02、新しい仕事は順調です

 翌日、まだ朝もやの残る王都の石畳を、ガラガラとトランクケースを引きながら、私は一人歩いていた。私が十七年間生きてきた荷物はすべて、大きくもないトランクケースひとつに収まった。


「とにかく仕事を探さなきゃ、今夜の宿代もないわ」


 私は魔法が使えるんだから、冒険者ギルドに登録すれば簡単なクエストくらい受けられるかもしれないわ。ずっと聖女教会にいたから詳しくないけれど、薬草採取など簡単な仕事もあるって聞くし。


 まだ早朝なので、ギルドは開いていなかった。立派な石造りの建物を見上げる。


「私の人生、こんなことになるなんてね。先輩たちがどんどん辞めて行くから、よい職場じゃないとは思っていたけれど――」


 だが孤児院の前に捨てられていた私は、前任聖女たちと違って帰る村などない。


 スカーフを留めている、くすんだ真鍮製のブローチに目を落とす。古びたそれが、両親につながる唯一のもの。捨てられていた私のおくるみを留めていたそうだ。 




 *




 数刻後、私は冒険者ギルド内二階の事務室で、教会時代と似たり寄ったりの事務仕事に精を出していた。


「新規マクロ登録」


 私の声に従い、私だけに見える透明な文字列が浮かぶ。


【新規マクロ登録、保存番号0104『冒険者ファイル整理』、保存完了しました】


 仕事内容を理解し自分で一度実践したら、あとは術式登録。これで自動化できるのだ。


 朝一番に乗り込んだギルドの掲示板には、やはり冒険者向けというか、結界外での魔物退治の依頼が多かった。


 だが端の方に貼られていた「ギルド内冒険者ファイル整理」が私の目に止まった。報酬は、魔物退治の十分の一程度の一万ギリー。市井の仕事の相場は分からないが、私にとっては破格。なんせ教会では一ヶ月に一万ギリーしか受け取れなかったのだから。といっても教会敷地内の宿舎に住み、聖女服も支給され、粗末な硬いパンとスープとはいえ食事も出る。ほとんどが現物支給だったから、受け取れる現金はお小遣い程度でも困らなかった。


「スキル【マクロ】保存番号0104『冒険者ファイル整理』発動」


 声と共に魔力をこめると、目の前の書類が勝手にパタパタと動きファイリングされてゆく。


 推定十二歳になったとき教会で鑑定してもらったら、私は魔法の術式を自動化し、何度でも繰り返せるスキル【マクロ】を授かっていた。だがこのスキル、魔術式自体を理解しなければ宝の持ち腐れである。だから私はそれから、教会敷地内の古文書館で魔術書を読みあさるようになったのだ。


 古文書館で独学した魔術が教会の外でも生かせることに、私は興奮した。もっと魔術の学びを深めたくて、毎日早めに仕事を片付けていた。学べば学ぶほど仕事効率が上がるのが楽しかった。それで認められることも、報酬が増えることもなかったが。


 ま、人々を癒すのが喜びなんて思わないあたりで、私に聖女は向かなかったってことよ。


 私は出来上がったファイルを抱えて階段を下り、一階で指示を出しているギルドマスターのところへ伺った。


「すみません、お仕事終わりました」


「え? いや、一人分じゃなくて全員分まとめてほしいんだけど――」


「はい、ですから全部で263件、完了しましたよ」


「そんな、まさか―― まだ半刻も経っていないのに……!?」


 ギルマスは私からファイルを受け取ると、受付台に置いて中身を確認する。


「全部終わっているだと!?」


「魔法を使いましたから」


 手作業で行ったら単純作業とはいえ、この時間で終わらせるのは不可能だ。


「普通、三日はかかるんだが――」


 ギルマスはかすれた声でつぶやいた。


「ほかにも受けられる依頼があれば、引き受けたいのですが」


 まだ昼にもなっていないし、新しい仕事は新しい魔術を組み立てられるから、ワクワクする。


「いやむしろ――」


 ギルマスがファイルから顔を上げると、私の両手をがしっと握った。


「このギルドで君を雇いたい!」




─ * ─




次話は神官長sideです。有能なミランダをクビにした神官長が困っているようですよ。

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