第32話 ハインツ、初の筑波
6月初め、ジュンたちは筑波サーキットにいた。ジュンにとっては久しぶりの筑波。ハインツにとっては、初めてのサーキットだ。ハインツは
「 It's very short ! 」
(とっても短い!)
と驚いていた。他のサーキットの半分の距離しかないのだ。それでも周回数は25周。通常の距離であれば、50周のレースになるが、そこまですると周回遅れのマシンが多くなり、危険性が増すからだ。
木曜日、合同テスト。今回はジュン先行で、ハインツがつくという構図になった。一番長いストレートでも400m強しかないのだ。アクセルを開けたら、すぐにブレーキという感覚だった。ヘアピンコーナーが2ケ所もあり、常にマシンを倒しておかないといけないサーキットだ。慣れるに従って、ハインツは攻めどころをわかってきた。
「 The point is last corner . 」
(ポイントは最終コーナーだね)
とハインツは言った。バックストレートのスピードをできる限り落とさずに、ホームストレートにつなげることができるかが、ライダーの力量で決まる。特に最終コーナーは複合コーナーで、奥にいけばカーブがきつくなる。そこでマシンを倒せるかが、ライダーのチャレンジ精神が試されるのだ。ハインツはだんだん顔がほころんできていた。
金曜日、フリー走行。マシンの差は少なく、順位はいつもと大幅に違った。ジュンとハインツは、他のライダーと接戦だったが、なんとかAグループに入ることができた。
土曜日、予選1Aグループ。15分という短い時間、100分の1秒を争う予選は熾烈だった。ハインツとジュンはトップ10の予選2にすすめずに終わった。
午後3時、第1ヒートスタート。ハインツは予選12位。ジュンは予選13位だ。得意のランデブー走法は、スタートからとれない。ハインツはインから、ジュンはアウトスタートだからだ。第1コーナーでアクシデント発生。2台がからむ事故が起きた。ハインツとジュンは上手くそれをかわした。左に右にマシンを倒して、他のマシンについていく。
5周目、やっとタイヤが温まってきた。サインボードには「P8/9」と出ていた。スリップストリームが使える。バックストレートから最終コーナーまでスリップを使って走ると、メインストレートで抜くことができる。
6周目、スリップストリームを使って、メインストレートでハインツが2台を抜いた。ストレートエンドが上りになっているので、ブレーキングは比較的容易だ。ジュンもブレーキ競争で勝って、ハインツの後ろについた。
10周目、今度はジュンがハインツのスリップストリームを使って、ハインツともう1台を抜いた。ハインツも第1コーナーで抜いてきた。二人の呼吸は合っている。これがチームの最大のメリットだ。
15周目、トップ集団に追いついてきた。秋山・須藤・野田・高木・中嶋・ジュン・ハインツの順だ。目の前にはランキングトップの中嶋がいる。だが、なかなかスリップにつけなかった。結局、レースはこの順位で終了した。結果は次のとおりである。
①秋山S 116P ②須藤KW 95P ③野田Y 146P
④高木H 110P ⑤中嶋Y 158P ⑥ハインツH109P
⑦川口H 109P ⑧津野Y 100P ⑨前嶋S 56P
⑩関内KW 72P
1周目に転倒したのは、S社の加川とY社の中原だった。加川は年間3位争いの中にいる。もったいないことだ。転倒リタイアは大きく響く。2位に入った須藤は最古参のライダーだ。監督の剛士もいっしょに走ったことがあるという。今回の2位で年間3位争いに加わってきた。パドックで、須藤と剛士はお互いに冗談を言いながら、健闘を誓い合っていた。
日曜日、雨。結構な量の雨だ。波乱のレースの予感がした。午前のウォームアップでは、レインタイヤのチェックをするに留まった。
午後2時、第2ヒートスタート。ハインツは5位、ジュンは4位からのスタートだ。二人とも2列目に並んでいる。皆、転倒を気にして、スタートで無理なダッシュをしなかった。マシンのリアランプだけが頼りだ。しかし、1周目のラストコーナーでアクシデント発生。複合コーナーのカーブがきつくなるところで、1台が転倒。それに巻き込まれた1台も左のコースサイドに滑っていった。ジュンは、ハインツの後ろにいたが、水しぶきでスリップストリームにはつけなかった。
