第8話 鈴鹿第2ヒート 雨の最終戦
日曜日、第2ヒート。朝から雨だった。結構な量だ。第3戦のオートポリスに似たような状況だ。全車レインタイヤを選択。タイヤの差はほとんどない。あとはライダーのテクニックだ。
決勝前、ジュンのピットに岡田遙香がやってきた。第2ヒートのポールポジションをとっている。ジュンは突然の訪問に驚いた。岡田はジュンに握手を求め、
「今日よろしくね」
と言ってきた。
「こちらこそ、負けませんよ。今日もオレの後ろを走らせますから」
「そこなのよね。あなたに勝ったのは雨のオートポリスだけ。このままチャンピオンになっても不満なのよね」
「堅実な岡田さんでも闘志を出すことがあるんですか?」
「あたり前でしょ。レーサーだもの」
「ということは、11位ねらいはないということですよね」
「そりゃそうでしょ。そんなせこいことしないわよ。一度も優勝しないでチャンピオンになったら、後でなんと言われるか、今日は優勝ねらいよ」
「それでなきゃおもしろくない。オレも燃えてきました」
「燃えすぎて、マシンを焼かないでよ」
「今日は雨だから大丈夫ですよ」
と二人の話を聞いていた周りの人間が皆笑っていた。岡田が自分のピットに戻ったところで、チーフメカの岡崎がジュンに声をかけてきた。
「彼女もプレッシャーと闘っていますね。今シーズン初ポール。優勝は一度もないけれど、ポイントリーダー。今日は、彼女の後ろでプレッシャーをかけ続ければ、チャンスがあるかもしれませんよ」
「卑怯なことはしませんよ。堂々と抜いて勝ちますよ」
「そうできればいいですけどね」
第2ヒートスタート。ポールは岡田。2位は加藤。3位は青木と一列目はいつものメンバーだ。スタートで青木が抜け出した。さすがテクニシャンのベテラン。岡田・加藤と続く。ジュンは前3台と違うラインを取り、水しぶきをさけた。おかげで4位で第1コーナーを抜けた。後方ではイエローフラッグが振られていた。何台かがからんだ事故を起こしたようだ。ジュンは前のマシンと少し距離をとって走った。水しぶきを受けないようにラインを少し変えてある。無理はしない。
2周目、メインストレートはイエロー。追い抜き禁止だ。
3周目、第1コーナーのイエローフラッグが解除される。一列縦隊で走行する。そこで3位の加藤が2位の岡田にプッシュし始めた。コーナーで異様に接近したり、ラインを外して抜こうとしたりしている。その度に、岡田が反応している。走りにくそうだ。(岡崎さんの言う後ろからプレッシャーをかけるって、こういうことなんだな)とジュンは思っていた。これもレースなのだ。
8周目、アクシデントが起きた。シケインで3位の加藤が、2位の岡田を押し出してしまった。わざとぶつけたわけではないだろうが、これはペナルティ対象だ。案の定、後で加藤はペナルティを受けた。これで上位から脱落だ。岡田は転倒しなかったもののシケイン不通過だ。本来ペナルティだが、ぶつけられての不通過なので主催者がどう判断するかどうか分からなかった。でも、順位をだいぶ落とした。
9周目、ジュンは前をいく青木の走りを見ていた。昨日と同じようにスキのない走りだ。唯一、抜けるとしたらスプーンカーブの立ち上がりと思った。青木は抜かれないようにインを抑えて走るので、立ち上がりでアウトに膨らみがちなのだ。雨のせいでコントロールがきかないとジュンは判断した。
10周目、ファイナルラップ。ジュンは水しぶきをかぶらないように少しラインを変えて走っている。そしてスプーンカーブ。勝負をかけた。アウトにラインをとり、抜くそぶりを見せた。青木は、それでもインをおさえて走っている。ジュンのラインはアウトインインだ。青木はインインアウトになった。立ち上がりのスピードはジュンの方が速い。130Rでは、ジュンがリードして抜けた。後はシケインのみ。ジュンはインに入り、青木はアウトからかぶせようと突っ込んできた。しかし、一歩ジュンが速かった。ジュンのリードのままフィニッシュラインを越えた。(勝った)ジュンは雨の中で勝ったことで、ひとつの壁を越えたと充実感を感じていた。スピードを緩め、手を振りながら観客の声援に応えていると、実況アナウンサーが
「岡田遙香12位。ジュンと同じ133ポイント!」
と叫んでいた。(同ポイント?)その時はどうなるのか、ジュンは知らなかった。ピットレーンに戻ると、チームスタッフがサムアップ(親指を上げるポーズ)をしていた。木村メカは、両手を挙げてジャンプを繰り返している。優勝したから喜んでいるのかとジュンは思った。マシンを止めると、父親の剛士が近寄ってきた。
「おめでとう。チャンピオンだ」
「同点で・・? 二人チャンピオン?」
「何言ってんだ! 同点の時は、優勝回数の多い方が勝ちだよ」
「そうか、オレがチャンピオンか。ヤッホー!」
と雄叫びを上げた。観客もそれに応えてくれて、大きな拍手をくれた。
後で、チーフメカの岡崎から
「岡田さんは、ぶつけられてから精彩がなかったですね。惰性で走っている感じだった。マシンの調子より、精神的なものかな?」
と言われた。
表彰式が終わってからジュンは岡田のピットを訪れた。チームスタッフからは冷たい視線を浴びたが、岡田遙香は笑顔で迎えてくれた。
「優勝、そしてチャンピオンおめでとう」
「岡田さん、ありがとうございます。年間通じて、いいレースができました」
「私は、あなたに負け続け、悔いが残るわ」
「そんなこと言わないでください。あなたに勝つことだけを考えて走ってきました。あのアクシデントさえなければ、あなたがチャンピオンでした」
「あれもレース。もっとも一度も優勝しないでチャンピオンなんて、かっこ悪いよね」
「来年もやるんでしょ。また一緒にがんばりましょう」
「何言っているの? あなたは日本で走る人じゃない。世界に行くんでしょ。来月のMotoGPに、出るんでしょ」
「そういう話です」
「去年、私は散々だった。レースをしたのはスタートだけ。1周目の第4コーナーからは皆に離され、単独走でダントツのビリ。周回遅れにならないだけが救いだった。世界と渡り合うには、予選から気張らないとね。得意の90度コーナーで、がんばってね」
「アドバイスありがとうございます。がんばります」
その夜、ジュンの自宅では焼き肉パーティーで大騒ぎだった。去年までの貧乏チームが報奨金だけで1300万円にもなった。賞金もあわせると2000万円近くまで行ったのである。その上、マシンを買う必要はないのだ。
よく行く地元のラーメン屋「金ちゃんラーメン」からスポンサードの申し出があったが、マシンにラーメン屋のステッカーを貼るわけにはいかないので、ジュンのつなぎにつけることになった。これでMotoGPにも出ることになった。これからもスポンサーが増えることは明らかだった。
ジュンはTVでしか見たことがない世界戦に心が躍っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます