第34話 勝負のSUGOラウンド

 8月半ば、暑い夏になった。鈴鹿からSUGOまでは、およそ1000km。ジュンとジュリアは、疲れを溜めないように、途中の箱根で一泊した。富士山が見えるホテルだったが、シングルの部屋がなく、ツィンの部屋になった。ジュリアは一人で盛り上がっている。

「 Oh wonderful ! It looks like a honeymoon . 」

(オゥ すばらしい! まるで新婚旅行みたい)

と、はしゃいでいる。キャンピングカーの中では、いつも隣のベッドで寝ているのだが、こういう雰囲気のある部屋は別格なのだろう。

 ディナーは、ブレザーを着て食事した。フランス料理だったが、アルコールは日本酒の発泡酒を勧められ、SUGOに近い酒造会社が造っているとのことで飲んでみた。かすかに日本酒の味はするが、フルーツ味のシャンパンという感じだった。ジュンは、

「SUGOを飲んだぞ」

と、一人悦に入っていた。お酒のせいか、ベッドに横になったらすぐに眠気が襲ってきた。

 朝、目を覚ますと大きな窓から赤い富士が見えた。朝陽に富士が照らされている。めったに見られない景色だ。赤はH社カラー。ジュンは吉兆と思った。ジュリアの寝顔もかわいい。おでこにチュをしてあげた。しゃべっていない時のジュリアは本当にかわいいと思っている。でも、しゃべり出すと止まらなくなるので煩わしい時もある。兄であるハインツが敬遠するのがわかる気がする。

 ジュリアが起きてきて、富士を見たころには赤富士は終わっていた。それでもジュリアは喜んでいた。

 

 SUGOに着くと、そこにはニューマシンが待っていた。傍らでは佐藤眞二さんと岡崎さんが話し込んでいた。ジュンが話に割り込んで、

「どうしたの? このマシン?」

と聞くと、佐藤さんが

「鈴鹿8耐のご褒美で、H社がレンタルしてくれたんだよ。もしかしたらMotoGPに行けるかもしれないじゃない。その日のために貸してくれた。これで高木ともイーブンだよ」

「ワォー! すごい! 佐藤さんありがとう」

「君らのおかげで8耐を勝てたようなもんだ。こんなのは大したことじゃないよ。スポンサーがチームのためにするのは当然のこと」

と、さすがレジェンドの言葉だ。ただのおっさんに近づいている父親の剛士とは大違いだ。

 木曜日、合同テスト。SUGOはコースの改修が終わり、MotoGPに備えて距離が伸びている。SP広場にコースが延長され、新SPコーナーとなっている。まるでハイポイントコーナーとレインボーコーナーの左カーブ版ということでテクニックが必要だったが、小さなバンクがついているので今までのSPよりは楽だと思われた。

 ジュンとハインツはマシンに慣れることに終始した。エンジンの吹け上がりは、純正品らしくスムーズだった。ジュンはMotoGPで岩上が乗っているマシンと同じということで、嬉しくてたまらなかった。

 金曜日、フリー走行。ジュンとハインツは好タイムを連発していた。難なく予選1Aグループに入れた。ただ、暑さだけはたまらなかった。1時間も走ると、つなぎはビショビショになった。8耐よりも暑い気がした。

 土曜日、公式予選2。1位は高木、2位はハインツ、3位にジュンが入った。高木もMotoGPがかかっているので、真剣勝負と思っているようだ。

 午後3時、第1ヒート。カッー!という暑さはないが暑いのには変わらない。40分ほどのレースが長く感じる。ジュンはつなぎの背中にチューブ状のドリンクを入れておいた。脱水症状予防だ。格好は悪いが、効果は絶大。ハインツも同様だ。

 レースは予選どおりの順で周回数を重ねた。ハインツとジュンはまたもやランデブー走法に徹した。

 20周目、勝負に出た。ハインツが高木のスリップストリームにつこうとする。だが、高木もさるもの。ラインを巧みに変えて後ろにつかせなかった。

 25周目、ファイナルラップ。ハインツは最後のシケインで勝負をかけた。アウトから一気にインに飛び込んだ。タイヤひとつ分リードしたので、高木はインを抑えられない。シケイン出口では高木がイン、ハインツがアウト。10%勾配を2台が並んで駆け上がっていく。スタンドは総立ちだ。

 SUGOの近くにはH社の系列会社があり、そこでインジェクションを作っている。なのでH社ファンが多い。ましてやレジェンド佐藤眞二の地元なのだ。スタンドの3分の2はH社ファンだった。赤い旗が多く振られている。

 優勝はハインツだった。タイヤを大事にしたおかげかもしれない。高木はずっとトップを走り、タイヤを酷使していたのだ。ハインツにとってはJSBで初優勝。8耐からの連続優勝で喜びを発散していた。結果は次のとおりだ。

 ①ハインツH154P  ②高木H 150P  ③川口H 145P

 ④中嶋Y  178P  ⑤野田Y 162P  ⑥渡部H  85P

 ⑦秋山S  124P  ⑧須藤KW133P  ⑨加川S 109P

 ⑩津野Y  111P


 その夜、サーキット近くのロッキーズでの祝勝会は賑やかだった。H社の表彰台独占は、今年初めてだったので、H社の幹部もいっしょに祝ってくれた。だが、明日のレースもあるので22時には解散。明日の健闘を誓って、パドックやホテルにもどった。

 日曜日、午後2時。第2ヒート。ハインツは10位ポジション。ジュンは8位ポジションと、セミリバースグリッド方式の罠にはまっていた。しかし、無理はしないで抜けるところで果敢に抜いていけばいいのだ。

