第29話 H社のマシンでJSB再挑戦 ジュン22才

 今年のJSBのレースは全て2ヒート制になった。大きな変更点として、第2ヒートはセミリバースグリッド方式が採用された。第1ヒートで優勝したライダーは、第2ヒートでは10位のポジションからスタートする。反対に第1ヒートで10位だったライダーは、第2ヒート1位のポジションからスタートできるのであった。以下2位だったライダーは9位のポジション。3位のライダーは、8位のポジションからというように、1位から10位までが逆になるのである。

 一部のライダーからは、

「遅いマシンが前にいると危ない」

という反対意見がでたが、先行逃げ切りだけのレースだけではつまらないというファンからの意見が大勢を占め、レースファンを増やすために、このセミリバースグリッド方式が採用されたのである。

 原則、土曜日と日曜日に分けての開催だが、土曜日のレースが中止になると日曜日だけで2レースをする可能性がある。調子のいいチームはセッティングを変更しないで済むが、そうでないチームはメカの力量が左右する。「チーム川口」にとっては。厳しい状況だ。1年オチのマシンだし、チーフメカの岡崎さんにとっては、H社のマシンは初めてだったのだ。

 日程は4月 MOTEGI 5月 岡山・オートポリス 6月 筑波 

7月(鈴鹿8耐) 8月 SUGO 9月 鈴鹿 10月(MotoGP SUGO )

となっている。MotoGPがSUGOで初めて開催されることとなった。かつては、世界スーパーバイク選手権を開催したことはあるが、世界最高峰のレースを開催することで、地元は盛り上がっていた。MOTEGIと鈴鹿がコース改修や四輪のレースの関係で日程の調整ができなかったという点もあるが、SUGOのコース改修が終わり、コース幅が広がり、ピットが新しくなったということで、そのお披露目の意味もあった。一番大きかった要因は、佐藤眞二の働きかけだった。さすがレース界のレジェンドだ。SUGOを得意とするジュンにとっては、朗報だった。それとコースの短い筑波が組み込まれた。ジュンはアマチュアの時代に何度か走ったことがあるが、小さいマシンと大きいマシンではだいぶ違う。でも、ライバルチームとのマシンの差は少なくなると思われた。


 4月、サクラの花が散り始めるころ、ジュンたちはMOTEGIにいた。ジュンは22才、ハインツは25才になっていた。ベテランの多いJSBライダーの中では、まだ若手の部類だが、二人ともMotoGP経験者。メディアの注目も大きかった。ハインツは、久しぶりのJSB外国人ライダーでもあった。

 木曜日、合同練習日。チームにとっては、初の練習走行だ。数少ないテスト走行は、貴重な機会だった。ハインツとジュンは意気揚々とピットを出ていったが、予備のマシンはない。壊したらレースにも出られない。無理はできないことは二人ともわかっていた。

 二人は、新しいマシンに手こずっていた。KT社のマシンとはまるで違うのだ。特に、立ち上がり感がまるで違った。KT社のマシンは回転数さえ落とさなければ、スムーズに立ち上がるのだが、H社のマシンは6000回転ぐらいからの伸びが鈍いのである。低速域は、スムーズだが、高速域が息つきをする感じがした。よって、タイムも伸びない。Y社やS社のマシンについていけなかった。H社の新車はまだ走っていないので比べようがなかった。岡崎らメカ担当者は悩んでいたが、初めて見る傾向なので対策のたてようがなかった。

 金曜日、フリー走行日。H社の高木も出てきた。今年の新車だ。鈴鹿でテスト走行を重ねてきたようだが、やはり高速域の伸びが悪いようだ。H社のマシンそのものの特性なのかもしれなかったが、レースではハンディを負っているのと同じだ。

 土曜日、公式予選。昨日のフリー走行のタイムで2グループにわかれての予選1とトップ10のマシンで行う予選2がある。今までは単独走だったが、今年からはグループ走になった。ハインツとジュンは、フリー走行であまりタイムが出ず、予選1のBグループになった。13位から25位までのグループだ。1位から12位まではAグループで終了しており、トップ10に入るためには、1分48秒を切らなければならなかった。だが、Bグループからはそのタイムを出すマシンはなかった。ハインツが1分48秒5で予選14位、ジュンが1分48秒9で予選16位だった。H社の高木は1分47秒8で、かろうじて予選10位となった。トップ集団はY社、S社、KW社の9台で占められていた。

 午後3時、第1ヒートスタート。25周のレースが始まったが、ハインツもジュンもいいところなくレースを終えた。転倒やトラブルで脱落したマシンがいたので、結果はハインツが10位、ジュンが12位となった。高木はリタイアだった。H社のマシンは9位以内に1台も入れなかった。主な順位とポイントは次のとおりである。

