第25話 最終戦 鈴鹿 歓喜なるか

 9月末、鈴鹿ラウンドが始まった。今シーズンの最終戦だ。年間チャンピオンは中嶋で確定している。2位が野田でこれも今回10位以内で決定。3位の高木と4位ジュンは5ポイント差。5位の丸山との差は6ポイントだ。ジュンは2年契約なので、年間ポイントは来年度気にすればいいと思っている。まずは目の前にあるレースに集中することだけを考えていた。ポイント争いは余計なことだった。

 土曜日の予選。トップ10トライアルが採用された。ジュンは1次予選8位で通過した。トライアルには3番目に走る。一人3周走って、3周目のタイムが予選タイムとして採用される。他のマシンがいないので、必ずクリアラップがとれる。トップライダーたちからは好評だった。

 ジュンはコースレコードに迫る2分3秒7を出した。驚異的なタイムといえる。高速コーナーの走りが秀逸だった。後から走るライダーにプレッシャーを与えるには充分だった。4番目から7番目の4人はジュンのタイムを抜けなかった。8番目のH社の高木の番になった。今までのコースレコード保持者だ。2分3秒6。ジュンを上まった。9番目は中嶋。2分3秒7。100分の5秒差で中嶋がジュンの前。最終は野田だ。2分3秒5のコースレコードをたたきだした。年間チャンピオンにはなれなかったが、今年一番早いのは自分だ。と言わんばかりだった。ジュンは予選4位となった。S社の丸山は5位につけている。チームメートの青木兄は11位だ。復帰戦だから無理はない。

 その夜は、自宅で静かにしていた。金ちゃんラーメンに行こうと誘われたが、興奮しそうになるので、自宅で今日の走りをビデオチェックしていた。特に注目したのは、高木と野田の走りだ。コースレコードを出すには、どのラインで走ればいいのか、それをチェックしていた。すると、ヘアピンのラインが微妙に違うことがわかった。ジュンよりもややアウトから入って、インインの感じで立ち上がっていく。ジュンはアウトインアウトになりがちだ。ここで、0.2秒の差が出たことがわかった。このラインで走ることができれば、二人と同等の走りができる。ジュンは満足して寝床に入った。

 日曜日、晴天。気持ちのいい日だ。午前のウォームアップでも好調だった。8耐で飽きるぐらい走ったので、コーナーの角度を体が覚えているような感じがした。

 午後2時、決勝スタート。ジュンは野田に食いついていった。隣の丸山が好スタートでジュンの前に出た。S字コーナーで隊列ができ、野田・高木・丸山・ジュン・中嶋の順となっている。年間チャンピオンを決めている中嶋は無理をしていない。

 3周目、高木がトップにたった。ストレートはH社の方がY社よりも速い。野田は無理をせず、高木の走りを見ているようだった。ジュンはおのずと丸山とのバトルになった。丸山の走りを見ていると、ヘアピンの立ち上がりがおそい。今までのジュンと同じラインだ。

 10周目、ジュンは勝負をかけた。ヘアピンでアウトに振って、丸山とラインを変えた。すると、予想どおり立ち上がりで鈴木を抜くことができた。あと2台。10mほど離れているので、徐々に差を詰めることだけを考えた。幸いに、トップ2台で牽制しあっているので、しだいに差を詰めることができた。

 20周目、ジュンはトップ2台に追いついた。残り5周。ここで野田が高木を抜いた。シケインの突っ込みでレイトブレーキングをして、インを抑えたのだ。さすが、テクニックはピカイチだ。

 21周目、野田・高木・ジュン・丸山・中嶋のトップ集団になった。

 22周目、ジュンは高木の走りを観察していた。ストレートは速い。

 23周目、高木のマシンがぶれ始めた。タイヤの消耗か?

 24周目、ジュンはシケインで突っ込んでみたが、高木にインを抑えられ抜けず。

 25周目、ファイナルラップ。ジュンはコーナーのたびに、アタックして高木と並ぶことはできるが、インを抑えられ抜けない。だが、スプーンカーブで高木のマシンがぐらついた。インがあいた。そこにジュンが飛び込む。ジュンが2位に上がった。(やったぜ!)と思いながらチェッカーを受けた。でも、野田には勝てなかった。バトルさえできなかった。2位で走るウィニングランは哀しい。スロー走行をして手を振っている野田を抜く時に、祝福の合図をしたが、次回のMotoGPでリベンジだと心に誓った。

 ピットレーンのポディウム(表彰台)下に来ると、監督の剛士が

「おめでとう。年間ポイント3位だ」

と教えてくれた。

「エッ! 高木さんは?」

「5位。あの後、丸山と中嶋にも抜かれた。この前の転倒で手に痛みがあったらしい」

 表彰台裏に行くと、野田に

「これでSUGOの借りは返したよ」

と言われた。そこで、

「次のMotoGPで決着つけましょう」

と返した。すると、

「せいぜいがんばりたまえ。俺は、MotoGPで3位以内に入れば、来年フル参戦できる。俺の相手は世界のトップライダーだよ」

その言葉に、ジュンは何も言えなかった。表彰台の上でもジュンの心の中では、(MotoGPフル参戦)という言葉が渦巻いていた。自分も行きたいと本気で思った。去年、Moto3で回った世界の最高峰の舞台だ。今までは夢の舞台だったが、自分もその近くまでやってきたと感じていた。

 自宅にもどると、岡崎夫人が無事出産したという知らせが入った。女の子だった。翌日から岡崎さんは定時で帰るようになった。病院直行だ。岡崎夫人が退院すると1週間休みをとった。岡崎さんと1週間も会わないのは初めてだ。育児休業である。というより、家事を全てしていたらしい。仕事復帰した時には少しゲソッとしていた。でも、娘さんの写真を見ている時は、デレーとしている。名前は、亜美と名付けたとのこと。アジアの美しさとフランス語のAmi(友だち)を兼ねたということだった。もちろん、岡崎夫人が考えた名前である。


 次戦は、MotoGP日本ラウンド。得意のMOTEGIが舞台だ。マルケルやルッシたちと走れると思うと、興奮で寝られないジュンであった。

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