第37話 KT社に復帰 MotoGP再挑戦 23才

 今年の第1戦は、中東のカタールで開催された。サッカーで有名なドーハの国である。それも初のナイトレースである。

 ジュンは、復帰初戦の緊張もさほどなく、KT社のパドックでゆったりしていた。チーム監督は、以前と同じジムだったし、メカニックのほとんどが見知っているメンバーだった。違うのはジュンがチームナンバー1ライダーになったこととハインツがいないことだった。それとセカンドライダーにMoto2からステップアップしてきたアゴスティーニがいた。年はジュンよりひとつ下のイタリア人だ。陽気な若者で、ひょうきんな表情でパドック内をにぎわしていた。

 ジュンのマシンは、チームカラーのブルーを基調としていたが、スポンサーのカールの意向もあり、サイドにホワイトのラインが入っていた。そこにGROKKENのロゴが入っている。ちなみにアルコール飲料の広告は載せられないのだが、小さくFARMの文字が加えられている。でも、ヨーロッパの人間はビールを連想するらしい。マシンのカラーは、見た目には日本の曲技飛行をするブルーインパルスの塗装に近く、ジュンは気にいっていた。白いラインの先端には日の丸のマークが入っていて、それもお気に入りの要素だった。

 ツナギも濃いブルーで、パイロットをイメージするものだった。ゼッケンは以前と同じ22を選んだ。アゴスティーニはぞろ目を選んで77となった。ちなみにハインツは21を選んだ。ジュンの前にしたということを姉の景子から聞いた。ジュンをだいぶ意識している。

 予選は、初ナイトレースということで様子見ということもあり、10番手の位置となった。同僚のアゴスティーニはマシンコントロールに手こずり、20番手だ。やたらとジュンに走りの質問をしてくるが、イタリアなまりの英語は分かりにくかった。very very が多いのはイタリア人の特徴だ。

 ハインツは予選8番手、岩上が7番手。どちらもジュンの前にいる。ジュンは、この二人についていくことを決めていた。同じチームではないが、金魚のフン走法をするつもりでいた。

 22周のレース。コースはコーナーがやたら多く、抜きどころはホームストレート後の第1コーナーと考えられていた。しかし、ジュンは第4コーナーの90度コーナーが抜きどころと考えていた。ナイトレースでまわりの状況がわかりにくいというデメリットがある反面、他のライダーはスピードを落とす箇所なので、後半1対1のバトルになった時は抜きやすくなると思っていた。

 1周目、先頭集団は、混乱なく第1コーナーを抜けたが、後方では接触転倒があったようだ。初戦だからだれもが予想したとおりだった。

 2周目、サインボードを見ると、「77OUT」と出ていた。セカンドライダーのアゴスティーニが1周目の接触転倒に巻き込まれたことを知った。ジュンは岩上の後ろを走っていた。ハインツはその前にいる。ジュンはトップ集団の最後尾9位だ。しばらくは金魚のフン走法で、この順位をキープだ。

 5周目、ジュンは9位をキープしている。トップ集団に食らいついている。ジュンの前には、H社のマルケルと岩上・ハインツ、Y社のルッシとクワンタロ、S社のミロ、D社のザルケとミールが縦列状態で走っている。マルケルとクワンタロが1・2位を交互に交換していた。抜きどころは、やはり第1コーナーだった。

 10周目、トップ集団が二つに分かれてきた。第1集団はマルケル・クワンタロ・ミロ・ザルケ・ミールの5台。少し離れてルッシ・岩上・ハインツそしてジュンだ。だが、ルッシのペースが上がらない。ブレーキングポイントがクワンタロよりも早い。やはり年令を重ねたことによる慎重さなのだろうか? しかし、このレジェンドを抜くのは至難の業だ。岩上とハインツも抜きどころをさぐっているのだろうが、なかなか抜けないでいた。

 15周目、第1集団とはショートストレート分、離された。このままでは、トップ集団に追いつけない。岩上とハインツがホームストレートでルッシにならび、第1コーナーで抜いていった。ジュンはスリップストリームにつけなかったので、その周では抜けなかった。

 20周目、第1コーナーで、やっとルッシを抜くことができた。この時、向かい風が強くてスリップストリームにつくのは簡単だったが、ラインを外してインに飛び込むのは勇気のいる行為だった。そのまま先行する岩上とハインツの後ろにつこうとしたら、第4コーナーの手前で、イエローのダブルフラッグが振られている。追い越し禁止だ。それだけでなく、イエローとオレンジのオイルフラッグまで振られている。コース上にオイルがあるのか? アクシデント発生だ。コース上にマシンが倒れているかもしれない。岩上とハインツもスピードをおさえている。

 第4コーナーに行くと、数台が倒れている。コース上には青いマシンが転がっている。Y社のマシンだ。マルケルはコースサイドのグラベル(砂場)で、マシンを起こそうとしている。全部で5台だ。青が2台に赤が2台。第1集団の5台全てが転倒したのだ。(トップ集団に何かあったのだ)第4コーナーを抜けるとグリーンフラッグ。規制解除だ。岩上とハインツはマシンをゆらしながらスピードを上げていった。ジュンもそれに続いた。

 21周目、サインボードには「P3 SAND」と出ていた。(砂が出ていたのか。コーナーで攻められないな)と思いながら、岩上とハインツを追った。その差、およそ10m。追いつけない距離ではない。しかし、砂の出ているコースで無理はできない。前の2台がアクシデントにあうかもしれない。まずは順位キープだ。第4コーナーにさしかかると、オイルフラッグだけ振られている。砂が出ているということだ。倒れたマシンは安全地帯に移動させられていた。マルケルは再スタートしたらしい。

 22周目、ファイナルラップ。サインボードには「P3 KEEP」と出ている。チーム命令は、表彰台確保。初戦で表彰台なら御の字ということか。トップは岩上、ハインツがぴったりついている。ハインツがこのまま2位で満足するわけがない。どこかで仕掛けるはずだ。チャンスはその時かとジュンは思っていた。しかし、砂が出ているコーナーでは無理していない。ハインツは冷静だ。

 最終コーナーの立ち上がり、ハインツがアウトにラインを変えた。最後のアタックだ。ジュンは距離を詰めていたが、スリップストリームにはつけず、二人の後に続いた。チェッカーフラッグが振られた。ジュンはどちらが勝ったかわからなかった。フィニッシュ後に電光掲示板を見ると、「30」が上にあった。岩上の初優勝だ。ピットレーンにもどってくると、H社の陣営は大喜びだ。ワン・ツーフィニッシュだから無理もない。ジュンはチーム関係者から

「 Good job 」

(よくやった)

 と言われたが、素直に喜べなかった。転がりこんだ表彰台だ。自分で抜いたのは、ペースの落ちたルッシを抜いただけ。先頭集団でアクシデントがなければ8位だったのだ。後でビデオを見ると、24周目の第4コーナーで、まずマルケルがアウトに膨らんだ。そこでチャンスと思ったクワンタロがマシンを倒したところで、コース上で転倒。まるでコマにように回っていた。避けようとした後ろの3台がからんで、コースアウト。グラベルで1回転していたマシンもあった。マルケルはグラベルで一度転倒したが、再スタートができてコース復帰。8位に入った。ちなみにルッシは4位だった。解説者は突風が吹いてグラベルの砂が一部コースに入ったと言っていた。あのルッシを抜く時の風だったのだ。


 次戦はポルトガル。ジュンにとっては初のアルガルベサーキットだ。SUGOと同じようにアップダウンが激しいコースで内心楽しみにしていた。

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