5周目、サインボードには「KEEP」と出ていた。無理するなということか。
6周目、第1コーナーで1台転倒。
8周目、第2ヘアピンで1台転倒。皆、慎重に走り始め順位の変動がなくなった。ジュンはどこで抜けるか探っていた。だが、前はハインツだ。その前はだれかわからない。無理してハインツを抜いて転倒したのでは、後で何を言われるかわからない。だが、前に行きたい。その気持ちは強かった。
10周目、ハインツがダンロップコーナーで仕掛けた。右90度コーナーだ。だが、リアタイヤが滑っている。ハインツはカウンターをあて、転倒せずにターンしていた。ジュンはその脇を通り抜けた。ジュンは、ハインツがきちんと立て直しをしたかどうかわからなかった。まずは、目の前のマシンに集中だ。抜くとしたら、やはりダンロップコーナーしかないかもしれないと思っていた。ここならば、スピードはさほど出ていない。ブレーキング競争を仕掛けられるのには最も良いところかもしれない。それをハインツが教えてくれたことに感謝だった。目の前のマシンの動きを見定めた。
15周目、前のマシンのダンロップコーナーでのブレーキングポイントがつかめた。
16周目、ダンロップコーナーでアタック。前のマシンのインに飛び込み、ブレーキング。向こうはインに入ってくるとは思っていなかったようだ。フルブレーキングで転倒を避けていた。
17周目、サインボードには「P8/9」と出ていた。「KEEP」のボードも出ている。監督の「無理するな!」の声が聞こえてきそうだった。でも、ハインツが後ろにいることは確認できた。
20周目、トップ集団で動きがあった。第1コーナーの飛び込みで2台がからんだ。皆、膠着したレースにやきもきし始めたらしい。
22周目、今度はアジアコーナーだ。1台がスリップダウン。コース上にマシンが転倒している。幸いなことに、ライダーはすぐに逃げて無事だった。ジュンは危うく転倒したマシンにぶつかりそうになったが、2本のイエローフラッグに気がつき、転倒したマシンの脇を通り抜けることができた。
23周目、アジアコーナーに差し掛かると、マシンは移動させられていた。コースオフィシャルの素早い対応に感謝だ。
25周目、ファイナルラップ。トップ4台は接近戦を演じている。ジュンたちは第2集団だ。トップ集団はラインを変えながら前を取ろうとしている。最終コーナーでインをさしたマシンがスリップした。やはり複合コーナーの変わり目で滑ったのだ。それに2台がからんだ。トップで須藤がチェッカーを受けた。ジュンが2位、ハインツが3位に入った。
表彰台の裏で、ジュンが須藤さんに話しかけた。
「須藤さん、優勝おめでとうございます」
「ありがとう。君の父親のおかげかな?」
「親父が何かしたんですか?」
「年なんだから無理するな。って言われたんだよ。俺も、お前のチームの二人に無理させるな。と言い返したけどな」
とワハハと笑って、表彰台に上がっていった。表彰の後、父親の剛士はまっ先に須藤に駆け寄っていた。男同士で抱き合っていたが、昔の親友が友好を深めているようで、画になっていた。次にジュンのところにやってきて、
「2度目の表彰台おめでとう。よく耐えたな。途中でちょっとヒヤリとしたけどな」
「オレよりハインツの方が欲求不満だったようだよ。ところで、須藤さんと何をしゃべっていたの?」
「あいつ、今年で引退するんだって、もう45を過ぎたからな。アラフィフってやつだ。ここで優勝できてよかったんじゃないかな」
ジュンは、華やかなレーサーの去りゆく後ろ姿を見ていた。自分もそうありたいと思った。荒れたレースの結果は次のとおりだ。
①須藤KW120P ②川口H 125P ③ハインツH129P
④高木H 128P ⑤加川S 97P ⑥中原Y 71P
⑦前嶋S 70P ⑧水田KW 82P ⑨天野Y 47P
⑩竹田H 16P 主なリタイア 野田・中嶋・秋山・津野
転倒リタイアが10台もいた荒れたレースとなった。年間ランキングリーダーの二人もファイナルラップのアクシデントに巻き込まれていた。巻き込んだのは、S社のエース秋山だ。年間ランク3位は4人の争いとなった。JSBのレースは鈴鹿8耐をはさんで2ケ月の休みに入った。
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