第35話 JSB最終戦 鈴鹿
1ヶ月の休みを終え、秋の様相が見え始めた9月半ば、最終の鈴鹿ラウンドが始まった。いつものことだが、自宅から通えるので気楽なジュンだった。H社のマシンにも改良が加えられ、ジュンにとっても乗りやすくなっていた。H社のテストコースを利用できるようになったからだ。佐藤眞二や高木の口添えが大きかった。
金曜日、フリー走行。天気にも恵まれ、H社のマシンは好調だった。渡部も含め、上位に入ることができた。
土曜日、予選1Aグループ。まるで予選2みたいな接戦を見せていた。前半の3周目に高木が自身がもつコースレコードと同じ2分3秒1をたたき出した。その次には中嶋が高木を上回る2分秒2秒9を出した。そして終了ぎりぎりに高木が2分2秒8をだした。高木と中嶋のエース対決は熾烈をきわめていた。ハインツは5位、ジュンは7位のタイムで予選2に進んだ。
予選2では100分の1秒をあらそう戦いとなった。前半に野田が2分2秒83をだした。後半もコースレコード争いだ。まずは、中嶋が2分2秒81をだし、続いて高木が2分2秒80をだした。これでベスト3が決まったと思いきや、チェッカーフラッグが振られて1分10秒後、ラストアタックをかけていたハインツが驚異の2分2秒70をだした。初の予選トップとなった。ピットにもどってきたハインツは優勝したみたいに喜んでいた。すぐに、応援にきていた景子と抱き合い、4ケ月になった愛娘「メイ」にキスの嵐をあびせていた。5月産まれなので、Mayという名をつけたというが、漢字では「芽衣」と書く。フルネームは「メイ・カワグチ・メルケル」という日独混合の名前になっている。心配だった髪の毛も充分なくらい伸びていた。
午後3時、第1ヒート。ハインツがスタートダッシュに成功した。ジュンは予選4位からハインツについていった。第2コーナーを過ぎたころには、二人でワンツーで走っていた。ジュンの後ろには、入れ替わり立ち替わりでライバルが迫ってくる。その度に、ジュンはラインを変え、前に行かせなかった。たとえインがあいても、そこにはハインツがいて、ライバルは先行できなかった。そのままレースは終了した。ハインツは大喜び、でもジュンはへとへとだった。
「ランデブー走法に変わりはないが、疲れる走りだった。もう二度とごめんだ」
とジュンがぼやくと、監督の剛士が
「おつかれ、明日は自由に走っていいよ」
と言ってくれた。ハインツが年間ランキングトップになったので、サポートの役目が終了したのだ。第1ヒートの結果は次のとおりである。
①ハインツH201P ②川口H 192P ③高木H 190P
④中嶋Y 196P ⑤野田Y 196P ⑥秋山S 154P
⑦須藤KW 163P ⑧津野Y 137P ⑨水田KW114P
⑩渡部H 108P
ハインツは最終戦で他のライバルに負けなければチャンピオンだ。それも5ポイント差なので、2位に入れば確定だ。今の調子ならば不可能ではない。
ジュンは年間ランキング4位につけていた。上位3人がリタイアすれば年間チャンピオンの可能性があるが、他力本願はジュンの望みではない。まずは、カールとの約束である年間3位をねらうと思っていた。Y社の二人のどちらかに5ポイント差で勝てばいいのだ。細かいポイント計算をしてみたが、面倒くさくなってやめた。要は、二人に勝てばいいのだ。しかし、ジュンにはひとつの迷いがあった。来年ヨーロッパに行けば、チームはどうなる? 佐藤眞二さんはオレと組むのを望んでいるのではないか、チームの皆もそう思っているかもしれない。そのことを考えると、寝つけなくなるくらいだった。
台所に水を飲みにきたジュンに母親のさつきが声をかけてきた。
「ジュン、今日のレースつらかったみたいね」
「うん、ハインツのサポートをしなきゃいけなかったからね」
「見ていて本当につらそうなのがわかったわ」
「エッ! 母さん、レース見てたの?」
「最近ね。ジュンが転倒しなくなったからね」
「そういえば、今年転んでないね」
「それでね。お父さんとも話をしたんだけど・・ジュンにはジュンの走りをしてほしいの。周りのこととか、ポイントのこととか考えずに、目の前のマシンを抜くことに集中してほしい。それがあなたのレースでしょ。それ以外のことはお父さんと私でなんとかするわよ」
この言葉にジュンは救われた気がした。
「ありがとう母さん、オレ、明日がんばるよ」
その後、ジュンはグッスリ眠れた。
日曜日、第2ヒート。グリッドは6位に野田、7位に中嶋、8位に高木、ジュンが9位、ハインツが10位と、セミリバースグリッド方式の魔の手にはまっていた。
午後2時スタート。中嶋が好ダッシュスタートを見せ、トップにでた。
5周目、野田が中嶋に仕掛けた。野田は年間チャンピオンになる意志がだれよりも強い。中嶋は過去3回チャンピオンになっているが、野田はずっとセカンドライダーのポジションに甘んじているのだ。今年は、野田にもチャンスがある。ここで勝ちたいと強く思っている一人だ。130Rを越えて、シケイン手前でブレーキング競争、インを抑える中嶋のアウトから被せて抜いていく。中嶋はフルブレーキングで衝突を回避した。チームメイト同士の争いでピットはヒヤッとしている。Y社のサインボードには「KEEP」と出た。でも、同点で迎えた最終戦、たとえチームメイトでもバトルせずにはいられない。それがレーサーなのだ。
