第22話 念願の鈴鹿8耐
7月末、鈴鹿8耐となった。チームには耐久用の新車が2台届いていた。そして、TV局のスタッフも大勢来ていた。関西のVテレビである。KT社のマシンが鈴鹿8耐に初参戦するからではない。実は、ジュンのプライベートスポンサーである「金ちゃんラーメン」が関係している。今年、関西でブレイクしたお笑いコンビの「金ちゃんず」がバイク好きで、鈴鹿8耐のことをネタにしていたら、その話の中で、ジュンのつなぎの「金ちゃんラーメン」が出てきたのである。そこで、「金ちゃんず」の二人が、鈴鹿8耐のメカスタッフとして参加しようという企画がでて、KT社と交渉し、了解をもらったのである。KT社としても優勝をねらっているわけではないので、初参戦が話題になれば、KT社のいい宣伝になると考えたようである。
監督の剛士は頭を悩ませたが、TV局スタッフと相談し、8回のタイヤ交換の内、1回だけ前輪のタイヤ交換をする画を残すということで妥協した。もちろん、画像には映らないが岡崎さんが横で見守り、最終チェックをするという条件つきだった。
ちなみに金ちゃんずの漫才は次のようなものである。
「俺、鈴鹿8耐で走るマシンのスポンサーなんだぜ」
「うそばっかり。そんな金もってないだろ」
「あるところにはあるんだよ。ライダーのつなぎに金ちゃんラーメンというのが書いてあるだろ。ほら」
と言って、ジュンのつなぎの写真を見せる。ジュンの顔はわからない。
「いつからラーメン屋になったんだよ!」
「まだだよ。鈴鹿8耐は7月だから、7月からラーメン屋になるんだよ」
「それじゃ、俺たち解散か!」
「解散しないよ。去年の8耐で言ったじゃないか、鈴鹿で会おうって!」
という漫才で、ボケの金太郎がライダーの真似をするのが観客に受けていた。突っ込みの金閣は白バイ役をするのが受けていた。
レース1週間前からTVクルーがやってきて、金ちゃんずのタイヤ交換の特訓風景を録画していた。最初は、とてもぎこちなくチームの面々は笑いを隠せなかった。担当の岡崎さんだけは真顔だった。お腹の大きい岡崎夫人もTVクルーへの賄い等でやってきていた。KT社が受けた企画なので、監督の剛士に任せるわけにはいかなかったのだろう。それでも、ジュリアはアイドルになっていた。片言の日本語で、金ちゃんずと掛け合いをし、それが面白いと画面に収まっていた。夜は、近くの金ちゃんラーメンで食事をすることが恒例となっていた。金ちゃんラーメンの主人の、TVに映るので気合いが入っていた。
木曜日、フリー走行。第1ライダーは青木兄(ブルー)、第2ライダーは青木弟(イエロー)、第3ライダーがジュン(レッド)である。それぞれのカラーの腕章をつけている。チームのマシンは改造範囲が少ないSSTクラスだ。世界を転戦しているEWCのマシンよりは若干最高速度が落ちるが、コンスタントなタイムを要求される耐久レースなので、マシンの差はほとんどなかった。監督の剛士から予選の目標タイムは2分10秒台と出された。コースレコードは、2分6秒台だが、剛士はチームのみんなに
「目標は完走! チャンスがあれば10位をねらうが、それはレース後半になってからだ。完走すれば報奨金が出る。順位が良ければプラスαがあるとKT社から言われたぞ!」
TV放送もあり、初参戦で完走すれば話題になる。KT社にとってはいい宣伝になるが、途中リタイアでは、むしろマイナスになる。完走は絶対条件だ。
金曜日、公式予選。ブルー・イエロー・レッドの順番でアタックする。速いのは、やはりY社の中嶋だ。過去4回優勝している。コースレコードに近い2分6秒台後半を出した。
イエローでは、レジェンドのH社の佐藤眞二が出てきた。佐藤は剛士と同郷で、親同士は親交があるという。かつては、同じレースで走ったこともあるという。佐藤はポール男という異名をもつベテランで過去7回もポールをとっている。でも、今回は中嶋のタイムに届かなかった。
レッドでは、Y社の野田が速かった。なんとポールの2分6秒3を出した。
チームでは、青木兄が2分8秒6を出した。以前はスーパーバイクに乗っていたが、リッターバイクは久しぶりだ。相当気合いが入っていたのだろう。青木弟は手堅く2分9秒台。ジュンは2分10秒に終わった。TVクルーは、帰ってきたベテランということで、青木兄にスポットをあてていた。結果的にトップ10に入り、土曜日のトライアルに進めたからである。
