第31話 奮起のオートポリス

 鈴鹿から大分までは長かった。キャンピングカーはジュンとジュリアの担当だ。丸一日かかった。トランポは木村さんたちメカたちの担当。監督と岡崎さんは工具を積んだワゴン車。ハインツだけがスポーツカーでやってくる。

 木曜日、テスト走行日。マシンの調子はいい。他のマシンと遜色ない。ハインツも上機嫌だ。前半のスピード勝負のゾーンと後半のテクニカルゾーンと両方の顔をもったサーキットだ。どちらにセッティングするかがチームの力量だ。

 金曜日、フリー走行。ハインツとジュンは交互に前を走り、風の抵抗を減らしてタイムを伸ばした。ここはスリップストリームが有効なサーキットなのだ。二人とも予選1のAグループに入ることができた。

 土曜日、予選1Aグループ。二人は、トップ10に残った。予選2でも、二人はスリップストリームを上手く使い、予選3位と5位を得た。Y社の2台とH社の高木と並ぶことができたのである。

 午後3時、第1ヒートスタート。ジュンは上手くハインツの後ろについた。前半のスピードゾーンではなかなか抜けない。ジュンは2番目のヘアピンが勝負のしどころだと思っていた。上りきったところで、左の30Rというきついコーナーだ。ブラインドコーナーなので、ほとんどのマシンがスピードを極端に落とす箇所だ。

 5周目、90度コーナーでハインツと入れ替わった。前の3台は、陽動作戦にのってくれない。きちんと自分たちのラインを守って走っている。じっと前の3台のラインを観察した。するとヘアピンで極端にインに寄ることに気づいた。そのラインでは立ち上がりに難があるはずだが、下りになるので少々立ち上がりが遅くても大丈夫ということなのだろう。

 8周目、ヘアピンでアウトに膨らみブレーキング勝負をかけた。それでも前の高木はふだんどおりにインをおさえている。ジュンはカウンターをあてて、そこから急加速をした。新しいインジェクションが効果的だ。下りのストレートで高木と並んで走り、次の右コーナーでインをとった。SUGOの馬の背コーナーと同じような感覚だ。H社のエースを抜くことができた。

 9周目、ハインツを先行させる。後は、Y社の野田と中嶋だ。さすがのハインツも抜きどころを見つけられなかったようだ。

 15周目、ジュンがまた先行する。しかけるなら、やはり2番目のヘアピンだ。だが、先ほどのカウンターでタイヤが摩耗している。コーナーで少しずるずるしているのを感じる。無理はできない。転倒したら替えのマシンがないのだ。

 20周目、またハインツを先行させる。ハインツはコーナーで接近するものの立ち上がりで離される。フラストレーションが溜まるレースになった。そのままチェッカーを受けた。Y社2台には負けたが、H社の高木に勝ったことは収穫だった。順位と合計ポイントは次のとおりである。

 ① 中嶋Y 117P  ② 野田Y 116P  ③ ハインツH85P

 ④ 川口H  67P  ⑤ 高木H  72P  ⑥ 渡部H  60P

 ⑦ 前嶋S  50P  ⑧ 須藤KW 60P  ⑨ 加川S  65P

 ⑩ 津野Y  72P


 ハインツは年間ランキング単独3位になった。ジュンは6位に上がった。S社の秋山がコースアウト後、再スタートして下位に落ちたので、ジュンと同点となっている。チーム川口のピットは、晴れのレースで3位表彰台を獲得し盛り上がっていた。

 そこに佐藤眞二から祝福のメッセージとともに、鈴鹿8耐のオファーがきた。チーム川口単独では、耐久用のマシンがなく参加できないと思っていたので、監督の剛士はすごく喜んだ。それも昨年3位に入ったマシンだ。上位を狙えるチャンスもある。ジュンとハインツも心が躍った。だが、岡崎だけは浮かれてなかった。Y社に勝つためには、何かないか、マシンもライダーも遜色はない。だが、現段階では太刀打ちができないのだ。後は、空力しかないかと思っていた。

 日曜日、午後2時。第2ヒート。ハインツは8位ポジション。ジュンは7位ポジション。3列目に仲よく並んでいる。中嶋は4列目、野田はハインツの隣にいて、闘志むき出しだ。ジュンはセミリバースグリッドのおもしろさと厳しさを感じられるようになっていた。

 出走前、岡崎から

「今日はハインツの後ろではなく、高木さんの後ろを走ってみてください。空力を少し高速向きに変更しています。スリップから抜け出て、前に出られたら効果ありということになります。もし、できたら野田さんか中嶋さんにもやってみてください」

