第36話 MotoGP 日本ラウンドSUGO
鈴鹿のワンツーフィニッシュの余韻にひたる間もなく、チームはSUGOでの初開催のMotoGPの準備に大わらわだった。SUGOサーキットは数年前からコースの大改修に取り組んでいた。まず、コースの延長だ。SPインとSPアウトを廃し、急な登りと下り坂を作り、今までのSP広場に新しいコーナーを作った。馬の背コーナーを過ぎると短いストレートの後、急な登りとなる。まるでベルギー・スパのオールージュみたいだ。勾配は20%。そして新SPコーナー。ハイポイントコーナーからレインボーコーナーが右コーナーなのに対し、ここは左コーナーとなる。そして急な下りになり、110Rに飛び込んでいく。ここはアメリカのラグナセカサーキットのジェットコースター坂を思い起こさせるスリリングなコーナーとなった。JSBでお披露目をしたが、ライダーたちからは「度胸だめし」のコーナーだと言われ、おおむね好評だった。
このコース延長で、コースの距離が4400mとなり、他のサーキットにひけをとらないコースレイアウトになった。ハインツとジュンの二人は、サーキットからいろいろなアドバイスを求められ、MotoGPを転戦した経験が活かされている。ジュンとハインツがかつての仲間を快く受け入れるために、できる限りのことをしたのだ。
二人が一番気になったのは、宿泊施設だった。MOTEGIや鈴鹿みたいにサーキットに隣接するホテルがないのである。ヨーロッパからくる各チームのスタッフは、モーターホームがないので、ホテル住まいか民泊することになる。SUGO近くに民宿はあるが、とても間に合う数ではない。
幸いなことに、高速道路のスマートI・Cまで車で5分で行けるので、仙台のホテルまでは30分ほどで行ける。また、蔵王温泉のふもとにある別荘地には貸し別荘が相当数あった。これまた20分ほどで行けるので、チームで貸し切ることができる。オーストラリアと同じような環境にあった。ただ、夜勤をするメカたちの泊まる場所が必要だった。そこで、SUGOはジュンとハインツのアドバイスを受けて、サーキット内のいたる所にレンタルキャンピングカーを配置した。その数60台。まるで外国で見られるモーターホームヴィレッジだ。
それと観客向けにシケインスタンド上や新SPコーナーの坂道の段に、テント村を設置した。見晴らしのいい場所なので、腰掛け持参でくるお客さんの絶景ポイントとなっていた。それと、仮設スタンドを2つ設置した。一つ目は、普段はカートで使っている西コースのシケイン近くである。ここは、カメラマンの絶好のポイントになった。西コースはレース関係者の駐車場になっているので、いいアイデアと歓迎された。もうひとつは、馬の背コーナーの周遊道路の奥にある駐車場に設置された。ここからは、バックストレートがよく見える。スリップストリームを使った追い抜きが見られるし、馬の背コーナーのターンでライダーの技量が分かる。どちらもわずか100席なので、発売当日に売り切れとなっていた。
課題だったのは、ロングラップペナルティのコース設置である。MOTEGIでは、第3コーナーに設置されているが、SUGOでは今までなかった。それで新設ということになったが、適当なコーナーが見当たらなかった。それでハインツとジュンのアドバイスを受け、新SPコーナーにペナルティコースを設定した。勝負どころのコーナーなので、ライダーからは不評だったが、ペナルティの意味があるので、主催者からはOKがでた。
それとジュンはサーキット周辺での交通渋滞の指摘をした。すると、SUGO側は地元当局と交渉し、I・C出口からレース関係者を優先で誘導するようにし、一般車は回り道を通り、各駐車場に割り振るように誘導した。これも新しいI・Cができたからである。帰りの渋滞も、駐車場毎にゲート開放時間を変えて、一斉にでないようにした。レース後は、ピットロードを開放するなどして、観客をすぐに帰さないようにしたのも効果的だった。
さて、レース当日に話をもどそう。
木曜日、合同練習日。かつての仲間が続々とSUGOにやってきた。皆、初めて走るコースなので、ハインツは質問攻めにあっていた。岩上は、同じH社のマシン仲間ということで、挨拶にきてくれた。10代のころに何度かSUGOを走ったことがあるということだった。その際、マルケスのコース走行後の第一声を教えてくれた。
