第42話 初のスイスラウンド

 ※注釈 スイスにサーキットはありません。この章は全て創作です。


 6月初め、夏のバカンスに入る前にチームはスイスにいた。スイスでのMotoGP開催は初めてだ。50年以上、スイスでのレース開催は行われなかった。しかし、ここ3年ほどスイス人のレーサーが増えて、スイスでもレース熱が高まっていた。そこで、議会でレース開催法案が通り、まずは一部公道を利用したレース場を造った。

 場所はインターラーケン近くのブリエンツ湖畔である。直線の公道沿いに1万人収容の観客スタンドを造り、ピットやパドックを設置した。そして公道沿いにジグザグのレース専用コースを造った。距離は4723m。その内、2000mが公道を利用した直線だ。MotoGPのコースの中で最長のストレートだ。第1コーナーはヘアピンの左コーナー。ほぼ時速60kmでないと曲がれない。時速350kmから60kmまで落とす。それも左コーナーは珍しい。その後、中速のジグザグカーブが続き、最後は公道下をくぐるトンネルを抜け、低速の右コーナー。そこにピットへのレーンがあり、ピットアウトはストレートの中間にある。まさに高速サーキットだ。

 木曜日、本来ならば合同テストの日だが、公道利用ということで封鎖できなかったというより、初開催なので準備が間に合わなかったようだ。

 金曜日のフリープラクティス。ジュンたちはH社のマシンを見てびっくりした。今までにない空力用の巨大なウィングがついていた。高速サーキットで空力ウィングが必要なのかと思ったが、もっと驚いたのは走行中にウィングが動くのだ。ストレートでは水平に近く、ブレーキポイントではウィングが下に向き、空気抵抗でマシンは道路に押しつけられるのだ。ブレーキレバーと直結して作動するとのことだった。車検に適応するのかと思ったが、車幅の変更はなかった。他のチームでも動かないウィングはついているので主催者はOKをだしたのである。

 ただ、ライダーはテスト不足を訴えていた。巨大な空気抵抗を受けるので、慣れるのに一苦労しているようだった。特に、ハインツは苛立っている様子がありありだった。

 土曜日の予選。高速サーキットなので、Y社・D社勢が速かった。ポールポジションはミール。ザルケ・クワンタロ・ルッシと続き、ジュンは5位に入った。その後ろはミロ・ベンダー・リンツといったKT社とS社勢が続いた。H社のマシンは、3・4列目になった。最新の空力ウィングは効果がなかったようだ。

 決勝。25周のレースが始まった。天候はくもり。天気予報は夕方からスコールがくるという予報が出ている。ここでのレースは初開催なので、データがない。チームは一応レインタイヤをはかせたサブのマシンを用意していた。

 1周目、タイヤがまだ温まっていないのか、トップ集団に異変が起きた。猛スピードからの急ブレーキで、トップのミールが第1コーナーでスリップダウンしていた。

 2周目、今度はザルケがオーバーランだ。350kmから急ブレーキをかけたが、コースが公道なのでミューが少ない。ふつうのサーキットとは抵抗がまるで違うのだ。サーキット独特の粘りが少ない。サーキットを歩いたことがある人はわかると思うが、靴底のゴムがくっつく感じがする。それがないのだ。

 クワンタロがトップにたったが、第1コーナーでは控えめだ。ロッシと抜きつ抜かれつをしている。

 5周目、トップ集団はクワンタロ・ルッシ・ジュン・ミロ・ベンダー・リンツの順だ。H社勢はセカンドグループを形成している。

 10周目、トップはルッシに代わった。前回の優勝で、リズムを取り戻したようだ。

 15周目、S社のミロとリンツがペースを上げた。第1コーナーでブレーキングポイントを遅らせ、ジュンの前に出た。これでY社の2台、S社の2台、KT社の2台とメーカー別の順位となった。

 20周目、雨が降り始めた。いたるところで白地に赤のクロス旗、いわゆるレッドクロス旗が振られている。

 22周目、トップのルッシが左手を挙げた。雨が降ってきたので、ピットに入りマシンを交換しようという提案だ。トップの4台がルッシに続いて、ピットに入った。ジュンとベンダーはピットに入るのをやめた。いっしょにピットに入っても勝つ見込みはない。それよりは博打だが、スリックタイヤで勝負だ。

 23周目、コースのラインはまだ見えている。ストレートでは、それほどスピードダウンはしなくてもいい。コースサイドにある距離看板を見て50m早くブレーキをかけるようにした。後ろのビンダーは水しぶきを避けるために距離をあけてジュンに続いていた。後方では、マシンを代えた4台が信じられないスピードで追い上げている。第1コーナーで40秒の差がついていたが、このままでいけばファイナルラップで抜けるスピードだ。

 24周目、雨はだんだん強くなってきている。下位のマシンもサブに乗り換えるようになった。ジュンとベンダーはラインとブレーキに気をつけて走っている。まるでウィニングランのスピードだ。最終コーナーで3位にいたクワンタロがスリップダウンした。トップに追いつけると思ったのだろう。立ち上がりでアクセルを開けすぎたのだ。3位に上がったルッシとトップのジュンの差は20秒までに縮まっている。

 25周目、ファイナルラップ。ジュンは無理せず、たんたんと走っている。ルッシは2位のベンダーに接近している。だが、ベンダーが跳ね上げる水しぶきでコーナーでは抜きにくそうだ。最終コーナーで水しぶきが少なくなったところで、ルッシはベンダーのインにつき、やっと抜くことができた。

 優勝はジュン。今シーズン初優勝。ベンダーのおかげかもしれない。ベンダーも初表彰台で嬉しそうだった。

 ランキングトップはルッシ。続いてマルケル・クワンタロでジュンがハインツを抜いた。夜の景子とのTV電話では、ハインツが相当落ち込んでいるということだった。

 しばらく、バカンス休みなので、H社はテストを繰り返してくるだろう。次は、H社向きのフランスラウンドだから、ハインツが手強い相手になると思っていた。

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