土曜日、4時間耐久レースの後に、トップ10トライアルが開始。青木兄は頑張って走ったが、さすがに歴戦のライダーにはかなわず、10位のままだった。でも、KT社からはお誉めの言葉をもらった。TVに映る時間が増えたのだから無理もない。
その夜は、前夜祭でお祭り騒ぎだ。ナイトインピットウォークがあり、チームスタッフはマシンの整備の様子を観客に見せなければならない。ジュンは大勢に囲まれるのが嫌なので、早々に自宅にもどった。ジュリアは前夜祭が気になっていたようだが、どこか物寂しいジュンが心配で、一緒に帰ってきた。木村さんたちメカは、簡易ベッドをしいてピット内で寝るということだった。鈴鹿にはキャンパーも多く、一晩中大騒ぎだ。
日曜日、天気は晴れているが、午後からくもり、一時雨という予報だ。気温は35度まで上がるという。朝で30度になっている。昼の走りは暑さとの戦いになりそうだ。一番手は青木兄・二番手は青木弟・三番手はジュンということで、基本25周で交代ということに監督の剛士は決断した。他のチームは28周程度で交代だが、それだと1時間近くなる。暑さとの戦いや、後半のバテを考えて少しだけ短めにした。その分、ピットインの回数が増えるが、完走が目標ということで安全策をとったのだ。ただし、レースの流れで変更になるかもしれないと、3人のライダーには伝えられ、3人とも納得していた。
午前11時半。ルマン方式でスタート。スタートダッシュはあまり必要ないが、トップ集団は勢いよく飛び出していった。S字コーナーをトップで抜けていったのは、Y社の野田だ。ポールをとって調子づいているようだ。青木兄は第2集団の中にいた。順位は15位だ。さすがベテラン、焦ってはいない。しかし、陽射しが強い。気温は33度。路面温度は50度を超えている。そろそろ交代という20周目、青木兄がペースを上げた。交代前に順位を上げておこうという考えなのだろう。
スプーンカーブで1台抜いて130Rを越えたところで、マシンがぐらついた。と思った瞬間、青木兄はマシンからとばされた。マシンはそのまま走り、コースサイドの右側のスポンジバリアに突っ込んでいった。青木兄は立ち上がり、マシンに近寄っていった。モニターで見ていたチームスタッフは、まずは一安心だ。後はマシンが動くかどうかだ。エンジンはかかった。だが、青木はクラッチペダルのところをやたらさわっている。どうやらギアトラブルだ。マシンにこぶしをたたきつけている。ここでリタイアかとおもいきや、青木兄はマシンを押し始めた。シケインを抜ければ、ピットレーンはすぐだ。モニターは青木兄の押すシーンを流している。ピット内にいるTVクルーはモニターを見つめる監督の顔や、金ちゃんずの困惑した顔を映している。20分ほどで、青木兄はマシンをピットにもってきた。TVクルーは
「これぞ8耐です。32才のベテランが転倒してもマシンをピットに連れてくる。ふつうのスプリントレースでは見られない光景です」
チーフメカの岡崎さんがマシンを見て、
「クラッチペダルが折れています。カウルとペダルを交換すればいけます」
と言い切った。監督の剛士の
「よし、行くぞ!」
との号令でチームはまた動き出した。金ちゃんずの出番はなかった。
青木兄は、ハイサイドで転倒したので、医務室へ連れていかれた。脳波検査は大丈夫だったが、肋骨を折っていた。よくぞ、その体でマシンを押してきたと思うが、本人は
「あそこから少し下っているから押せたんだよ。マシンをもってこなかったら、弟に何を言われるかわからんからな」
と、汗をふきふき話をし、その後病院に連れていかれた。
12時40分、青木弟がスタート。残り二人になったので、交代のタイミングが28周になった。およそ1時間だ。それ以上だとガス欠になる可能性がある。トップから15周遅れだ。ダントツのビリ。それでも完走が絶対条件だ。無理はしない。極端に遅いマシンの時だけ抜いた。
1時40分、ジュンへ交代。ここで金ちゃんずが登場。前輪タイヤの交換を行った。ビリだから焦らなくていいと言われて、二人はなんとかやり終えた。チーフメカの岡崎さんがTVに映らないところで見守り、最後にがたつきがないか確かめて、ゴー! 後で放送を見たら、うまく編集されていて岡崎さんは映っていなかった。岡崎さんは恥ずかしがり屋なので、TVクルーになるべく映さないでくれと頼んでいたらしい。金ちゃんずの二人は、この後サインボードを出す係になった。そのサインボードがその後、重要になってくるのである。
ここで、給油担当の木村さんが、岡崎さんに妙なことを言ってきた。
「岡崎さん、給油タンクにガソリンが残っていますよ」
