第44話 フランスラウンド H社の奮起

 8月半ば、ジュンたちは、フランス・ルマンにいた。ここは4輪の24時間レースで有名だが、MotoGPは公道を使わない4185mブガッティコースを利用する。低中速コーナーが多く、ストレートは700m弱しかない。コーナリング特性が優れているH社が有利と思われていた。案の定、金曜日からH社のスピードは群を抜いている。

 土曜日、予選前にチーフメカの岡崎と作戦を練った。

「岡崎さん、ポイントはバックストレッチ後の第7コーナーですかね」

「それもありですが、4から6コーナーはMOTEGIの2から5コーナーに似ているじゃないですか。俗にいうストップ&ゴーです。MOTEGIのイメージを思い出して、抜ける時はここで抜いてみてください」

「たしかに・・・あそこはMOTEGIと似ていますね。やってみます」

 ジュンは戦略が決まり、やる気が増してきた。岡崎はスイスラウンドでの優勝でジュンが一皮向けたかと思ったが、大人びた印象も感じていた。

「ジュンさん、スイスGPは初開催だったので、ライダーの経験はイコールコンディションでした。でも、ここはジュンさんはまだ2回目。まだまだ経験が足りません。無理はしないでくださいよ」

 岡崎の真顔の心配に対し、ジュンはニコッと笑って、

「わかってます。日本にいた時のようなぶっ飛びライディングはしませんよ。前半様子見、後半勝負です」

 この返事に、岡崎はジュンの成長を感じた。(夏のバカンスで何かあったのかな?)と心の中で思っていた。レース終了後、チームの本拠地であるオーストリアにもどって、このことを岡崎夫人に話をすると、夫人はニヤニヤ笑っていた。何かを知っているようだった。

 さて、予選は予想どおりH社のフロントロウ独占となった。マルケル・ハインツ・岩上の順だ。2列目には、ミロ・クワンタロ・ルッシ。3列目にジュン・リンツ・ベンダーが入った。D社のマシンは4列目に沈んでいた。

 決勝日。天気はくもり。気温20度。路面温度29度と低めだ。ヨーロッパは今年冷夏で雨が多かった。ジュンと岡崎は迷わずソフトタイヤを選んだ。ハードでは、グリップが得られないと考えたのだ。ただ、ストレートが短いので、タイヤの使い方がポイントだった。

 1周目、ルマンのスタートは登りだ。右コーナーから左コーナーを抜け、有名なダンロップブリッジを抜けると、ブガッティコースに入っていく。全車が、一直線で通り抜けていく。右の第4コーナーを抜けると短い直線。そして左の第5コーナー。そしてまた短い直線。右の第6コーナーを抜けると、最長の674mの直線。ここが勝負のポイントだ。3つのコーナーをいかにして速く回り、ストレートにつなげるかが今日の勝負の分かれ目とジュンは思っていた。

 5周目、地元のクワンタロがH社勢にいどんだ。バックストレッチ後の第7コーナーでインを選んだ。岩上がアウトに膨らみ、コースアウトしていった。

 10周目、今度はハインツがクワンタロにねらわれた。同じ第7コーナーでインに入った。ハインツは、ブレーキを早めにして、ラインの交錯をねらったが、クワンタロに先行された。

 15周目、クワンタロは、トップのマルケルにせまった。観客席は大盛り上がりだ。ところが、マルケルもひかない。それもインをしっかりおさえている。クワンタロは、第7コーナーでアウトをとった。マルケルとのブレーキング競争だ。勝ったのはマルケル。クワンタロは、転倒しなかったものの大きくオーバーランして、順位を落とした。観客席からは大きなため息がもれている。

 20周目、ジュンは前を走るルッシとミロにねらいを定めた。第4コーナーの立ち上がりでルッシと並び、第5コーナーでルッシのインに入った。先行して第6コーナーでミロに並び、第7コーナーのブレーキング競争でミロに勝った。これで3位だ。前にいるのはハインツ。およそ10m離れている。

 25周目、ファイナルラップ。ジュンのタイヤはだいぶ痛んできていた。無理せず、ポジションキープ。他のマシンも同様だ。マルケル・ハインツに続いてチェッカーを受けた。まずまずの結果だった。

 ランキングは、マルケルが首位で2位にルッシ。クワンタロは3位に落ちた。そして同点でジュンとハインツが4位。次のベルギーは高速コース。KT社が有利だが、H社のホームコースでもある。ハインツとのバトルが楽しみなジュンであった。

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