第9話 MotoGP 日本ラウンドMOTEGI
10月、朝夕は肌寒い日に、MOTEGIにGPライダーがやってきた。ジュンは日本人ライダーの佐伯が所属するKT社のチームからワイルドカード参戦することになった。マシンはKT社の新車だ。ゼッケンは93。そのゼッケンを見て、ジュンが
「だせー番号だな。クサーだよ。やたら重いな」
と言うと、木村メカが
「何を言っているんですか。かの英雄マルケルのゼッケンですよ」
「そうだけどさ。いかにもワイルドカード参戦丸出しの番号じゃない?」
という会話を聞いて、マネージャーの新村が口を開いた。
「私の決めた番号に文句をつけるわけ? わたしの名前、クミだから・・・」
「エッ! 新村さんてクミっていうんですか。知らなかった。すみません。93のゼッケン大事にします」
というジュンのかしこまった言い方に、周りは笑いを隠せなかった。
「ところで、親父と姉貴は?」
「チーム監督のシュナイダーに挨拶をして戻ったよ。私たち3人はKT社の人間だからチームスタッフに入れるけれど、監督と景子さんは部外者だからピットに入れない。それがワイルドカード参戦の条件だから・・・」
ジュンがキャンピングカーに戻ると、そこには姉の景子がいた。
「姉貴、親父は?」
「鈴鹿に帰った。ここにいると口出ししたくなるんだって。お母さんと一緒にTVで応援するって」
「フーン、親父寂しいんじゃないかな?」
「だと思うよ。ジュンが世界に行ったら、こうなるかもな。とも言っていたよ」
「その時は、ヨーロッパに招待するよ」
「おお!、もうその気でいる。せいぜいがんばってね」
金曜日の練習走行。世界のライダーの走りはあまり速く感じなかった。ジュンは1分59秒台で、10番手のタイムをだしていた。ジュンより速いのは日本人ライダーの5人と、去年も走ったライダーだったが、一人新人ライダーがいた。「ハインツ・メルケル」だ。来年、KT社の別のチームからレギュラー参戦が決まっていた。今回はレギュラーライダーの代役参戦だ。
夜に、マネージャーの新村さんを介して、一緒に食事をした。姉の景子も一緒で、ハインツは景子とばかり話をしようとしていた。新村さんは、英語だけでなく、ドイツ語も話すことができる。大学時代にドイツに留学したことがあるとのこと。ジュンはチンプンカンプンだった。食事後に、新村さんから
「世界に行くなら、英語話せないとね。なんなら教えましょうか?」
と言われた。新村さんのレッスンを想像すると寒気がした。
土曜日の予選。昨日とうってかわって、皆スピードを上げる。ジュンはびっくりしてしまった。たった1日でコースの特性をつかんだのだ。ジュンは1分59秒1で12位のタイムだった。参加台数は、25台だからほぼ中間だ。トップから1秒おちである。同じチームの佐伯は、ジュンより0.5秒速く、予選5位。ハインツは予選9位。ジュンの前になった。
その夜、ジュンは岡崎らとミーティングを行った。本来ならば、チームメイトの佐伯も交えるところだが、何を考えているのか、とらえどころのない人物だった。ジュンより2才年上のライダーで年間6位のポジションにいる。一度3位の表彰台に上がっている。地元MOTEGIで表彰台を狙っているとのことだった。
「岡崎さん、このままでは集団にのまれ、上位は望めない。何かいい手だてはないですか?」
「私は、ライダ-出身じゃないですから、はっきりとは言えませんが、ジュンさんの前に佐伯さんとハインツさんがいます。前半はこの二人のどちらかについていけばいいのでは?」
「ついていけなかったら・・・?」
「その時は、世界をあきらめるのみ」
「たしかに、世界を相手にするわけですから、そうそう簡単じゃないですよね」
寝ようという時間に、鈴鹿の父親から電話がきた。
「ジュン、明日の決勝は混戦だ。混戦の際に無理して前に出るな。集団の後ろでいい。きっと周回ごとに順位が入れ替わる。ポイントはV字コーナーと90度コーナーだ。この二つが勝負のしどころ、後半5周が勝負だ」
親父のアドバイスが嬉しかった。
日曜日、晴天となった。キャンピングカーから出ると、やや肌寒かった。しかし、太陽が出れば暖かくなると思った。タイヤはミディアムかと思ったら、チームの方針はソフトタイヤだった。15周もつかと不安だったが、そうでなければ序盤でリードはできない。後半は、タイヤの使い方が上手いライダーが勝つのだ。それが世界なのだ。
午前のウォームアップで、タイヤの皮むきをした。たくさん走るとタイヤがたれてくるので、3周でやめた。戻るとチーフメカの岡崎が近寄ってきて、小声で話しかけてきた。
「レースでは、佐伯さんとハインツのどちらにつきますか?」
「やはり前にいるハインツかな」
「でしたら、ブレーキのセッティングをハインツと同じにします。隣のピットに知り合いがいるので、偵察してきますよ。監督には内緒です」
決勝のグリッドにつく前に、岡崎から
「ブレーキ、少しきつめにしておきました。これでハインツと同じです」
「ハインツはきつめのブレーキを選択した? ライン重視ならそんなにブレーキをきつくしなくてもいいのに・・・?」
とジュンは思ったが、その理由は後で分かることになる。
決勝スタート。ジュンはグリップのいいタイヤのおかげで、ダッシュに成功。ハインツも好スタート。2台で混乱を避け、アウトから第1コーナーに入った。第2コーナーを抜けたところで一列になったが、第3コーナーでは横に広がり、トップ争いをしている。さすが世界。余計な駆け引きはない。ジュンは予選よりは順位を上げたとは思ったが、何位かは分からなかった。
