第28話 MotoGP挑戦 ジュン21才

 3月28日 カタールGP   ハインツ10位 ジュン12位

 4月 4日 ドーハGP    ハインツ 9位 ジュン11位

 4月18日 ポルトガルGP  ハインツ 8位 ジュン10位

 5月 2日 スペインGP   ハインツ10位 ジュン11位

 5月16日 フランスGP   ハインツ 8位 ジュン10位

 5月30日 イタリアGP   ハインツ 6位 ジュン 8位

 6月 6日 カタロニアGP  ハインツ 5位 ジュン10位

 6月20日 ドイツGP    ハインツ 4位 ジュン 6位

 6月27日 オランダGP   ハインツ 5位 ジュン 6位

 7月11日 フィンランドGP ハインツ 8位 ジュン10位


 ここまでジュンのチームは思うような成果を得られてなかった。新人二人のチームだから仕方ないと他のチームは見ていたが、KT社の関係者はそう見ていなかった。表彰台が一度もないというのが、問題視されていた。監督のジムは、KT社からの要求にいらいらしていた。次戦は、地元のオーストリアだ。何かこの状況を打破するのがほしかった。およそ一ヶ月のブランクの間、チームはテストを重ねていた。

 ジュンは鈴鹿8耐に参加するために、日本に一時帰国した。そこで、日本の岡崎さんからマシンの改良点を聞くことができた。日本のチームも同じマシンを使っていて、同じような悩みを抱えていたとのこと。そこで、マシンの改良をしたら改善が見られたというのである。それは、エンジンの冷却フィンの増設である。水冷エンジンなので、あまり重要視されていなかった部品だ。しかし、高速域の伸びが足りないことに着目して、いろいろ試しているうちに、効果が見られたということだった。MotoGPマシンにも導入してテストしてみると、最高速度が5%アップした。

 鈴鹿8耐は昨年よりも上位の6位入賞を果たした。そしてオーストリアGPを迎えた。


 8月15日 オーストリアGP ハインツ 3位 ジュン 4位


と、KT社が納得する結果を残すことができた。しかし、表彰台の中央はなかなか難しかった。S社のミロとH社のマルケルが優勝を分けあい、そこにY社のクワンタロが入り込むという構図だった。


 8月29日 イギリスGP   ハインツ 5位 ジュン 7位

 9月12日 アラゴンGP   ハインツ 6位 ジュン 8位

 9月19日 サンマリノGP  ハインツ 4位 ジュン 8位


これで、ヨーロッパラウンドは一時終了。この後、アジア・オセアニアと回り、最終戦のスペイン ヴァレンシアにもどってくる。ここまでハインツはそれなりの結果を残していたが、ジュンはぱっとしなかった。リタイアがないだけが救いだった。次戦は日本ラウンド。ジュンはこれまで初めてのサーキットが多かったので、苦戦を強いられていた。MOTEGIは何度も走っているコースなので、体が覚えている。他のマシンが走ってなければ目隠しでも走れると思っていた。それだけ自信があるサーキットだ。それ以上に心強かったのは、岡崎さんがサポートメカとしてチーム入りしてくれたことだ。KT社本部も岡崎さんの眼力を認めており、頼りとしていたのである。岡崎さんはジュンが表彰台にあがれる秘策を考えていた。しかし、天気予報はずっと晴れ。昨年のようなタイヤ選択はできなかった。

「ジュンさん、フリー走行時にマルケルの後ろを走ってみてください。特に見てほしいのは、S字の切り返しとV字コーナーのターンです。ここがジュンさんと大きな違いがあることがコンピュータの解析でわかっています。ヘアピンや90度コーナーはほぼ同じですから、MOTEGIならついていけますよね」

「岡崎さん、それって他のサーキットでは無理ということですか?」

「データはウソをつきません」

「相変わらず厳しいですね」

という会話の上で、ジュンはマルケルの後を追いかけた。1回目のフリー走行を終えて、

「マルケルの走り、どうでした?」

「さすがですね。S字の倒し込みは信じられないぐらい倒している。それを反対側に瞬時に切り返す技はさすが英雄です」

「V字は?」

「これが妙でアウトに大きくふくらんで、インインのラインなんです。倒し込みが鋭いので、できるテクニックなんですね」

「何が違うと思いますか?」

「膝の入れ方ですね。普通は膝を出しますが、マルケルは膝をたたむんです。その分、マシンを倒せるんですね」

「いいところに気づきましたね。ジュンさんできますか?」

「やるっきゃないでしょ」

「そうこなくちゃね。明日、楽しみにしています」

 翌日のフリー走行で、ジュンはマルケルの0.1秒差のタイムをだし、文句なく公式予選2にすすめた。

 土曜日、公式予選2。ジュンは今回もマルケルについていった。なんと0.08秒差まで縮んだ。予選はクワンタロ・マルケル・ミロの3人に続いての4位。初めて予選でハインツに勝つことができた。ハインツは6位。二人ともセカンドロウに並び、二人の間の5位には岩上がいた。

