第6話 富士ラウンド モータースポーツ祭り

 鈴鹿8耐をスタンドで見たジュンは、いつか自分が走る姿を夢見ていた。日本人ライダーなら誰もが夢見る舞台である。でも、マシンは1000ccのモンスターマシン大型二輪免許をもっていないジュンは市販車にも乗ったことはない。パドックでまたがったことはあるが、ずっしりとくる重量感は250ccのJ-GP3のマシンとは大違いだ。倒したら自分で起こすことも難しい。

 8月半ば、暑い盛りに富士にやってきた。ジュンにとっては、観戦したことはあるが、走るのは初めてだ。ここは何と言っても、メインストレートの長さが特徴だ。ストレートだけで、1475m。日本最長の長さのストレートだ。ストレート重視のマシンが絶対有利だが、ストレート一本に絞ると後半のテクニカルゾーンで苦労する。そのあたりのセッティングが肝心だ。

 レース前に新しいカウルと3台目のマシンがヨーロッパから船便で届いていた。やっときたという感じだ。木村くんが、ブルーのカウルにチーム独自の白いラインを入れた。そして、スポンサーのステッカーを貼り、22のゼッケンをつけた。そこに、金の星マークをひとつつけた。1勝したという印だ。この星印を増やしていきたいと思うジュンであった。

 モータースポーツ祭りなので、軽量級のレースが土曜日に行われる。四輪は軽自動車のレースとF4のレース。二輪はJ-GP3とST600のレースだ。午前に予選で午後決勝という慌ただしさだ。 

 天気は快晴。ソフトタイヤは3周しかもたないと言われた。1・2周目はタイヤを温めることに専念し、3周目にアタック。タイムは、1分49秒8。コースレコードに0.1秒足りなかった。同い年の加藤治郎がコースレコードを出していた。前回の岡山で表彰台に上がったので、自信がついたのだろう。ジュンは予選2位。3位には、ベテランライダーの青木拓人が入っていた。ポイントリーダーの岡田遙香は、予選5番手。ジュンの後ろにいた。

 午後の決勝はさらに暑くなった。30度を越えている。路面温度は40度に達している。四輪との併催なので、やたらとタイヤマーブル(タイヤカス)が多い。タイヤ選択が大きな鍵だ。通常ならばミディアムだが、チームはハードを選択した。ポールポジションの加藤だけは、前ミディアム、後ろハードを選択していた。前半にリードする作戦なのだろう。

 午後1時決勝スタート。ジュンは3位で第1コーナーを抜けた。ここはきついコーナーなので、無理をすると他のマシンと接触しかねない。前半は無理をしない作戦なので、トップ加藤、2位青木についていった。

 2周目、ほぼ一列縦隊でメインストレートを抜けていく。

 3周目、前3台でトップ集団を形成し始める。4位争いの第2集団には岡田遙香が入っている。

 4周目、完全に3台のトップ集団となった。

 5周目、コースアウトしたマシンが再スタートし、最後尾を走っている。ヘアピンでトップ集団が追いついた。コーナーでは抜きにくいが、トップの加藤だけは周回遅れのマシンを抜こうとしてラインを変えている。ここで抜けば後続の2台と差ができると考えたのだろう。しかし、抜けたのは最終コーナーだった。メインストレートで青木とジュンも抜くことができ、またもや3台の争いとなった。

 6周目、トップの加藤が引き離しにかかった。コーナーでハードブレーキングをかけ、強引に曲がっていくのが目立つようになった。速くはなったが、いつ転倒してもおかしくない。2位の青木はわざと離れたように見えた。トップの加藤の転倒を予測したのかもしれない。すぐ後ろで見ていて、タイヤのダメージが見えたのかもしれない。ジュンは青木のペースダウンに気付いたが、抜くことはしなかった。このままスリップストリームでタイヤを温存したかったのである。

 7周目、メインストレートのエンドでトップの加藤がブレーキングミス。左にコースアウトしていった。予想したとおりだった。前回のジュンと同じように、加藤も逃げる難しさを感じ取ったことだろう。レースは青木とジュンの一騎打ちとなった。ジュンは、スタイルを変えない。今年3勝している青木の走りを学ぶいい機会なのだ。青木が勝てなかったのは、ジュンが優勝したMOTEGIだけ。それも最終コーナーまではトップで走っていたのだ。3番手のマシンにぶつけられなければ、全戦優勝だったのかもしれない。

 9周目、第1コーナーで青木はラインを変えた。いつもよりアウトにいき、一時ジュンをリードさせた。でも、見事なラインどりでコーナーの立ち上がりで、またトップにでた。ジュンは、この第1コーナーが得意ではない。ターンがきついのである。

 10周目、ファイナルラップ。青木はまた第1コーナーでアウトにいった。ジュンはそれに続いた。まるでラインどりの教習みたいだ。青木はコーナーで何度かラインを変えたが、ジュンは惑わされることなく、それについていった。勝負は最終コーナーと決めていた。

 いよいよ最終コーナー。青木はインを抑えた。ジュンはアウトに膨らんだ。アウトインアウトのライン重視だ。後は、エンジンのパワーとタイヤの減り具合だ。どちらもジュンは自信があった。予選はジュンが速かった。タイヤをいたわって、おいしいところを残してきた。マシンを信じるしかなかった。風の抵抗をできるかぎり受けないように、体をマシンに沈めた。もう横を見ることはしなかった。フィニッシュラインだけを見ていた。フィニッシュライン通過。青木は隣にいた。どっちが勝ったのか

一瞬分からなかった。そこにレースアナウンサーが

「ジュンの逆転しょーーーーーり!」

と叫んでいた。(やったー! 勝てた)ジワーっと喜びがわいてきた。シーズン2勝目。1勝目は前3台の転倒でもらった勝利だったが、今回は自分の力で得た優勝だ。

格別の嬉しさだった。ピットレーンに戻り、表彰台に乗る3台が並べられた。3位には、またもや岡田遙香が入った。しぶとい人だ。マシンから降りるとチームスタッフが近寄ってきて祝福してくれた。マネージャーの新村さんは、また目に涙を浮かべていた。これでポイントは83で、年間3位となった。岡田が102でリーダー。青木が97で2位だ。

 レース後のミーティングはにぎやかだった。文句なしの優勝で、だれもが認めるヒーローとなったのである。メディアの取材もひっきりなしだった。そのメディアがいるところで、マネージャーの新村が爆弾発言をした。

「先ほど、KT社本社に連絡をしたら、年間トップになったら10月のMOTEGIでのMotoGP にワイルドカード参戦をさせるそうです!」

「OH!」

と歓声が上がった。

 ジュンの顔は紅潮している。最終戦の鈴鹿は2ヒート制なので、そこで2勝すれば133点になる。岡田が32点取れば負けてしまうが、下位であればジュンにチャンピオンになる可能性がある。鈴鹿はライバルH社の地元だが、ジュンにとっては前から走っているなじみ深いホームコースだし、高速コーナーなのでKT社マシンは有利だ。その夜、ジュンは興奮してなかなか眠れなかった。

 世界の舞台が手を伸ばせば、届くところまできたのである。




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