第4話 雨のオートポリスラウンド

 MOTEGIから3週間後の6月初め。ジュンたちは、九州大分のオートポリスにいた。木曜日に合同テストがあり、金曜日に公式練習。土曜日は予選、日曜日に決勝というスケジュールだったが、早めに梅雨入りしたせいか、連日ぐずついた日が続きジュンはなかなかいいタイムを出せずにいた。D社のタイヤを使っているチームの中では上位だが、B社のレインタイヤがやたらと速い。決勝が雨ならば、上位はのぞめない。

 決勝の朝、空は今にも泣き出しそうな天気だった。監督の剛士が皆を召集した。

「今日のセッティングだが・・やはりレインか?」

「でしょうね。天気予報では午後から雨と言っています。朝からレインを履いていた方が無難です」

チーフメカニックの岡崎が答えた。

「だろうな。潤一はどうだ?」

「俺は与えられたマシンで走るのみ。レインでもラインをはずすと滑る感じがする。直線重視のマシンだから、雨のコーナーが苦手な感じがする。思い切って倒せない」

「ヨーロッパ仕様のKT社だから、日本の天候に合わないのかもしれない。舗装も違うしな」

「舗装が違うって、どういうこと?」

「日本は四輪のレースが中心だから、どちらかというと水がしみ込みやすい舗装になっている。ところが、ヨーロッパはいろんなコースがあって、どちらかというと滑りやすい反面、小さいバンク角が付いていてコースに雨がたまらないように作ってある。水捌けは日本よりいいかもしれない。だから、雨を想定していないのかもしれない」

剛士のその言葉に岡崎もうなずいていた。

「じゃ、どうすればいいんだよ? 前のマシンのケツを追いかけていけってことか」

「それだよ、潤一くん。前のマシンのラインを走っていれば、滑ることは少なくなるし、タイヤの減りも少なくなる。天候次第ではレース後半で抜くチャンスがあるかもしれない」

岡崎のその言葉が今日のレースの基本となった。15周のレースのうち、10周はがまんのレース。残りの5周で勝負。ただし、コーナーでは勝負しない。ということになった。

 9時からの30分間のウォームアップランの時には、小雨が降り出してきた。

「さぁ、金魚のフン走法をやってこい」

剛士の下品な言い方に、むすっとしながら、ジュンは出ていった。まさに金魚のフン走法だった。タイムは12番手だった。決勝まで時間、ジュンはキャンピングカーの中で暖まっていた。つなぎは、ドライヤーで姉貴が乾かしてくれている。オートポリスは2度目だが、R(カーブの半径)の違う細かいコーナーが多く、走りにくい。特に、ヘアピンカーブを過ぎてからのショートストレートから続く最終コーナーまでが、やたらと難しい。最終コーナーを過ぎると、すぐにフィニッシュラインなので、直線重視のマシンは不利だ。抜くとしたら、メインストレート後の第1コーナーだが、90度の右コーナーだ。MOTEGIの90度コーナーを思えば、楽なコーナーなのだが、雨でラインを外せば即コースアウトだ。ストレートでスリップストリームに入り、コーナーに入る前に抜くしかないと思うジュンであった。

 午後1時、決勝スタート。雨は本格的に降ってきた。スタート時は、水しぶきで前が見にくかった。第1コーナーでアウト側の何台かがコースアウトしたようだ。ジュンはイン側だったので、前のマシンだけを見て走った。

 2周目。一列縦隊で、メインストレートを抜けた。サインボードが出てるのかどうかもわからない。下手に脇見をするとぶつかりそうになるので、またまた前のマシンだけを見て走った。まさに我慢のレースだ。

 3周目から10周目までは、単調な周回数をかさねるだけのレースだった。途中、何台かがコースアウトしていたが、雨が降り続き、台数を確認する余裕はなかった。

 11周目。いよいよアタックだ。ジュンは最終コーナーで前のマシンについていき、ストレート中盤で前に出た。そして、すぐにレコードラインにもどった。順位はよくわからない。前に何台いるかもわからないのだ。

 12周目から14周目までは、前のマシンに近づくことさえできなかった。ラインを守るだけの走りだった。

 15周目。ファイナルラップ。やっと前のマシンに追いついて、第1コーナー前で抜くことができた。結局レースで抜けたのは2台だけだった。

 ピットに戻ってくると、拍手で迎えられた。転倒しなかっただけでも御の字ということらしい。

「潤一、お疲れ。しんどいレースだったな」

剛士が声をかけてきた。

「疲れるレースだったよ。結局何位だった?」

「9位」

「岡田さんは?」

「3位。3戦連続表彰台だ」

「さすがJ-GP3のアイドルだ。ポイントでも抜かれたな」

「そうだな。潤一は58ポイント。岡田さんは62ポイントだ。今日優勝した青木が50ポイントで二人を追っかけている。でも、新人がポイントを気にするもんじゃない」

「そんなことはない。来年、世界に行けるかどうかがかかっているんだ。年間3位以内が条件じゃないか」

「おまえ、本気で世界を狙っているのか?」

「当たり前だよ。俺にとってのチャンスだよ。今、5人の日本人ライダーがMoto3で走っている。中には、俺と同い年の奴もいる。去年からレースを始めた俺にとっては最高のチャンスじゃないか」

「そうか。世界を狙っているか。それなら俺もそれでいく。明日からは、ますます厳しくなるぞ。ただし、ハートは熱くても頭はクールにな」

「ハインツの言うクレバーになれっていうことだな」

「そういうことだ。じゃあ、鈴鹿に帰ったら部屋でストレッチバイク1時間な」

「あのバイクマシンでか。負荷を最大にすると疲れるんだよな」

「文句言わない。めざせ、年間3位だ」

ジュンはゲソーっとした顔になった。鈴鹿の自宅までの帰り道、無口になってしまった。

 次戦は、2週間後の岡山。ジュンにとっては、初めてのサーキットだ。ここで天国と地獄を見るとは、だれも想像していなかった。


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