第39話 スペインラウンド 入賞なるか

 4月下旬、ヨーロッパに遅い春がやってきた。MotoGPファンの多いスペインは、毎回10万人以上の観客であふれる。そのほとんどが、マルケルファンだ。バルセロナ近郊にあるカタルニアサーキットは、高速サーキットで知られ、いたるところで抜きつ抜かれつが見られる。2年前のレースでは、ジュンは中盤の位置に留まったが、予選でがんばればスタートダッシュで前にでられる。今まで以上に予選のアタックに精魂を込めた。高速コーナーでいかに速く抜けられるかがキーポイントだ。そこでチーフメカの岡崎は、予選用のスペシャルタイヤを用意してきた。

「これはQ2のラストアタックで使います。3周しかもちません。まずは、フリープラクティスで10位以内を確保してQ2へ進出してください。Q2前半はソフトソフトタイヤで様子を見ます」

 という岡崎の提案にジュンは自分の考えを示した。

「わかりました。それで、予選中はマルケルの後ろにつきたいと思うのですが・・」

岡崎は、その提案にしばし考えて

「いいでしょう。マルケルは地元のレースだからポールねらいでくるでしょう。彼のペースについていければ、いいポジションにつけるでしょう。ですが、マルケルの高速ターンは速いですよ。こけないでくださいね」

「2年前ならこけていたでしょうね。でも、今は大丈夫です。マルケルのライディングを研究しましたから」

「楽しみにしていますよ」

 金曜日のフリープラクティスでは、極力マルケルの後ろについて走った。不思議なくらい容易についていける。ピットにもどって、岡崎にそのことを話すと

「ストレートはウチの方が速いですよ」

 という返事がきた。KT社のエンジン特性が、このサーキットには合っているのかもしれない。そこにセカンドライダーのアゴスティーニが話に入ってきた。

「 Your riding is very fantastic ! Please teach me your riding . 」

(あなたのライディングはすばらしい。俺に教えてください)

 と言ってきたので、

「OK!」

 と返事をしておいた。岡崎が

「大丈夫か? アゴの力量ではこけるぞ」

 と言ってきたが、ライダーの世界はこけて一人前。ジュンもこけるたびに成長してきたのだ。

 土曜日のフリープラクティス。ここで10位に入ればQ2へ進出だ。それ以下だとQ1に行き、Q1からQ2に行けるのは2台だけ。予選上位に行くためには、Q2進出が絶対条件なのだ。

 マルケルがピットからでていくのを見て、ジュンもピットを出た。アゴスティーニもそれに続いた。1周目は、タイヤをあたためて2周目からアタック。第1コーナーの右コーナーから第2コーナーの左コーナーは切り返しがはやい。マルケスのお尻の動きは魅力的にさえ見える。

 アゴスティーニは、第2コーナーで滑っていた。ジュンは5周走って、ピットインした。タイムはクワンタロとマルケルに続いての3位だ。アゴスティーニは再スタートできたが、20位のタイムしか出せずにいた。

 ジュンはフリープラクティスのラストアタックをしなかった。他のライダーの走りを見たかったし、タイヤの温存をしたかったからだ。結局、フリープラクティスのタイムは8番手でQ2進出ができた。

 Q2では、またマルケルの後ろについた。マルケルはニュータイヤ、ジュンはQ1でのタイヤで、ついていくのがやっとだった。3周でピットにもどってきた。そして、例のスペシャルタイヤをつけて、マルケルが最終アタックに出るのを待った。マルケルがラストアタックに出る。ジュンも続いた。ホームストレートにもどってくると、残り3分。あと2周できる。マルケルの後方10mほどについてジュンは走った。マシンを倒してもタイヤが粘ってくれる。明らかに別物だ。あと1周。ストレートでマルケルとの距離が縮んだ。スリップストリームにつける距離だ。抜く気になればストレートで抜けたかもしれなかったが、マルケルに意識されても困るので、抜くまではしなかった。そのままフィニッシュラインを越えた。

 ピットにもどってくると、歓喜の輪ができていた。アナウンサーもジュンの名前を連呼している。岡崎が、

「ポールをとったよ。1分38秒55だ。2位はマルケル。0.02秒差だ。最後のランで決まったよ」

その後、チームクルーからもみくちゃにされた。何といってもMotoGPでの初ポールポジションだ。パドックにもどってくると、ジュリアに抱きつかれ、何度もほほにキスをされた。

 日曜日。24周の決勝。天候は晴れ。少し暑いくらいだ。グリッドは1列目がジュン・マルケル・クワントロ。2列目がザルケとミールのD社勢とKT社のベンダー。どちらも高速コース向きのマシンだ。そして3列目に、ミロ・岩上・ハインツ。4列目にはルッシが入っている。アゴスティーニは最終列の22番手だ。まだまだ修業の身だ。

 1周目、ジュンは第1コーナーを3位で抜けた。クワンタロが絶妙のスタートをきった。2位はマルケルだ。後方では何台かが絡んでいたようだ。ジュンは一瞬、セカンドライダーのアゴスティーニが気になったが、その時だけだった。ジュンの後方にはD社勢がせまってきている。

 2周目、先頭集団は6台になった。クワンタロとマルケルは何度も順位を替えていた。マルケルファンの多いスタンドは大盛り上がりだ。ジュンは二人のバトルを少し離れて見ることにした。スペシャルタイヤではないので、無理はできない。むしろタイヤを温存して後半勝負と考えていた。

 10周目、後ろのD社勢がホームストレートで襲いかかってきた。左右に並ばれて、第1コーナーで自分のラインが取れなかった。5位に落ちた。後ろは同じKT社のベンダーだ。チームが違うので、ライバル心旺盛だ。

 15周目、D社のミールに高速コーナーで食らいついた。次の左コーナーでインをさしてレイトブレーキングをすると、ミールはアウトに膨らんでいった。これで4位。

 24周目、ファイナルラップ。今度の目標は、ザルケだ。ホームストレートで並び、第1コーナーでアウトに並び、素早い切り返しで第2コーナーでインをついた。コーナーリングはジュンが優位だ。3位にもどった。そのままチェッカーを受けた。優勝はマルケル。観客は大騒ぎだ。いたるところで爆竹が鳴っている。

 2回目の表彰台だったが、前回よりも嬉しかった。作戦成功だったからだ。ポールポジションはおまけみたいなもんだとジュンは思っていた。

 その夜、姉の景子からのTV電話では、

「ハインツが悔しがっていたよ。俺を無視したって・・・」

ハインツは今回7位に沈んでいた。H社のマシンは高速サーキットに向いていない感じがした。さすがのハインツもストレートでついていけないのでは無理もなかった。


 次戦は、ヨーロッパラウンドという名前のスペイン第2ラウンド。舞台はヘレスだ。チームはオーストリアにもどることなく、スペイン南部へ移動していた。

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