第40話 ヨーロッパラウンド またもやスペイン

 カタルニアからの1週間後、舞台は同じスペインのヘレスサーキットだ。スペイン南部にあるサーキットで、マルケルの実家は、この近くにあるというまさに地元のサーキットだ。

 金曜日から20万人近い観客で盛り上がっていた。ところが、マルケルは気負い過ぎたのか、フリープラクティスでスリップダウンしてしまった。ケガは大したことなさそうだったが、その後のマルケルの走りは精彩を欠いていた。このサーキットは、中低速コーナーが多いので、H社向きのコースだった。異質なのは。右コーナーがきついので、タイヤサプライヤーのM社は左右で硬さの違うタイヤを供給していた。右がハードで左がソフトというタイヤもあった。

 予選は、クワンタロがポールポジションをとった。一発の速さには定評がある。2番手にハインツが入り、岩上がそれに続いた。2列目は、ルッシ・ミロ・ジュンだ。3列目に、ザルケとミール・マルケルが入った。

 アゴスティーニは15位につけた。前回よりはアップだ。フリー走行で、ジュンの後ろについて走ったのが功を奏したようだ。

 決勝日は、カンカン照りの晴天。路面温度は43度に上がった。多くのライダーは右ハード、左ミディアムを選んだ。ジュンは岡崎と話し合い、両面ハードを選択した。暑さの影響が後半に出てくると判断したからだ。

 1周目、第1コーナーまでの距離が短いこともあり、さほどの混乱はなかった。ジュンは予選どおり6位で通過した。

 5周目、トップ集団は6台にしぼられた。クワンタロ・ハインツ・岩上・ミロ・ジュン・マルケルだ。ルッシは集団から10mほど離れて第2集団の先頭を走っている。先頭の4台は、順位を入れ替えながら走っている。手負いのマルケルも様子見のようだ。マルケルが後方に控えているのは、かえって不気味だ。

 10周目、クワンタロのペースががくんと落ちた。マシントラブルかと思ったが、その後も走り続けている。ジュンがストレートで抜いた時には、左手をぶらぶらさせていた。もしかして、手の握力が落ちたのかもしれない。

 20周目、勝負の後半だ。ハインツ・岩上・ミロ・ジュンの順番で最終第13コーナーに突っ込んだ。きついヘアピンの左コーナーだ。ここで、ミロがスリップダウン。タイヤがもたなかった。ジュンは3位にあがった。

 25周目、ファイナルラップ。マルケルが後ろにせまる。スリップストリームにつけられると抜かれる。ジュンはマルケルがせまると、ラインを変えてスリップに入れさせないようにした。最終のヘアピン左コーナー。マルケルはアウトからレイトブレーキングを仕掛けてきた。ジュンも負けずにぎりぎりまで粘る。ほぼ同じタイミングでブレーキ。ジュンはタイヤひとつ前でコーナーを抜けた。立ち上がり勝負だ。ストレートではKT社有利。ジュンがマシンひとつ分前でチェッカーを受けた。観客からは大きなため息とジュンに対するブーイングの嵐だった。それでも、マルケルが握手を求めてくれたので、とても嬉しかった。

 表彰台の後ろでは、ハインツに抱きつかれたり、小突かれたり、愛情たっぷりの歓迎を受けた。3位から入場するので、すぐに逃げられたが、表彰台でのシャンパンファイトでは優勝したハインツに狙い撃ちされた。アナウンサーは

「義兄弟でじゃれ合っていますね」

と話していた。何といっても、ハインツにとってはMotoGP初優勝なのだ。ジュンは過去に日本ラウンドで2勝しているが、ハインツは自分が勝てないことにジレンマを感じていたのだ。それもマルケルの地元での優勝で、大いに気をよくしていた。

 その夜のTV電話には景子だけでなく、娘のメイちゃんを抱いたハインツも出てきた。すごく上機嫌だった。

 スペインラウンドが終わり、ジュンとジュリアはミュンヘンにもどった。ジュンはカールの別荘に住んでいた。ジュリアと同居しているわけではないが、車で1時間ほどの距離なので、ジュリアはジュンがミュンヘンにいる時は居続けていた。もちろん部屋は別だが・・・・。愛車は例の古いBMWだ。ハインツと景子は、チームの本拠地があるベルギーに住んでいる。H社のバイク工場の敷地内にチームのファクトリーがあり、ハインツはその近くのマンションに住んでいた。今、一軒家を探しているとのことだった。


 次戦はイタリア。伝統のムジェロだ。高速サーキットなのでKT社有利。ジュンは好調なので楽しみにしている。

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