 その夜、キャンピングカーで作戦会議が行われた。ブルーベルカラーのキャンピングカーは目立っていたが、中にいるのはグロッケンチームのハインツとジュン。皆不思議がっていた。父親の剛士が乗ってきた車なのでおかしくはないのだが・・。

「岡崎さん、明日の秘策ってあるんですか?」

ジュンが口火をきった。

「な~に、いつもの金魚のフン走法ですよ。ジュンさんもハインツさんもフロントロウの3台の誰かについていってください。ポイントはV字コーナーです。クワンタロとミロは常識的なアウトインアウトのラインです。この二人にはマルケルラインで抜けます。そしてマルケル相手には、マルケルがアウトに膨らんだ時にインに入ります。するとマルケルラインがとれませんから、大きく膨らむか、ブレーキをかけるしかありません。ここが、マルケルの唯一の弱点です。問題はインに飛び込むタイミングですね」

通訳を介して聞いていたハインツは納得した顔をしていた。ジュンはマルケルの後ろを走っていて、確かにそうだとは思ったが、V字でインに飛び込むには、その前のS字でついていかなければならない。それが結構難しいと思っていた。

 ジュンはその夜も父親のキャンピングカーで寝た。決して寝心地がいいわけでもないし、真夜中でもパドックで作業をしている音が聞こえてくる。でも、ジュンはここが落ち着く場所だった。違うのは景子やジュリアがいないことだった。

 翌朝、早めに目を覚ました。朝もやがかかっている。ジュンはメインストレートにでた。誰もいない。ここで、自分のレースができるかどうか、今までは知らないコースということで、チームスタッフは勉強中と見てくれていたが、ここでは違う。慣れ親しんだコースなのだ。ましてや、セカンドロウからのスタートだ。皆の期待がひしひしと伝わってきていた。観客も前年度大会優勝者として見ている。タイヤ選択の勝利だと覚えているのは限られた人なのだ。ゆっくりと朝の空気を吸って、自販機で缶コーヒーを買って、キャンピングカーにもどった。コーヒーを飲んでいる間、ジュリアの笑顔を思い出していた。無邪気な顔は、やはり勝利の女神なのかと思った。しばらく会っていなかったので、会いたいと思っていたところ、そこにTV電話がなった。ジュリアからだった。

「 Hi ! Jun , are you fine ? 」

(ハーイ、ジュン、元気?)

ジュリアのいつもの笑顔だ。

「 Hi , Julia . I am fine . Where are you now ? 」

(ハイ、ジュリア。オレは元気だよ。今、どこにいるの?)

「 Quiz . Where would I be ? 」

(クイズ。私はどこにいるでしょうか?)

「 It is not Germany , is it ? Japanese sign is seen . 」

(ドイツじゃないよね。日本語の看板が見えるよ)

「 Ok , now I am in Narita airport . 」

(いいね、私は今、成田空港にいます)

「 Narita ? 」

(成田だって?)

「 A rewrite of graduation thesis was admitted finally . 」

(卒業論文の書き直しが、やっと認められました)

「 Congratulation ! 」

(おめでとう!)

「 There is another of surprise . 」

(もうひとつサプライズがあります)

「 What ? 」

(な~に?)

「 With Keiko , too 」

(景子も一緒です)

「 Wah ! Haintz is glad . ]

(ワォ! ハインツが喜ぶよ)

「 She rents a car . We go so that we may make for a final . 」

(レンタカーを借りている。決勝に間に合うように行くね)

「 OK , I am waiting . 」

(OK、待ってるね)

そこで、TV電話は切れた。勝利の女神がやってくる。ハインツがピットに来た時、そのことを話したら、ハインツは既に知っていた。あまり嬉しくないようだ。後で知ったことだが、姉の景子は妊娠していて、どこで産むか悩んでいたらしい。ハインツはドイツで産んでほしい。景子は日本で産みたいと言っていたらしい。ハインツはこのまま景子が日本に居着くのではないかと思っているようだった。

 