 マシンのサイドに小さなウィングがついているのだが、それを少し寝かしたらしい。その程度で、どれだけ効果があるのかわからなかったが、ジュンはやってみるしかないと思った。ハインツは、最初から野田か中嶋をマークしていくようだった。

 レーススタート。ジュンは高木についていけた。高速ゾーンでは高木と同じスピードで走れることができた。後は、どこで抜くかどうかだが、メインストレートエンドしかないと思った。ここのストレートは1kmもある。上手くスリップストリームにつければ抜くチャンスはあると思った。

 10周目、ジュンは高木にしかけた。しかし、高木にインをおさえられ失敗。高木もジュンのカウンター走法を熟知している。インを開ける走り方はしない。

 15周目、今度はアウトに振ってみた。でも、高木はアウトには寄ってこない。インをしっかりおさえられ、失敗。なかなかスキを見せない。さすがH社のエースだ。

 20周目、最終コーナーからジュンは高木についていった。ストレート中盤で抜く算段だ。ピット前で高木とラインを変えアウトに並んだ。あとはマシンを信じて走るだけだ。ストレートエンドが近づいてくる。だが、高木はまだブレーキをかけない。我慢比べだ。残り100mの看板で高木がブレーキをかけた。ジュンがリード。そこでフルブレーキングからカウンターをあてて、右ターン。得意の90度コーナーだ。やっと高木を抜けた。残り5周、前には3台。ハインツが3位を走っている。ジュンは追いつけそうもない。高木に抜き返されないことだけを考えた。

 24周目、2番目のヘアピンでトラブル発生。イエローフラッグが2本振られている。コース上にマシンが止まっている? ブラインドコーナーなので危ない。イエローフラッグが振られているところは、追い抜き禁止なので先頭のマシンがスピードを緩めた。それでジュンはハインツの後ろにつくことができた。ヘアピンを抜けたストレートでグリーンフラッグ。レース再開だ。

 25周目、ファイナルラップ。2番目のヘアピンでハインツがしかけた。アウトに膨らんでカウンターをあてる。立ち上がりで中嶋を抜き、トップの野田に並んだ。下りのストレートだ。次の右コーナー。どちらも引かない。ブレーキが間に合わず、2台ともオーバーランしてしまった。大きくコースアウトしたが、コース復帰できた。しかし、順位を大きく下げてしまった。

 結果は次のとおりである。

 ① 中嶋Y 142P  ② 川口H  89P  ③ 高木H  92P

 ④ 秋山S  85P  ⑤ 加川S  81P  ⑥ 津野Y  87P

 ⑦ 前嶋S  64P  ⑧ 須藤KW 73P  ⑨ 中原Y  56P

 ⑩ 関内KW 61P  ⑪ 野田Y 126P  ⑫ ハインツH94P


 年間ランキングのトップはY社の二人がダントツ。3位争いは混沌となってきた。ハインツ・高木・ジュン・津野・秋山・加川の5人が競っている。

 ジュンは初の表彰台を獲得できたが、ハインツのコースアウトで得た表彰台だ。周りの人たちは祝福してくれたが、ジュンは素直に喜べなかった。でも、ライバルの高木には実力で勝てた。そのことは救いだった。

 鈴鹿への帰路、ジュンとジュリアは山口県の秋芳洞に寄った。快適なドライヴ道を走り、爽快な気分に浸っていた。ハインツも誘ったのだが、早く鈴鹿へ帰りたいとスポーツカーを飛ばしてサーキットを後にしていた。景子と娘に会いたい気持ちの方が強いのだろう。

 洞窟に入ると、ぼんやりと照明がつき、薄暗い「百枚皿」という神秘的な箇所があるが、そこを見ていたら、かつてビデオで見た「八つ墓村」という恐怖映画のロケ地だったことを思い出した。そのことをジュリアに話したら、キャーと言ってジュンに抱きついてきた。そして、上目づかいでジュンを見上げる。いい雰囲気になった。薄暗くて、周りの人の目は気にならない。思わずキスをしそうになったが、カールの顔が浮かんだ。

「 Also no kissing . 」

(キスもだめ)

というジュリアの父の顔だ。

「 Sorry 」

(ごめん)

と言ったら、ジュリアの顔が不機嫌になった。でも、カールと約束したこと。我慢するしかなかった。辛い約束だ。


 次戦は、ハインツにとって初めての筑波。コースの短さに驚くだろうなと思うジュンであった。

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