 ① 野田Y 25P  ② 中嶋Y 22P  ③ 加川S 20P

 ④ 水田KW18P  ⑤ 津野Y 16P  ⑥ 秋山S 15P

 ⑦ 須藤KW14P  ⑧ 関内KW13P  ⑨ 前嶋S 12P

 ⑩ ハインツH 11P           ⑫ 川口H  9P

 リタイア 高木  0P


 その夜、チーム全員で対策を考えた。

「このままでは、ハインツは1位でスタートできても明日のレースでは上位にいけない。皆の知恵をだしてほしい」

と監督の剛士が切実な声でよびかけた。木村メカが口火をきった。

「高速域の伸びがでないのは、H社全般の共通です。今すぐには解決できないので、それ以外の対策でないと無理ですよね。タイヤを換えてみたらどうですか」

トップ9に入ったチームは、全てB社のタイヤだった。チーム川口のタイヤは今までの経緯もありD社を使っていた。スリックタイヤではB社にかなわないのは最初からわかっていた。

「ハードタイヤでいくということか? 暑くなればチャンスはあるが、天気予報ではくもりだ。あまり効果があるとは思えん」

剛士が厳しい声で答えた。これでは若手から他の意見が出ようもない。そこに岡崎が話を始めた。

「やはり、今はタイヤ選択しかないですね」

「岡崎さんもハードタイヤに賛成なのですか?」

「いいえ、ソフトのままです。ですが、タイヤを大事にして後半勝負に持ち込みましょう」

ジュンは、岡崎が当たり前のことを言っているのが不思議だった。

「ヒート2はハインツさんが1位で先行できます。ですが、すぐに集団にのまれるでしょう。そこで、ジュンさんがトップ集団にくいついていければ、ある作戦が使えます」

「ある作戦?」

そこで、ハインツが気がついた。

「 Slip-stream 」

「そうです。さすがハインツさん。最初の5周はハインツさんが前でジュンさんを引っ張ります。次の5周はジュンさんが前、その次の5周はハインツさん、そしてジュンさんの番で、最後の5周は真剣勝負です。いかがですか?」

「 OK . Good idea . 」

(いいよ。いい考えだ)

ハインツは乗り気だ。

「オレもいいっすよ。ところで、どこで抜けばいいんですか?」

ジュンは抜くタイミングがどこかわからなかった。すると、ハインツが

「 Ninety-corner 」

(90度コーナー)

と一言。すると岡崎が

「90度コーナーはお二人とも得意なコーナーなので、他のマシンと絡むこともないでしょうね。抜く方はイン。抜かれる方はアウトに行くでいいですね。ところで、もうひとつ作戦があるのですが・・・」

「岡崎さん、勿体ぶらないで言ってくださいよ」

ジュンは自分に視線が向けられているのがわかった。

「お二人のご理解と協力がなければできない作戦です」

「難しいことですか?」

ジュンは岡崎に何を言われるか不安だった。

「そんなことはありません。燃費走行をしてほしいだけです。中間の10周は他のマシンを抜かずに燃費走行に徹してほしいのです。スリップストリームを使えば、タイヤをいたわるだけでなく、燃費の節約にもなります。そこで、通常よりも少ない燃料でスタートします。その分、前半の10周は他のマシンより軽いので、何台かは抜けるはずです。どうですか?」 

「勝てるなら何でもやりますよ。と言いたいところだけど、燃費走行は苦手だな」

「そう言うと思いました。でも、それをやらないと最後ガス欠になりますよ」

「それはいやだな。仕方ない。燃費走行やりますよ」

そこに、ジュリアが口をはさんだ。

「 Jun & Haintz are on good terms and run . It is rendevous . 」

(ジュンとハインツが仲よく走るのね。ランデブーだね」

との声を聞いて、だれかが

「ランデブー作戦だ」

と言い出した。この作戦は、年間を通じて採用されることとなった。

 作戦会議が終わってから、監督の剛士と岡崎からハインツとジュンが呼ばれた。剛士が

「二人とも90度コーナーが得意だということから、思いついた作戦だが、陽動作戦をやってみないか?」

と言い出した。ジュンは何のことかわからず、

「90度コーナーで陽動作戦?」

といぶかった。岡崎さんは、ハインツに

「 Diversionary tactics at ninety-corner . 」

と話している。ハインツはわかったようだ。

「二人のうち前にいるライダーが、前を走るマシンとブレーキング競争をする。すると、相手は立ち上がりで遅くなる。そこを後ろにいたライダーがライン優先で抜いていくという作戦だ」

「おもしろそうだね。やる価値はあるね」

「まちがってもアウトでブレーキング競争をするなよ。相手がこけてきたら、巻き込まれるからな」

「OK」

ジュンとハインツは、グータッチで明日の健闘を誓った。


 日曜日、天気予報がはずれ、朝から降ったりやんだりをくりかえしていた。タイヤ選択はインターミディとした。他のチームも同様だった。これで、タイヤのハンディは少なくなった。