 決勝。ジュリアと景子は交通渋滞にはまって、スタートに間に合わなかった。でも、近くにはいる。それだけでも、ジュンは嬉しかった。

 スタートの合図とともに、25台のマシンが轟音とともに、第1コーナーへ突っ込んでいった。第2コーナーを過ぎたストレートではマルケル・ミロ・クワンタロ・岩上・ハインツ・ジュンと並んでいる。フロントロウの3台にはつけなかったが、タイヤが温まるまでは無理できない。まずは順位キープだ。

 4周目、タイヤが温まってきた。ハインツが岩上をV字コーナーで抜いた。あっさりとインをさしていった。さすがテクニシャン。将来のチャンピオン候補だ。

 5周目、ジュンが岩上をヘアピンの前で抜いた。岩上もV字コーナーで2周連続で抜かれるわけにはいかないので、ジュンがアウトに膨らんだ時点でインをおさえこんできた。これでは、マルケルラインは使えない。だが、インのマシンは立ち上がりが遅い。ジュンはアウトに回ったので、そこで岩上を抜くことができた。

 6周目、ハインツがクワンタロに襲いかかった。だが、暴れん坊のクワンタロだ。巧みにラインを変えて走っている。V字コーナーで抜けなかった。そこで、90度コーナーで勝負にでた。レイトブレーキングでインに飛び込み、例のドリフト走行だ。さすがのクワンタロもブレーキを強いられた。ハインツは3位に上がった。ただ、マルケルとミロは先行していて2台でトップ争いをしている。すぐに追いつけない距離だ。

 10周目、ジュンがクワンタロに追いついた。V字コーナーでマルケルラインで抜いた。ジュンは今年自己最高タイの4位に上がった。

 20周目、ハインツがトップ集団に追いついた。でも、なかなか抜くチャンスはない。

 25周目、とうとうファイナルラップになった。ハインツは、トップ集団に食らいついている。ジュンは単独で4位走行だ。後ろには岩上がついている。クワンタロはエンジン不調でリタイアしていた。ハインツは90度コーナーで勝負をかけた。マルケルが先行、ハインツはミロのインに飛び込んだ。ブレーキング競争だ。2台ともいつもより遅くブレーキをかけたが、ミロはリアを滑らせて、コースサイドのグラベル(砂場)に滑っていった。ハインツは何とか持ちこたえた。

 ジュンは岩上の追い上げに苦しんでいた。ダウンヒルストレートで追いつかれた。ジュンも90度コーナーでブレーキング競争を強いられた。ほとんど同時のブレーキングで、インにいたジュンが先をとった。そのまま、フィニッシュラインを越えた。3位入賞だ。今シーズン初の表彰台。昨年は中央だったが、今度は3位。でも、タイヤ選択の勝利ではなく、自分が抜いて勝ち取った3位だ。こっちの方が嬉しかった。ピットレーンにもどってきて、ジュリアと景子の姿を見つけた。勝利の女神は半分だけ微笑んでくれたようだ。

 ジュンが表彰台から降りてきた時に、ジュリアが抱きついてきてキスをした。その光景をTVがまだ中継していて、観客席には異様などよめきが起きた。レースアナウンサーが、

「今の女性はハインツ選手の妹さんです。ジュン選手のお姉さんはハインツ選手の奥さんですから、義理の妹ということになりますね。将来はどうなるのでしょうか」

と意味深なことを言っている。ジュンの女性ファンが一気に減ったようなどよめきが起きた。ジュンは、それよりもドイツにいるカールが見ていないか心配だった。見ていたら後で何を言われるかわからない。それが一番不安だった。

 その夜、昨年と同じレストラン「蓮」を貸し切り、チームのパーティーが行われた。そこで、岡崎さんが来シーズン、チームに本格的に参加することが発表された。ジュンのマシンのチーフメカになるのだが、今回のダブル表彰台は岡崎さんの力と、だれもが認めていた。岡崎夫人も亜美ちゃんも一緒に来るとのこと。ジュンは3位表彰台よりも、そっちの方が嬉しかった。パーティーはどんちゃん騒ぎとなった。各国の言葉がいきかい、何が何だかわからなくなった。

 ジュンが酔い覚ましに外に出ると、ハインツと景子がいた。景子は身重の体なのだが、話し合いをしているようだ。しばらくすると、ハインツが店内にもどっていった。ジュンが景子に近寄って話を聞くと、

「1年間、日本にいることに決めたわ」

と景子が話し始めた。

「こっちで赤ちゃんを産むんだね。ハインツは?」

「がっかりしてた。でも、別れるわけじゃないから」

「どうして、むこうで産まないの?」

「いくら少し英語がわかるといっても、お医者さん相手に話すのは通訳でも難しいのよ。それに、蒙古斑のでる赤ちゃんは珍しいので、医学生とかが出産を見学するんだって、モルモットみたいで嫌なのよ」