2周目、サインボードを見ると、「P9」と表示されていた。3台抜いている。前を走っているハインツのおかげだ。と思っていたら、第1コーナーでアクシデント発生。前方の何台かが転倒している。ハインツはブレーキをうまくかけ、インを抜けていく。もちろんジュンもそれに続いた。Moto3は混戦状態が多く、レース前半にこういうことがあると前に聞いたことがある。それを親父が予想していたのだろう。さすが、年の功とジュンは思った。
3周目、サインボードには「5OUT]と表示されていた。チームメイトの佐伯がコースアウトしたということだ。2周目のアクシデントに巻き込まれたらしい。レースは厳しい。
4周目、トップ集団は6台になった。ハインツは5位をキープしている。ジュンも6位キープだ。前の4台は抜きつ抜かれつをしている。
5周目~10周目、後方ではコースアウトしているが、さすがMotoGP。コースオフィシャルが全日本の時より多く、迅速にマシンを安全地帯に移動していた。砂にはまったマシンも素早く片付けられ、先頭集団が通過する時にはクリアになっていた。さすが、日本一のオフィシャル集団だ。
11周目、サインボードには「GO」の表示。ここからが勝負だが、ソフトタイヤがそろそろ危なくなってきている。コーナーのたびに、足元がスライドするのを感じる。ハインツも同様だ。だが、V字コーナーでハインツが変わったターンをした。左のコーナーでリアタイヤが右に流れた。しかし、ハンドルをうまく右にきり、カウンターを当てて曲がっていった。まるでドリフトだ。すると、90度ターンではリアタイヤを左に流し、これまたカウンターを当てて曲がっていった。今度はわざとやっている。ジュンは、この走り方をどこかで見た覚えがあった。ストレートを走っている時に思い出した。(スーパーモトだ)スーパーモトとは、オフロードマシンでオンロードを走るレースだ。ジュンはSUGOの西コースで見たことがある。タイヤは溝のないスリックタイヤで、コーナーごとにドリフトしていく。有名レーサーは、このレースで滑る感覚をつかむということを聞いたことがあった。ハインツは、それをやっているのである。
12周目、ジュンもトライしてみた。V字コーナーでスピードを下げて、わざとリアを流した。なんとかクリアした。でも、ハインツから離される。ダウンヒルストレートでスピードを上げ、ハインツにまた追いついた。ハインツはまたカウンターをあてている。
(そうか、左右均等にタイヤを使わないとタイヤがもたなくなる。片方だけでは、バランスが悪くなる)
13周目、今度は90度コーナーでやってみた。ハイスピードからハードブレーキングをして、左に流す。ハンドルを左にきり、立ち上がっていく。心臓がドキドキしている。タイムが上がっているとは思えないが、転倒防止には効いているのかもしれない。
14周目、ストレートで挙動がおかしくなってきた。タイヤがたれてきたみたいだ。ハインツとの距離が少しずつ離れていく。でも、コーナーでリアタイヤが流れてもカウンターを当てて曲がることができた。
15周目ファイナルラップ。S字で1台左にコースアウトしていった。ジュンのタイヤもそうなりかねない。後ろのマシンの気配も感じるようになってきた。勝負のV字コーナー、カウンターを当てた。後ろのマシンはハードブレーキングを強いられ、
ジュンを抜けなかった。ダウンヒルストレートでまた追いつかれたが、90度コーナーでまたカウンターを当てた。後ろのライダーは呆気にとられていたようだ。そのままチェッカー! 5位入賞、ハインツは4位。初参戦で上位入賞は御の字だった。
チーム監督のシュナイダーは
「Good Job !」
と賞賛の言葉をかけてくれた。ピットに戻ってマシンから降りると、ジュンは隣のピットのハインツに近寄った。ハインツは表彰台に上がれず、悔しがっている。そこにシュンが
「Thank you very much . Your riding is fantastic ! 」
(とてもありがとう。あなたの走りはすごい!)
と言ったら、ニコッと返してくれた。その後、新村さんからハインツの伝言を聞いた。
「ハインツがね、よくがんばった。でも、英語の発音はもう少しだ。と言っていたよ」
「やっぱり、あの笑いはそういう意味だったんだな」
「それともう一つ、KT社から来年のMoto3 のフル参戦を認めると連絡がきたわ。おそらく今回のチームのセカンドライダーになると思う」
「そうですか。やったぜ!」
「ゼッケンはクミ(93)でいいよね」
「はい、もちろんです。新村さんも一緒に行けるんですか?」
「そうなると思う。私がいないと困るでしょ。それと、来年は岡崎さんって呼んでね」
「エッ!・・・・」
しばし、ジュンは声を出せなかった。
冬にチーフメカの岡崎さんと新村さんの挙式が、小さな教会で行われた。10才違いのカップルだったが、寡黙の岡崎さんは照れてばかりいた。もちろん彼もジュン担当メカとして、ヨーロッパに行くことになる。日本に残ることになった木村メカだけが涙を流していた。
ジュンは、初の海外行きに緊張の日々を過ごしていた。マネージャーの岡崎クミさんから毎日電話がきて、チェックを受けていた。この人を奥さんにしている岡崎さんは大変だろうと思った。
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