「 It is a miracle course , only slope . Very very challenging course . 」
(坂道だらけのミラクルコースだ。すごく挑戦的なコースだ)
メインストレートでさえ、わずかな斜度がついている。丘陵地帯に造ったコースなので無理もないことである。
それと意外な人物がジュンに会いにきた。佐伯だ。シーズン途中からKT社ファクトリーチームで走っている。カールがスポンサーのチームだ。親交を深めにきたというわけではないようだ。
「よっ、久しぶり。年間2位だって、頑張っているじゃない? ひとつ伝言。カール・メルケル氏が日曜日に来るってよ。娘さんに会いにくるらしいけど、お前にも会いたいみたいだったよ」
カールが来ることを聞いて、ジュンは少し緊張を感じた。佐伯がくるとろくなことがないとあらためて思っていた。
ハインツのゼッケンは21。93はマルケスのナンバーなので、「日本一」という意味で21にしたらしい。ジュンは22のままだ。
ジュンとハインツが走ると、金魚のフンみたいにくっついているマシンが何台かいた。コースの走り方を少しでも知りたいと思ったのだろう。得意の馬の背コーナーはふつうのラインで抜けた。独特の走行ラインを知られたくなかったからだ。
金曜日、フリー走行。周回数を重ねるごとに世界のトップライダーたちは、コースの特性をつかんできて、ジュンとハインツのタイムを抜くライダーもでてきた。さすがだとジュンは感心していた。
土曜日、予選2。SUGOは抜きどころが少ないので、予選はとても重要だ。ジュンとハインツも本気で走った。結果、マルケル・ルッシ・クワンタロ・ミロの後ろにハインツ・ジュンと続いた。その後方に、岩上と佐伯がいる。
日曜日、決勝。日本人ライダー3人が上位にいるので、SUGOの観客は、今までにないくらい集まった。メインスタンドだけでなく、第1コーナースタンドもいっぱいだ。ここはストレートエンドの競り合いが見られるだけでなく、第2・第3そしてS字コーナー、ハイポイントコーナーも見渡せる。絶好のポジションなのだ。東ピット上のVIP席もにぎわっていた。
午後2時スタート。トップ集団は、トラブルなく第1・第2コーナーを抜けた。後方集団では何台かからんでコースアウトしていた。第4コーナーのヘアピンでも1台が曲がりきれずに、グラベルに突っ込んでいった。タイヤが温まっていないうちに、ここで勝負をかけると、厳しいコーナーなのだ。バックストレートでは一列走行になった。トップ集団は、タイヤが温まるまで無理はしない作戦なのだろう。無理なアタックはなかった。
ジュンはシケインの突っ込み時に、カメラのフラッシュが気になった。予選の際にも見られたので、規制するように申し入れをしていたのだが、アマチュアカメラマンには浸透していないようだった。できる限りスタンドを見ないように心がけた。
5周目、馬の背コーナーでジュンがハインツの前に出る。いつものランデブー走法だ。他のマシンもアタックをし始めた。クワンタロがルッシに第1コーナーで仕掛ける。でも、膨らんでしまい、エスケープゾーンにまで出てしまった。ここは、タイヤマーブルが多く、タイヤにくっついてしまうとバランスが悪くなる。案の定、クワンタロは、タイムを落とし始め、ミロ・ハインツ・ジュンに抜かれた。
10周目、今度はハインツがジュンの前にでる。前にいるミロとの闘いだ。S字コーナーで接近し、スリップストリームについた。ハイポインドコーナー・レインボーコーナーでぴったりついて、バックストレートで並んだ。馬の背コーナーで勝負だ。
ハインツがインをとった。ミロはブレーキをぎりぎりまで粘ったが、曲がりきれずにコースアウトしていった。グラベルで転んでいる。すごく悔しがっていた。
15周目、ジュンがハインツの前にでる。今度はルッシとの勝負だ。2年前のMOTEGIの再現だ。ルッシはさかんにラインを変え、スリップストリームにつかせてくれなかった。得意の馬の背コーナーでもブロックされて抜けなかった。
19周目、ジュンは馬の背コーナーの立ち上がりでルッシの後ろにつくことができた。続く新SPイン。ルッシはスリップストリームにつかれることを嫌って、ラインを変えた。すると滑るようにコース右のグラベルに流れていった。この新SPインは新しいコーナーなので鬼門だ。特に後半、タイヤがたれてくると転びやすい。
