌だ。それにジュンとジュリアだ。景子が作ったパスタ料理とノンアルで夕食だ。和やかに話がはずんでいるところへ、ハインツのスマホが鳴った。ハインツの母親からだ。その話を聞いているハインツの表情がくもってきた。しばらくして、そのスマホはジュリアに渡された。話を聞いたジュリアは、とうとう泣き出してしまった。ハインツが景子に話をした。それで母親からの話がわかった。

「ハインツとジュリアの父親であるカール・メルケル氏が亡くなりました。急性心不全だったそうです。1週間後に葬儀をするので帰ってこれないか」

 ということだった。1ケ月前には元気だったが、かねてから心臓病の兆候はあったとのこと。まだ62才の若さだった。20代、30代はがむしゃらに働いて、結婚したのが35才。遅い結婚で子どもができるのは遅かった。

 1週間後には上海のレースがある。ハインツはチームと相談すると言って、モーターホームを出ていった。ジュンも岡崎とともに、チームのもとにもどった。チーム監督のジムは、KT社から連絡を受けていたらしく、深刻な顔をしている。

「 Tomorrow will be funeral race . Get Jun with care . 」

(明日は弔いレースだ。ジュン、心してあたれ)

「 I see . Mr. Merker is seeing from heaven , the race of which I'm not embarrassed is done . It's said that there is a funeral 1 week later , but how does a team do ? 」

(わかってます。メルケル氏が天国で見ていますから、恥ずかしくないレースをします。1週間後、葬儀があるということですが、チームはどうするんですか?)

「 Shanghai of next week , Malaysia and Australia may be difficult . A main sponsor passed away , so making shift is opaque . Oh , that isn't the case that Jun thinks . Consider only tomorrow's final race . 」

(来週の上海だけでなく、マレーシア・オーストラリアも難しいかもしれない。メインスポンサーが亡くなったので、資金ぐりが不透明だ。まあ、それはジュンが考えることではない。明日の決勝だけ考えろ)

「 All right . I see . I'll do my best tomorrow . 」

(そうですか。わかりました。明日、全力を尽くします)

 

 日曜日の決勝。天候はくもり。一時雨という予報がでている。風が少々ある。気温18度。路面温度20度。昨日より低めだ。タイヤはソフトを選択した。25周のレースでも充分グリップが得られると判断したからだ。

 1周目、特に荒れることもなくトップ集団は、予選順位でホームストレートにもどってきた。

 2周目、左の第3コーナーでハインツがジュンのインをとった。ここは下りの難しいコーナーだ。ジュンは無理せず、ハインツを先行させた。今回は、金魚のフン走法でハインツについていく作戦に切り換えた。

 5周目、バックストレッチを過ぎた右の馬の背コーナーでハインツがマルケルに並んだ。だが、コーナリングの神様マルケルは抜かせてくれない。ハインツも様子を見ることにしたようだ。

 15周目、トップ集団はクワンタロ・ルッシ・ミロの3台。セカンドグループがマルケル・ハインツ・ジュンの3台となった。集団の差が2秒ほどついている。この周、最終コーナーでレッドクロス旗が振られている。ヘルメットのシールドに雨粒がつく。雨かと思ったが、さほどの量ではない。次の周には振られてなかった。一時的な雨だった。

 18周目、バックストレッチを走っている時、強い風を感じた。後ろからおされる感じがして、馬の背コーナーのブレーキングが遅れて、あやうくオーバーランしそうになった。ハインツも同様だった。新SPコーナーを抜けて、シケインに入ったところで、オイルフラッグが見えた。(障害物か、オイルか)と思った瞬間、イエローフラッグも振られた。(だれかが事故ったか)とっさにアクセルを少しゆるめた。

 最終コーナーは、見通しが良くない。イエロー区間なので追い越し禁止だ。10%勾配を登り始めると、そこは落ち葉のステージだった。一面、葉っぱが散らばっている。先ほどの強風で落ちたのだろう。そして、コースのアウト側に4台のマシンが倒れているのが見えた。トップ集団の3台とマルケルだ。マルケルは再スタートしようとしているが、後の3台は無理のようだ。メインストレートまで行くと、「SC」ボードがだされている。ハインツを先頭にして、安全を確認するまでセーフティカーが先導するのだ。

 19周目、第3コーナーからセーフティカーが先導を始めた。時速60kmほどで走る.事故現場を走るころには、全車が車列を作っていた。車列が過ぎると、コースオフィシャルがコース整備に走っていた。ブロアで落ち葉をとばしたり、ほうきで掃いているオフィシャルもいる。先ほどの小雨で落ち葉が滑りやすくなっていたようだ。

 20周目、車列を作って、事故現場を通過する。コース全面ではないが、レコードラインの落ち葉は除去されていた。オフィシャルの仕事は素早い。レコードラインを外さなければ何も問題ない。

 21周目、セーフティカーのパトライトが消えた。次の周からレース再開だ。セーフティカーはスピードを上げて、ピットレーンに入っていった。スタートまでは、トップであるハインツのペースだ。ハインツはシケインを抜けたところで、アクセルを開ける。ジュンもそれに続いた。後ろからミールとザルケのD社勢がついてきている。

 22周目、ハインツがスタートラインを越えて、レース再開。ジュンの隣に、ミラーがついた。フライングぎりぎりか? 第1コーナーでミラーに先行された。

 23周目、ミラーのサインボードに「P」とでている。ペナルティだ。どうやら先ほどの再スタート時にジュンを抜いてスタートしたと判定されたようだ。

 24周目、ミラーは、ピットレーンに入っていった。これで、ハインツとジュンの争いとなった。

 25周目、ファイナルラップ。バックストレッチでハインツとジュンが並んだ。インをとったハインツがブレーキ競争で勝ち、馬の背コーナーで1車分リード。新SPコーナーでジュンがまた追いつき、シケインにはジュンが先に飛び込む。だが、アウトからスピードを落とさないラインをとったハインツの方が加速がいい。フィニッシュ前のダンロップブリッジではほぼ同時。チェッカーは同時と思われた。写真判定だ。第1コーナー手前にある電光掲示板には順位がでていなかった。1周走って、ピットにもどってくると、H社のピットクルーが喜んでいるのが見えた。ハインツの優勝だ。ジュンは、悔しさはあったが、ハインツとて父親の弔いレースなのだ。二人でワンツーを決めたのだから、天国でみているメルケル氏も喜んでくれているだろうと思った。

 表彰台では、ハインツは終始涙を浮かべていた。ふだんドライなハインツにしては、珍しい姿であった。


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