第30話 因縁の岡山ラウンド

 5月初め、さわやかな季節の中、ジュンたちは岡山にいた。ハインツはそわそわして、練習走行に身が入っていなかった。景子が病院に入ったという連絡を受けたからだ。いつ産まれてもおかしくないと言われていた。そわそわしているのは、監督の剛士も同じだった。指示もそぞろに携帯電話を握りしめて、いつ来るかわからない連絡を心待ちにしていた。入院した木曜日の夜半、ピットを閉めようかという時、その時がきた。剛士には景子の母から、ハインツには岡崎夫人から連絡が入った。女の子だ。剛士とハインツはお互いに抱き合って喜んでいた。その後、「じいじ監督」と「ハインツパパ」がチーム内での呼び方になった。そう言われても、デレーとしている二人であった。

 マシンの高速域の不足は相変わらずだった。でも、岡山はテクニカルコースだ。ストレート勝負ではなく、コーナリング勝負がねらえる。上りの裏ストレートでは抜かれる可能性があるが、90度コーナーや後半のコーナーで抜くチャンスはあるのだ。ジュンは心が躍った。

 金曜日、フリー走行。ジュンは10番手のタイムをだした。ハインツは8位だ。明日は予選のAグループで走ることができる。トップ集団の中で予選を走れることは大きなメリットだ。

 土曜日、予選1Aグループ。ジュンはY社の津野の後ろにつくことにした。前回のMOTEGIのファイナルラップで争った相手だ。やはり裏ストレートの上りでは離されるが、その後の中速域の連続コーナーでは追いつける。抜くことはできなかったが、25周の間、このペースでいければチャンスがあるかもしれない。ジュンは、そう確信していた。その後の予選2にも進むことができ、ジュンは予選9位となった。隣の8位にはハインツがいた。今回もランデブー走法をすることになっており、チャンスがあれば90度コーナーで陽動作戦をすることになっていた。だが、燃費走行はなしとなった。上り下りが激しいので、タンク内でガソリンが波打つ心配があった。前回は運が良かったとしか言いようがなかった。

 午後3時、第1ヒートスタート。ハインツはスタートで出遅れた前のマシンを抜いていった。ハインツはパパになり、ルンルンだ。燃費を気にしなくていいので、思いっきりアクセルを開けているようだった。ジュンはスタートで遅れ、ハインツから離された。ランデブー走法が崩れた。ジュンは10位で終わった。ハインツは5位でフィニッシュした。順位と合計ポイントは次のとおりである。

 ① 中嶋Y 72P  ② 野田Y  69P  ③ 高木H 34P

 ④ 秋山S 48P  ⑤ ハインツH51P  ⑥ 須藤KW41P

 ⑦ 津野Y 50P  ⑧ 関内KW 27P  ⑨ 前嶋S 36P

 ⑩ 川口H 36P


 ハインツは年間ランキング3位にあがった。だが、S社のエース秋山とY社の3番手津野との3位争いを行っている。ジュンは8位にあがったが、これも僅差で前嶋と高木と争っている。それにしても高木の伸びが著しかった。Y社やS社のマシンと同等に走っていたのだ。後で知ったことだが、インジェクションを新しいものに換えたとのこと。岡崎さんと剛士がH社本部に譲渡を依頼したが、テスト中だということで、譲ってくれず情報もくれなかった。ファクトリーチームよりもポイントが上にもかかわらずなのにである。プライベートチームのつらいところだった。

 日曜日、午後2時。第2ヒートスタート。ハインツは6位ポジション。ジュンは1位のポジションでスタートだ。だが、ジュンはスタートでミスって集団にのみこまれた。やはり因縁のサーキットだ。ジュンはハインツの後ろについた。裏ストレートでは1台に抜かれた。高速の伸びがほしかった。

 5周目、ジュンが先行。隊列は1列になって走行している。サインボードには「P8/9」と出ていた。

 10周目、前のマシンのスリップストリームにつくことができた。そして、90度コーナーで勝負をかけた。ジュンはマシンを左に振って、ブレーキング勝負。タイヤひとつ出たところで、フルブレーキング。タイヤスモークがあがった。隣のマシンは止まりきれずにまっすぐコースアウトしていった。ジュンはあやうく巻き込まれるところだった。やはりアウトでしかけるのは危ない。相手はS社の前嶋だった。ジュンと同点の8位にいたライダーだ。ジュンに負けたくなかったのだろう。ジュンの脇をハインツが楽に抜いていった。

 11周目からはハインツが先行。ジュンはタイヤを無理したので、付いていくのがやっとだった。ハインツが前へ行かせようとしても、ジュンが抜いてこなかったので、ハインツは単独走を決め、ジュンから離れていった。そのままレースが終わった。

 順位と合計ポイントは次のとおりである。

 ① 野田Y  94P  ② 高木H 56P  ③ 中嶋Y 92P

 ④ 秋山S  66P  ⑤ 水田KW47P  ⑥ 渡部H 45P

 ⑦ ハインツH65P  ⑧ 川口H 49P  ⑨ 加川S 53P

 ⑩ 津野Y  61P


 ハインツは、年間ランキングを4位に下げた。S社のエース秋山が1ポイント差でリードした。でも、そんな悔しさは微塵も見せず、日本で購入したH社のスポーツカーをとばして、さっさと鈴鹿へ帰っていった。景子と赤ん坊見たさだったのだろう。ジュンとジュリアは半ばあきれた顔で見送った。ジュンは年間ランキング8位のままだ。気になったのは、H社のファクトリーマシン2台の躍進だ。2番手ライダーの渡部も6位入賞。例のインジェクション交換が功を奏していると思われた。

 翌日、景子が入院している病院へ皆で行った。ハインツは昨日のうちに来ていたということだ。もうレースのことはどこかへいっている感じのにやけた顔だ。ガラス越しに赤ん坊の顔を見たら、髪の毛が少ない女の子だった。鼻筋は整っている。さすがハーフだ。するとハインツとジュリアがドイツ語で言い合いを始めた。結構、顔を真っ赤にしてののしりあっている。いっしょにいた岡崎夫人に聞くと、

「ジュリアがね。私の赤ん坊の時とそっくりって言ったの。そうしたら、ハインツがそんなことはない。景子似だと言い張っているの。髪の毛が少ないのはジュリアもそうだったんだって。ハインツは髪の毛はすぐ伸びてくるって騒いでいるのよ。しょうもない兄妹ゲンカね」

皆は苦笑いするしかなかった。

 1週間後、ジュンとハインツは岡崎さんから呼び出された。工場の一角で行われていたエンジンテストを見せられた。すると、高速域の伸びが今までと違うことに気付いた。

「岡崎さん、これ、どういうことですか?」

ジュンが岡崎に聞いた。

「インジェクションを換えたんです」

「エッ? H社が新しいインジェクションをくれたんですか?」

「いえ、違いますよ」

「どういうこと?」

「KT社のインジェクションを加工したんです。セッティングに結構苦労しました」

「 Good ! We had a strong injection . Thank you Mr. Okazaki . 」

(いいね。俺たちは強いインジェクションを得た。ありがとう岡崎さん)

とハインツも喜んでいた。今まで苦戦していたのが、これで互角に戦えると思ったのだろう。


 次戦はオートポリス。手応えのあるエンジンを得て、わくわくするジュンであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る