20周目、ハインツを前に行かせる。ハインツはマルケルに襲いかかる。タイヤを大事にしていたハインツが有利だ。ミロを抜いた時と同様にS字コーナーで追いつき、続く二つの右コーナーでスリップストリームにつく。そしてバックストレートで並ぶ。しかし、マルケルもさるもの。なかなか抜かせない。そういうバトルが5周続いた。
25周目、ファイナルラップ。スタンドは稀に見る接戦に大いに湧いていた。ましてや3位争いを3人の日本人ライダーが競っている。スタンドでは各チームの大きなフラッグがたくさん振られている。レース実況のアナウンサーも絶叫だ。
そして、レインボーコーナー。先頭のマルケルがアウトに膨らみ、ゼブラゾーンにのった。転倒はしなかったが、減速を強いられた。タイヤがへたってきたのだろう。そこをハインツ・ジュン・岩上・佐伯が抜いていく。馬の背コーナーでハインツがカウンターを当てて曲がっていく。ジュンは、通常のレコードラインだ。新SPイン・アウトもハインツはカウンターを当てている。タイヤが厳しいのかもしれない。シケインで、ハインツはインを抑える。最短コースをいく算段だ。ジュンはアウトからシケインに飛び込み、立ち上がり重視のラインをとった。スピードを落としてインをとったハインツか、スピードを落とさずにライン重視できたジュンか、最後の10%勾配の勝負だ。2台が並んでダンロップブリッジを抜けた。スタンドは大歓声につつまれている。チェッカーフラッグが振られた。ジュンはどっちが勝ったかわからなかった。が、第1コーナー脇にある順位ボードの一番上に22があった。ハインツに勝ったのだ。1ケ月前の鈴鹿では、ハインツの不可解なフルブレーキングで勝てたが、今回は真剣勝負で勝てたのだ。嬉しさは格別だった。
第2コーナーを過ぎたところで、ハインツが寄ってきて祝福のサインをくれた。その後、2台揃ってウィニングランをした。途中のコース脇ではコースオフィシャルがオールフラッグで祝ってくれている。SUGOでのMotoGP初開催は成功だった。オフィシャルもMOTEGIに負けないスムーズな仕事をしていた。
ジュンは日本の国旗を探していた。でも、国旗を渡してくれる人がなかなかいなかった。シケインまでくるとスタンドで日本国旗を振っていた人が旗を投げ入れてくれた。それを拾ったオフィシャルが気をきかしてジュンに渡してくれ、最後の10%勾配だけ日本国旗を抱きかかえて走ることとなった。大歓声に囲まれてピットレーンに入り、表彰台下にやってきた。2位のハインツと3位の岩上はすでに到着していた。H社の表彰台独占だ。ワイルドカードの二人がワンツーフィニッシュ。さすが地元の利とだれもが思っていた。しかし、レギュラーライダーにしてみれば、ワイルドカードのライダーが勝っても、年間ランキングには影響ない。年間チャンピオンにはマルケルが2年ぶりに返り咲いていた。そして2位はクワンタロ。岩上は年間5位、佐伯は年間10位だった。このレース、マルケルが100%本気をだしたかどうかは定かではなかった。クワンタロがトップ集団から脱落した時点で、安全策をとったかもしれないのだ。
その夜、佐藤眞二さん主催の祝勝会が仙台のホテルで行われた。H社の幹部やライダーたちが招かれて、大いに盛り上がった。マルケルまで来て、主役はそちらに取られてしまった。
祝勝会が終わると、そのホテルの一室にジュンは呼ばれた。カール・メルケル氏の部屋である。行くと、そこには父親の剛士と岡崎さん、ハインツと姉の景子、そしてジュリアもいた。まるでファミリーの総会だ。カールはKT社のスポンサーだから、サーキットで会うわけにはいかなかった。そして、カールが口火をきって話し始めた。
「 After a long time . Congratulation for winning . 」
(久しぶり。優勝おめでとう)
「 Thank you very much . 」
(どうもありがとうございます)
「 It will be right away , do you remember talking one year before ? 」
(早速だが、1年前の話を覚えているか?)
