第7話 最終戦 鈴鹿ラウンド 第1ヒート
9月中旬、全日本の最終戦だ。ジュンは、自宅から行ける鈴鹿が好きだった。母親は、レースを見ていられないと自宅待機だ。昔の親父のケガを思い起こしてしまうらしい。
金曜日の練習走行は晴れ。高速コースにKT社のマシンは合っていた。上りのS字はH社のマシンが速いが、デグナーカーブの立ち上がりはジュンが速かった。ジュンはやれる自信があった。その日の夜も自宅でゆっくり寝られた。
土曜日の午前、30分の予選。天候はくもり。いつもより長めの予選は2ヒート分の計測をしなければならないし、いつものウォーミングアップも含まれているからである。ベストタイムが第1ヒートのタイムとなり、セカンドタイムが明日の第2ヒートのタイムになる。2度のタイムアタックが必要だ。ソフトタイヤはアタック1周でたれるので、ミディアムタイヤでアタックすることにした。ポールをとるよりも、2戦とも上位にいることをねらったのである。3周目に最初のアタックをした。まずまずの走りだった。続けて4周目もアタック。デグナーカーブで遅いライダーに引っかかった。そこで、一度ピットに戻った。
「タイムは?」
ジュンが姉の景子に聞いた。
「レコードタイムの1秒おち」
「まだまだだな。親父、タイヤどうする?」
「換えると時間がなくなる。それより、このままいこう。なるべく前のマシンとの距離をとろう」
ピットアウトの際に、ストレートに後続車がいないことを確認して、ジュンは出ていった。2周、様子見をしてアタック。前に遅いライダーはいない。ライン重視でジュンは走った。S字もうまく抜けられた。ヘアピンからスプーンコーナーまでのラインどりが難しいが、今までの中で一番順調なラインだった。シケインを過ぎて、ストレートのフィニッシュラインを抜けると、前方にピットから出てきたばかりのマシンがいた。S字で前を走られ、タイムが出せなかった。もう一度アタックしたかったが、ほとんどのマシンがラストアタックに出てきて混雑していた。クリアラップはとれなかった。
予選終了。ピットに戻ってくると、ベストタイムはレコードタイムの0.5秒おち。予選4位だ。上位3台は、皆ソフトタイヤでタイムを出している。セカンドタイムは、最初に出した1秒おち。予選6位だ。まぁ、2列目からスタートできれば御の字とジュンは納得していた。
決勝までの時間、姉の景子が早めの昼食を用意してくれた。と言っても母親が作ってくれた肉ジャガだった。レース場で家庭料理が食べられるのは鈴鹿の喜びだった。普段のレースではシチューやカレーといった煮込み料理が中心で、ご飯は温めご飯以外でたことはない。もっぱらパスタなどの洋食が中心だった。母親のおにぎりがまたおいしい。景子の料理は母親と比べると格段に落ちるものだった。
決勝第1ヒートスタート。タイヤはミディアム。上位3台はソフトだ。案の定、スタートダッシュで離された。それでも4位をキープ。S字も上位3台についていくことができた。1周目は無理せず、ペースをつかむことだけを考えて走った。
2周目、上位4台でトップ集団を形成し始めた。青木・加藤・岡田・ジュンの順番だ。チャンピオンを狙っている4人のつば競り合いだ。ジュンは上位3台の走りを見て、抜ける場所を考えていた。
3周目、デグナーカーブで仕掛けてみた。しかし、岡田にラインを塞がれた。ヘアピンを抜けて、スプーンコーナーまでのラインで、岡田に並ぶことができた。しかしアウトラインからでは、立ち上がりで抜けない。ラインを交差しなければ抜けない。シケインでは抜けるスキがなかった。ストレートはタイヤが違うので、ついていくのがやっとだった。
4周目から7周目までは、様子見だった。上位3台のタイヤがたれるのを待つしかない。
8周目、岡田のペースが落ちてきた。コーナーでタイヤが滑り始めた。転倒に巻き込まれてはたまらないので、デグナーカーブの立ち上がりで抜いた。岡田はインを抑えにきたので、立ち上がりのスピードが上がらなかった。これで3位。
9周目、ヘアピンカーブで上位2台にくいついた。スプーンコーナーでラインを変えて、立ち上がりで加藤を抜いた。加藤はジュンを抑えようとして、バランスを崩してコースアウトしていった。後ろにはついてきていない。
10周目、ファイナルラップ。青木は、ラインを変え、ジュンを抜かせないようにしている。ヘアピンで青木のすぐ後ろについた。ストレートではジュンが有利だ。裏ストレートで横に並んだ。高速の130Rを2台並んで抜ける。シケイン勝負だ。右にジュン、左に青木。ブレーキ勝負だ。インにいるジュンが先にブレーキをかけた。アウトインアウトのラインがとれないからである。だが、ブレーキを遅くした青木が曲がれずコースアウト。そこで転倒している。ジュンはトップに躍り出た。そしてチェッカー。
「ブルーK2連勝! これでチャンピオン争いがおもしろくなってきたー!」
と実況アナウンサーが叫んでいた。
ピットレーンに戻ってくると、さすが地元。多くの観客が拍手で迎えてくれた。これでジュンは108ポイント。2位に岡田が入り、124ポイントでポイントリーダー。ジュンとは16ポイント差。第2ヒートでジュンが優勝しても岡田が11位に入れば1ポイント差で岡田のチャンピオンが決まる。青木と加藤は年間3位と4位に下がったが、岡田とジュンの順位次第ではチャンピオンになれる可能性が残っている。明日もこの4人の争いと思われた。
明日の天気予報は雨。ジュンは、泣き出しそうな空を見ながらも、雨の鈴鹿をイメージしながら眠りについた。
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