8周目、今度は高木が中嶋に襲いかかる。シケインスタンドから見ていると、横に3台が並んでいる。大きな歓声がスタンドから上がっている。3台とも白煙を上げてブレーキング競争。野田・高木・中嶋の順でシケインを抜けていく。そして、その後ろにハインツ・ジュンと続く。またもやランデブー走法だ。10周目にはジュンが先行し、タイヤをねぎらって走った。
13周目、またもやシケインで3台横並び。シケインスタンドではカメラのシャッター音が連続して鳴っている。今度は、高木・野田・中嶋の順だ。15周目には、ハインツがジュンの前に出た。予定どおりだ。
16周目、またまたシケイン勝負。今度は中嶋がリード。ベテランにも意地がある。いつまでも後塵を拝するわけにはいかない。ゼッケン1が黙っているわけにはいかないのだ。中嶋・野田・高木の順で通過。
20周目、ハインツが本気の走りを始めた。ヘアピンで前の高木に食いついた。スプーンカーブの出口で、インをさす。高木のマシンが少しアウトに膨らむ。タイヤの摩耗度が違う。バックストレートで並び、130Rで抜いた。
21周目、今度はジュンがスプーンカーブの立ち上がりで高木を抜いた。高木のタイヤはずるずるしている。
22周目、ハインツが2位野田に襲いかかる。場所はやはりスプーンカーブから130Rだ。ここはタイヤで決まる。野田も高木同様タイヤが摩耗していた。
23周目、ジュンが野田をスプーンカーブ出口で抜く。おもしろいように抜くことができる。それだけタイヤの摩耗度が違うのだ。
24周目、ハインツがスプーンカーブの出口で中嶋を抜く。ハインツがトップに出た。このままいけば、年間チャンピオンだ。ピットは大盛り上がりだ。
25周目ファイナルラップ。ジュンが130Rで中嶋を抜く。中嶋はコースアウトしかねないほど、タイヤがへたっていた。シケインにくると、そこでハインツがフルブレーキング。はみだしかねないほどのラインでシケインを抜ける。スピードはがた落ちだ。そこをスムーズなラインを取ったジュンが抜いていった。ピットはびっくり!
93番のハインツが来るかと思いきや、来たのは22番のジュン。ファイナルラップで2台を抜いてきたのだ。チェッカーをジュンが受けた。ジュンの地元での勝利。それも8耐に続いての勝利。多くのファンが盛り上がっていた。結果は次のおおりだ。
① 川口H217P 年間2位 ② ハインツH223P 年間1位
③ 中嶋Y216P 年間3位 ④ 野田Y 214P 年間4位
⑤ 高木H206P 年間5位 ⑥ 秋山S 169P 年間7位
⑦ 津野Y154P 年間8位 ⑧ 渡部H 121P年間10位
⑨ 須藤KW175P年間6位 ⑩ 水田KW 125P 年間9位
2日続けてのチーム川口のワン・ツーフィニッシュ。二人そろって、ウィニングランをしてスタンドのファンの声援に応えていた。表彰台の下にもどってきて、お互いに抱き合って祝福しあった。でも、ヘルメットをとってから、ひとつの疑問をハインツにぶつけた。
「 What is happen at final lap ? 」
(ファイナルラップに何が起こったの?)
すると、ハインツはぶっきらぼうに
「 Just my mistake & tire trouble . 」
(単なる俺のミスとタイヤトラブル)
「 It isn't deliberately , is it ? 」
(わざとじゃないよね?)
「 That is impossible ! Please change to talk , congratulation ! Victory & third a year . 」
(まさか! 話は変わって優勝と年間3位おめでとう!)
という会話をしているうちに、表彰式が始まった。シャンパンを掛け合いながら、ジュンはちょっとした疑問がわいた。どうして、
「優勝と、年間3位おめでとう」
と言ったのか? 今日の優勝で年間2位になったことはハインツも知っているはず、それなのに年間2位と言わずに、わざわざ年間3位と言ったのか、もしかしたらカールとの約束を知っているのかと、ちょっと疑念がわいた。だが、表彰式が終わると、チームスタッフやメディアからもみくちゃにされ、それ以上疑念はすすまなかった。
メディアからは、来年度の動向を聞かれたが、MotoGP日本ラウンドに集中すると答えるだけに留めていた。その日本ラウンドだが、チームにうれしい便りがやってきた。ワイルドカードにチームで参戦できるということになったのだ。特例中の特例だ。これも年間ワン・ツーのご褒美だとH社の幹部が言っていた。
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