「へぇー、そうなんだ」


 翌日、ハインツがとんでもないことを言い出した。

「 I would like to run at JSB of Japan in next year . 」

(来年、俺は日本のJSBで走りたい)

 監督のジムらが、懸命に説得にあたったが、とうとう折れなかった。1年間といえども、景子と別れるのが嫌だったらしい。その後の3戦、チームは休止状態となった。結果、チームは解散。来年度のKT社は1チーム体制。事実上のファクトリーチームになった。チームスタッフの多くが、そちらに移っていった。そちらのチームはハインツの父親がメインスポンサーになり、ハインツがもどってこれる道を残してくれていた。

 問題は、日本で走るチームだ。剛士のチームはKT社との契約が終了したので、解散したばかりだ。ハインツのわがままで、KT社に迷惑をかけたので、再契約は難しかった。そこに助け船が現れた。佐藤眞二だ。

「H社が昨年のマシンなら2台提供してくれるってよ。もちろんそれなりのお金はかかるけどね。うちの会社もスポンサーになるし、他の企業からも申し出がある。それだけジュンとハインツに期待しているってことだよ」

 佐藤の申し出にジュンたちは心躍った。そこからは、とんとん拍子ですすんだ。多くの企業からスポンサーの申し出があり、足りない金額はハインツの父親が出してくれた。企業名は「Merkel farm 」(メルケル農場)となっていた。かわいい牛さんマークだ。

 チームスタッフは岡崎さんや木村さんをはじめとし、佐藤眞二さんとゆかりのあるスタッフがそろった。チーム「 Kawaguchi H 」の誕生である。

 剛士のバイクショップは、それなりに繁盛していた。以前は剛士と木村の二人だけしかいなかったが、今は5名のスタッフがいる。KT社の代理店は続いている。既にKT社のバイクを購入した客もいるので、そのメンテナンスも大事な仕事だったのだ。

 川口ファミリーで一番機嫌がいいのは、剛士だった。来シーズンもレースができるし、何より景子とジュンがもどってきたのである。チーム運営は何かと大変だが、それは今までも同じこと。喜びの方が多かった。だが、ジュンはひとつだけ気がかりだった。ジュリアのことだ。MOTEGIラウンドを終えて、ジュリアはドイツにもどっている。それにKT社からはファクトリーチームで走らないかという誘いもあった。ハインツからはJSBで一緒にやろうと言われている。父親の剛士もそのつもりだ。そこに、カールから連絡がきて、一度ドイツに来い。ということだった。

 12月のクリスマスシーズン。ジュンはミュンヘンに降り立った。空港にはジュリアが迎えにきてくれていた。

「 My father is cross . 」

(父の機嫌が悪いの)

とジュリアがぼそっと言った。どうやら、例のキスシーンの放送を見たようだ。ということだった。ジュリアの家に着くと、早速カールの部屋へ通された。

「 Jun , where will you race next year ? 」

(ジュン、おまえは来年どこでレースをする気だ?)

と挨拶なしに聞いてきた。

「 I prefer to race in Japan . 」

(できれば日本でレースがしたいです)

「 It will be so . Julia is saying that she would like to go to Japan . 」

(そうだろうな。ジュリアが日本に行きたいと言っている)

「 It is heard so . 」

(そう聞いています)

「 What do you think for Julia ? 」

(ジュリアのことをどう思ってる?)

 とうとう肝心の質問がきたとジュンは思った。もうごまかすことはできない。

「 I think of Julia as an important person . 」

(ジュリアは大事な人だと思っています)

「 Do you have a mind to get married ? 」

(結婚する気はあるのか?)

「 A race is important now . But if I become a first-class racer , I propose . 」

(今はレースが大事です。でも、一流のレーサーになれたらプロポーズします)

「 Good . If it will be within third position a year next year in Japan . I will call to my team . 」

(いいだろう。来年、日本で年間3位なら、ウチのチームに呼んでやる)

「 I am glad . Thank you very much . 」

(うれしいです。どうもありがとうございます)

「 Up to that , don't take up Julia . Don't also kissing . 」

(それまで、ジュリアに手を出すな。キスもだめだ)

 カールの剣幕にジュンは小さな声で、

「 I see . 」

(わかりました)

 としか言えなかった。

 翌日、KT社の寮に行き、荷物の片付けをし、愛車のBMWをカールに返した。これで、しばらくヨーロッパとお別れ。日本行きの飛行機にはジュリアも一緒だった。


 またJSBでのレースが始まる。しかし、ファクトリーの支援ではない。1年オチのマシンでの闘い。ジュンは、気を引き締めていた。

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