 スタート。ジュンは中嶋の後ろについて、6位で第2コーナーを回った。野田がダッシュスタートで先頭に出た。ハインツはジュンの後ろについている。

 5周目、中嶋がシケインで仕掛けた。4位の秋山のアウトから一気にインに飛び込んだ。まるで昨日のハインツと同じ走りだった。10%の勾配で中嶋がリードした。それにジュンとハインツが金魚のフンみたいにくっついている。ストレートで秋山を抜き去り、5位と6位に上がった。ここで、ハインツ先行のランデブー走法が始まった。

 10周目、馬の背コーナーでジュンが先行。中嶋・ジュン・ハインツで第2集団を形成している。トップ集団は野田・津野・高木の3台だ。

 15周目、トップ集団との差が少し縮まった。ここでハインツがジュンの前にでた。

 20周目、ランデブー走法解除。ハインツは早速プッシュを始めた。バックストレートで中嶋と並んだり、シケインでラインを変えたりした。だが、中嶋はその走りを予測している。ハインツの走りをだいぶ研究しているようだ。その上で、高木をせめている。ストレートエンドでブレーキング競争を仕掛けていた。

 25周目、ファイナルラップに入った。第1コーナーで津野がオーバーラン。転倒はしなかったが、大幅に順位を下げた。野田・高木・中嶋・ハインツ・ジュンの集団になった。S字を越えた上りのストレートでハインツが左手で「左につけ」と合図を送ってきた。そして、バックストレートで「行け!」の合図。だからといって、ハインツが譲るわけではない。ハインツは中嶋の右について、ブレーキング競争を仕掛けた。陽動作戦発動だ。ハインツと中嶋はフルブレーキング。中嶋はコースアウトしていった。立ち上がりが遅くなったハインツの脇をジュンが抜いていく。残りは2台。新SPコーナーで勝負だ。ここで前の2台が接触。転倒はしなかったが、オーバーラン。スピードが落ちた。ジュンがトップ。単独でシケインに入り、胸の高まりを感じながらマシンが暴れないようにアクセルを開ける。10%勾配がやたら長く感じる。そしてチェッカー。ジュンの今シーズン初優勝だ。SUGOでの優勝は、MotoGPにもつながる。だが、高木が2位なら高木が上位、3位なら同点。4位以下ならジュンが上位となる。ジュンはピットにもどってくるまで、高木の順位がわからなかった。表彰台の下まで来て、監督の剛士から

「高木と同点になったよ」

と言われた。ワイルドカードをH社はどう考えるだろうか? ふつうならば同じチームから2台はださない。ましてや高木はファクトリ-チームだ。自分がH社の幹部ならば、高木を選ぶだろうな。と優勝してもあまり喜べなかった。

 表彰台の裏にいくと、高木から声をかけられた。

「優勝おめでとう。MotoGPがんばれよ。俺は辞退するから」

「エッ! 高木さん辞退するんですか?」

ジュンはそれ以上聞けなかった。表彰を終えて、ピットにもどってくると、チームスタッフから水をかけられるなどの手荒い祝福を受けた。一段落したところで、佐藤眞二さんがやってきて、

「さっき、高木と話したんだ。あいつも30才を越えた。そろそろ引き際を考える時期なんだ。あいつがほしいのはMotoGPで勝つことじゃなくて、日本チャンピオンなんだよ。MotoGPにはジュンくんみたいな若手にチャレンジしてほしいと言っていたよ」

「そうなんですか、ありがたいことです」

「でもな、それは名目だ。俺も経験あるけれど、世界を転戦するって大変なんだよ。あいつも若い時にスーパーバイクの世界戦で1年走ったからな。言葉は通じないし、食べ物もあわない。ベッドは毎週変わる。ストレスばかり増える。年取ってからいくところじゃないんだよ。ジュンくんは、その点外国の生活経験があるし、ジュリアという彼女もいるからな。ストレス溜まらないよな」

 佐藤眞二のその言葉に、ジュンはさかんに否定していた。特に、ジュリアのことはストレスだらけだったからだ。でも、佐藤眞二が言うことはわかるような気がした。

 レースの結果は次のとおりである。

 ①川口H 170P  ②ハインツH176P  ③高木H 170P

 ④野田Y 180P  ⑤須藤KW 149P  ⑥秋山S 139P

 ⑦加川S 128P  ⑧津野Y  124P  ⑨渡部H  97P

 ⑩水田KW102P  主なリタイア 中嶋


 年間ランキングトップの中嶋が転倒リタイアしたので、代わって野田が2ポイント差でトップになった。ハインツは4ポイント差、ジュンも10ポイント差につけている。あと2戦、チャンピオンの可能性はある。

 その夜の祝勝会はサーキット近くの谷川温泉で行われた。急遽だったので、寝る部屋が足りず、宴会場に布団をもちこんでの祝勝会だ。2日続けてのH社の表彰台独占で、費用はH社の幹部と佐藤眞二さんもちだった。皆、へべれけになるまで飲んだ。そこで、H社の幹部が

「年間チャンピオンになったら、来年のMotoGPにフル参戦だ。岩上のチームメイトに推薦するぞ!」

と騒いでいた。皆、その時は盛り上がっていたが、よく考えてみるとライダーはいけるかもしれないけれど、チームスタッフはヨーロッパにいけるわけではない。ファクトリーチームは存続するかもしれないが、チーム川口の来年は未定だ。そこに、佐藤眞二が爆弾発言をした。

「来年は俺がマシンに乗るぞ! チャンピオンになれなかった方がセカンドライダーだ」

と叫んだ。H社の幹部の発表以上の歓声があがった。アルコールが入っているので、どこまでが本当だかわからないが、盛り上がったことには間違いない。


 次戦は最終ラウンドの鈴鹿。ジュンの地元での開催。負けられない戦いになるのは

だれの目にも明らかだった。

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