「なんでだ? ちょうど入るはずなのにどのくらい残っている?」
「2リットルぐらいです」
「そんなにか、うまくいけば1周走れるな。監督にも話しておこう」
岡崎さんと監督の話で、もう一度様子を見ようということになった。もしかしたら、燃費が予想よりもいいのかもしれない。
2時40分、青木弟へチェンジ。給油はまたもや2リットル近く残っている。タンクに満タンに入ったことは確認した。明らかに燃費がいい。高速走行を抑えているからかもしれない。サインボードで1周追加のサインを出した。
3時50分、ジュンへチェンジ。給油は1リットル残っている。まだいける。30周まで伸ばせるかもしれない。とチームのだれもが思っていたら、雲行きがあやしくなってきた。岡崎さんと監督が天気予報のレーダーに見入っていた。
「監督、もうじき雨が降りますよ。次からレインでいきませんか」
「そうだな。この雲の流れは、雨近しだな。よし、レインでいくぞ」
4時30分、少し早いが青木弟へチェンジ。レインタイヤで出ていった。他のチームはまだスリックタイヤ(晴れ用タイヤ)だ。雨はまだ降らないと判断したのだろう。ほとんどのチームがライダー交代をし終えた4時40分ごろ、どしゃぶりの雨が降ってきた。まるでスコールだ。スリックタイヤのマシンは大幅な減速とタイヤ交換を強いられた。また、いたるところでコースアウトをしている。そこを青木弟は難なく走っている。さすがベテラン技だ。雨は30分ほどでやんだ。他のチームはレインタイヤからまたスリックタイヤへの交換を強いられた。そこをジュンのチームは無駄なピットインをせずに済んだのである。
5時20分、ジュンへ交代。スリックタイヤででた。雨が降ってくれたおかげで、陽射しが柔らかくなった。サインボードには「P15」と出した。先ほどの雨でピットインや修理を強いられたマシンが多かったのだ。予選時の10位まで、もう少しだ。同一周回数に5台のマシンがいる。あと2時間弱、ノーミスでいけばいけるかもしれない。と監督と岡崎は目を合わせた。TVクルーもビリからの挽回に浮かれている。金ちゃんずの二人もサインボードをかかけながら、ジュンへ声援を送っている。
6時20分、青木弟へチェンジ。最後の交代だ。ジュンは3回のライディングでへとへとだった。青木さんには予定外の4回目をお願いすることになり、若者としては不甲斐ないと思ったが、青木さんの
「任せておけ」
という声に期待することにした。7時にライトオン。鈴鹿ならではのナイトレースの開始だ。ストレート前ではマシンのゼッケンしかわからない。それも一瞬だけだ。頼みはモニター画面だった。サインボードには
「P14」・・・「P13」と順位だけが表示される。
7時30分、フィニッシュ。チェッカーが振られた。優勝は、常時リードしていたY社のマシン。ポールトゥウィンだ。ジュンのチームは12位だった。予選時の10位には届かなかったが、初参戦で途中転倒したわりには、上々の成績だった。金ちゃんずの二人もチームスタッフと抱き合って喜んでいた。ジュンも金ちゃんずに抱きつかれた。その後、ジュリアにも抱きつこうとしたので、ジュンは強固に阻止した。ジュリアは、その時のジュンの顔がおかしくて笑っていた。そこへ青木弟がマシンのエンジンを止めたままでピットにもどってきた。
「S字でガス欠になっちゃったよ。そこからマシンを押して、ピットレーンからは下りなので乗ってきたよ」
疲れた顔をした青木弟は、皆から拍手で迎えられた。その夜、金ちゃんラーメンの店で大反省会という名目のどんちゃん騒ぎがあったことは言うまでもない。
1週間後のTV放送は、金ちゃんラーメンの店で皆で一緒に見た。この日は主人のおごりだった。何せ、店の宣伝を無料でやってくれるからである。前半はメカの修行で苦しむ金ちゃんずの二人。木村さんとかは顔が出る度に大騒ぎだった。ジュリアもちょこちょこ出てきてアイドル扱いだった。ジュンのガールフレンドとは紹介されず、昨年のMoto3チャンピオンの妹という紹介がされていた。
ライダーは青木兄弟が中心だった。転倒してピットまで押してきた青木兄、そして雨の中、追撃をした青木弟、話題性ではジュンはかなわなかった。でも、岡崎さんはジュンの堅実な走りを評価していた。そろそろJSBでアタックさせてもいいかと思っていた。
次は、真夏のSUGO。ジュン得意のコースだ。ジュンは闘志を心に秘めていた。
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