「 Yes , I do . 」
(はい、覚えています)
「 I am glad about this year's achievement . And , I would like to invite Haintz & Jun to my team next year . 」
(今年の活躍を嬉しく思っている。そこで、来年私のチームにハインツとジュンを招きたい)
そうカールが言った時、ハインツが語気を強めて言った。
「 I don't belong father's team . 」
(俺は親父のチームには入らない)
すると、カールの目付きが変わった。ハインツが続けて
「 Whether it's done together from Iwagami's team , it's invited . 」
(岩上のチームからいっしょにやらないかと誘いがきている)
かつてH社の幹部が言ったことは本当だったのだ。それに対してカールは顔を真っ赤にして、
「 Why is it decided selfishly ? Why do you think a team has been supported ?
All is for you ! 」
(なんで勝手に決めるんだ? どうしてチームをサポートしてきたと思う? 全ては、お前のためだ!)
「 That's complicated . I'd like to be apart from you . 」
(それが煩わしいんだよ。俺はあなたから離れたいんだよ)
「 What are you talking about ? 」
(おまえは何を言っているんだ?)
「 Jun belongs your team . Or , Julia doesn't rather come , either . 」
(ジュンがあなたのチームに入る。そうしないとジュリアももどってこない)
岡崎さんからその話の訳をきいた剛士は目を丸くしていた。ジュンの移籍、そしてジュリアとの結婚? うすうす感じていたが、初耳だったのだ。
カールは押し黙っていた。1年前に年間3位以内ならヨーロッパに呼ぶと言ったのは自分なのだ。今さら撤回はできない、そこにジュンが口を開いた。
「 Mr. Merker . Next year , when you'd invite to your team , there is one condition . 」
(メルケルさん、来年あなたのチームに呼んでいただけるならば、ひとつ条件があります)
「 One condition . 」
(条件?)
「 I'd like to go with Mr. Okazaki . 」
(岡崎さんといっしょに行きたいんです)
と言うと、ハインツも
「 Me , too . 」
(俺もだ)
と声を大にして言った。カールが岡崎に
「 My team director admits the power of Mr. Okazaki . I am welcomed . How do you do ? 」
(うちのチーム監督は、岡崎さんの力量を認めている。大歓迎だ。あなたはどうしますか?)
「 I was a mechanism of KT company . When there was an invitation at the front , it has been declined , I prefer to go to Austria , but ・・・」
(私は、元々KT社のメカニックでした。前に呼ばれた時に断ってしまったこともあります。できれば、オーストリアに行きたいです。でも・・・)
「 But ・・・?」
(でも・・・?)
だれもが、続きの言葉を待った。すると岡崎さんは剛士に向かって話し始めた。
「この数年、川口さんといっしょにいい仕事ができたと思っています。川口さんと離れるのがつらいです。川口さんが残ってくれと言ってくれるなら日本に残ります」
この言葉を景子が通訳した。それを聞いた皆が驚いた。剛士に注目が集まり、剛士はどぎまぎしながら答えた。
「来年は眞二さんがマシンに乗ると言っている。メカは充分すぎるくらいいる。俺としては、岡崎さんにヨーロッパで活躍してほしいと思っている。別れるのはつらいけれど、見送りたい」
その言葉にジュン以外の一同はため息。特にハインツががっかりだった。そこに、正常な顔にもどったカールが口を開いた。
「 What do you think for Julia ? Don't you taking up Julia ? 」
(ジュリアのことをどう思ってる? 手を出していないよな?)
「 Of course . I would like to a propose third position a year at MotoGP . 」
(もちろん。MotoGPで年間3位以内に入ったらプロポーズします)
それを聞いてカールは、
「 All-right . 」
(了解)
と答えた。他のメンバーも拍手で祝福してくれた。ジュンとジュリア23才同士のカップル誕生だ。
1ケ月ほどたって、ジュンとジュリア、ハインツと景子とメイちゃん、岡崎夫妻と亜美ちゃんの3組がミュンヘンに旅だった。見送る剛士とさつきは、一気に鈴鹿の家がさびしくなるなと思っていた。傍らにはメカの木村が
「俺も行きたかった~!」
と泣きながら見送っていた。
剛士のチームは、オーナーが佐藤眞二となり「RS SATO」になった。ライダーにはH社のセカンドライダーだった渡部がエースとして迎えられた。眞二は若くないので、年間通しては無理だとドクターストップがかかったということだ。8耐だけは参加が認められた。そして、もう一人ライダーを迎えた。佐伯だ。佐伯がジュンと同じチームになるのをいやがったということもあるが、KT社にとっても日本人二人のチームではヨーロッパのチームといえないと判断したのだろう。簡単にいえば、クビになった佐伯を佐藤眞二が拾ったということだ。
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