 午後2時、ヒート2スタート。雨はやみ、コースは乾き始めている。しかし、スリックタイヤに換えたマシンはない。ジュンは前のマシンのテールランプだけを見てスタートした。インサイドグリッドなので、大きな水しぶきは避けられた。第1・第2コーナーを無事に抜け、トップ集団についていけることができ、ジュンはハインツのスリップストリームに入ることができた。ハインツはスタートで無理をせず、トップ集団の後方に位置している。立ち上がりは昨日より調子いい。やはりタンクの量が少ない分なのだろうか。V字コーナーでハインツが1台抜いた。ジュンは次のヘアピンで抜こうとしたが、ラインはまだ乾いていないので、無理だった。だが、次の90度コーナーで前のマシンが早めにブレーキをかけたので、抜くことができた。

 2周目、メインストレートでまたハインツのスリップストリームにつけた。というか、ハインツがやや速度をゆるめてくれていた。そこからまたランデブー走法だ。

 3周目、またもやV字コーナーでハインツが1台抜いていく。ハインツの調子は上々だ。ジュンはヘアピンの立ち上がりで、1台抜いた。

 4周目、ハインツは獲物を狙うオオカミのような走りだ。またたく間に前走マシンに追いついていく。

 5周目、サインボードには「P8/9」と出ていた。8位と9位だ。ジュンはワクワクした。どこまで抜けるか楽しみになったからだ。90度コーナーでハインツがブレーキング競争をしかけた。そこをジュンが抜いていく。陽動作戦成功。

 6周目、サインボードには「P7/8」と出た。トップ集団が近づいてきた。だが、ここまでくるとなかなか抜けない。ジュンが引っ張る時には1台も抜けなかった。

 10周目、90度コーナーで入れ替わった。ここからは燃費走行だ。ハインツもキレのある走りはしなかった。

 20周目、ハインツがジュンの前に出て、ここから真剣勝負開始だ。もう燃費走行しなくてもいい。ハインツはまたもやオオカミのような走りにもどった。

 21周目、ハインツはトップ集団に追いついた。第5コーナーでラインを変えて強引に前のマシンを抜いていった。抜かれたマシンは抜き返そうとしてアクセルを開けたところで、コース左にスリップしていった。

 22周目、サインボードには「P6/7」。ハインツは5位のマシンに肉薄している。S字で接触しかねないほどプッシュしている。ラインはほぼ乾いている。V字コーナーで、ハインツがラインを変えた。まだ濡れているところだが、ハインツはカウンターを当てて曲がっていく。立ち上がりでまた1台抜いた。ジュンは90度コーナーでそのマシンを抜いた。これでまたランデブー走法ができた。

 23周目、ハインツとジュンはランデブー走法しながらトップ集団の尻についた。

 24周目、ハインツは90度コーナーでブレーキング競争をしようとしたが、前のマシンに幅寄せされて、カウンターをあてることができなかった。しかし、ジュンはスキをついて抜くことができた。ジュンが先行。

 25周目、ファイナルラップ。ハインツはV字コーナーで前のマシンを抜いていた。ジュン先行で、90度コーナーに入った。ここでジュンが陽動作戦をかけなければ男がすたる。アウトに行くと見せかけて、相手のインに突っ込んだ。ブレーキング競争でも勝った。2台ともフルブレーキングだ。タイヤスモークがあがる。その脇をハインツが抜いていく。アンダーブリッジは2台並んでヴィクトリーコーナーへ。ジュンが右でY社の津野が左だ。立ち上がり勝負。だが、タイヤひとつ分負けた。それでも、レースをした実感はあった。ピットはハインツが3位に入って大喜びだった。

が、第2コーナーを回るとハインツがマシンを降りていた。するとジュンのマシンもブスブスッという音を残し、止まった。ガス欠だ。第3コーナーからピットロードに行くショートカットの道があるので、ジュンは苦笑いしながらマシンを押してピットにもどった。順位と合計ポイントは次のとおりである。

 ① 中嶋Y 47P  ② 野田Y 47P  ③ ハインツH31P

 ④ 津野Y 34P  ⑤ 川口H 25P  ⑥ 秋山S  30P

 ⑦ 高木H 14P  ⑧ 須藤KW26P  ⑨ 前嶋S  31P

 ⑩ 加川S 31P


 Y社の2台は相変わらず速い。つけこむスキがなかなか見つからない走りだった。ハインツは年間4位になり、当面の目安の3位が見えてきた。ジュンは年間9位。まだまだだった。

 次戦は岡山。ジュン因縁のサーキットが舞台だ。

 

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