スキル『マクロ』で術式自動化して定時上がりしていた聖女ですが、サボりと誤解されて解雇されました。後任の方は倒れたそうですが、若き宰相様に愛されて、秘書として好待遇で働いているので戻りません

綾森れん@精霊王の末裔👑第7章連載中

01、有能聖女ミランダ、教会をクビになる

「スキル【マクロ】保存番号0047『治癒』発動」


 私は小声でつぶやくと、体内の魔力を高めるようにイメージした。


 ここは聖女教会の神殿前。広場には病気や怪我で苦しむ人々が大勢集まっている。


【マクロ0047術式『治癒』を開始します】


 私の目の前に透明な文字列が浮かぶ。


【全患者の悪しき箇所を把握します】


 文字列はまたたく間に消え、次の文言に移ってゆく。


【患者00001の患部に治癒魔法をかけます】

【患者00002の患部に治癒魔法をかけます】

【患者00003の患部に治癒魔法をかけます】

 ・

 ・

 ・


 ここからは私の目で追うことは不可能。


 ひざまずく人々の身体に、明るい金色の光が灯る。広場全体が発光して見えるほどだ。


【全患者の治癒が完了しました】

【マクロ0047術式『治癒』を終了します】


 その文字列を最後に、私の視界は元に戻る。


「皆さん、調子はいかがですか?」


 私は広場に集まった人々に声をかける。


「腰の痛みが取れておる!」

「熱っぽいのがすっかり治っちまった!」

「さすが王都の聖女様だ! 長年苦しんだ虫歯が治った! はるばる旅してきて本当に良かったよ」


 みんな晴れ晴れとした笑顔がまぶしい。


「ありがとうございます、聖女様!」

「なんとお礼をしてよいか――」


 すがりつく人々に、私は目を伏せ首を振った。


「これが私の仕事ですから、お礼などには及びません。ですがもしふところに余裕があったなら、教会に心ばかりの寄付をして下さればありがたく存じます」


 聖女教会の資金繰りはいつだって厳しい。


 まだ口々に感謝の言葉を述べる人々に一礼し、私はそそくさと神殿内に戻った。私の仕事は、病人やけが人の治癒だけではないのだ。


「さてっと。次は王都を守る結界の補強ね」


 神殿奥に安置された大きな水晶の前に立つ。


「スキル【マクロ】保存番号0022『遠隔結界補強』発動」


 虚空に呼びかけ水晶に魔力をそそぐと、また目の前に透明な文字列が現れた。


【マクロ0022術式『遠隔結界補強』を開始します】

【東門の魔道具『結界生成具』に魔力を送信します】


 私の魔力に呼応して、水晶が淡く輝きだす。


【西門の魔道具『結界生成具』に魔力を送信します】

【南門の魔道具『結界生成具』に魔力を送信します】


 水晶が発する光に、まぶしくて目を細める。


【北門の魔道具『結界生成具』に魔力を送信します】

【全魔道具への魔力送信が完了しました】


 水晶の輝きは急速に収束していった。


【マクロ0022術式『遠隔結界補強』を終了します】


 文字列が消えると同時に、やりきったため息がもれる。


「よしっ、今日も結界補強終わりっと!」


 祭壇横の小さな扉をくぐり、事務室へ向かう。


「あとは書類仕事ね。寄付名目リスト作成と備品管理と……」


 タスクを指折り数えながら、うす暗い階段をのぼる。


「今日も早めに終わらせて、古文書館で魔術書を読む時間がありそうね」


 私はにんまりと笑った。


 日が入らないせいか、うっすらとカビくさい階段を上り終えたところで、廊下の向こうから歩いてくるハゲ頭が見えた。私の上司であり、神殿をすべる神官長だ。


「ミランダ、なぜこの時間にこのようなところにいるのだ?」


 挨拶もなく、いら立った声をかけられた。


「これから書類整理に取り掛かりますので」


「民の治療は? 王都を魔物から守る結界の補強は? どうしたのだ?」


「すべて朝のうちに終えました」


 毎朝このスケジュールで仕事をしているというのに、なぜ訊いてくるのだ。


「わしは知っているぞ、ミランダ。お前は複数の民に対し、一度に治癒魔法を使っているのだろう!?」


 その通りだが何か問題でもあるのか? 全員が一瞬で治るのだ。誰も長くは苦しみたくないだろう。


「聖女の治癒とはそのような無味乾燥なものではないっ! 一人一人の手をにぎり、優しく言葉をかけ、心をこめて祈るものである!!」


 はぁ。私は思いっきりため息をつきたくなるのを、なんとかこらえた。


「お言葉ですが―― 一人一人の患部に手をかざす治療をお望みでしたら、聖女が五人は必要です」


「じゃが教会は資金難なのじゃ」


 それは私も分かっている。だから古文書館で魔術を研究し、業務の効率化をはかって一人で回しているのだ。


「ええ、神官長様。現状のように聖女一人体制を続けるなら、効率の悪いやり方では終わりません」


「効率だと!?」


 神官長は声を荒らげた。


「お前には聖女の心がないのか!?」


 うーん、聖女の心を優先して、王都の道で病人が行き倒れになってもよいのだろうか? この神官長は馬鹿なのかな? 物事の優先順位がつけられないんじゃないか? などと口に出すわけにはいかないので、しおらしくうつむいておく。


「ミランダ、お前は毎日のん気に定時上がりしておるが、前任者は日付の変わるころまで必死で働いていたんだぞ?」


「前任者の仕事はすべてこなしていますが?」


 思わず口答えしちゃった。


 だが実際は前任者の数倍、働いている。なぜなら私が神殿付き聖女として働き始めた三年前、神殿には私以外に四人の聖女がいたのだ。私はお姉様方から仕事を教えてもらい、少しずつ引き継いでいった。それに従い、激務と魔力の使い過ぎで体を壊した前任聖女たちは一人、また一人と辞めて行った。


 私はしばし、なつかしいお姉様たちの優しいまなざしを思い出していた。三年前はこの神官長も副長から就任したてで、ここまで禿げてなかったな、などと思いつつ。


「わしは君のような聖女など、断じて認めん!」


 まだグチグチと続いていた神官長の小言に、私は現実に引き戻された。


「ミランダ、今日限りで聖女を辞めてもらう。代わりがみつかったからな」


「…………は?」


 突然のことに我が耳を疑い、私は言葉を失った。


「くはははは! よい顔じゃ。生意気なお前でもそのような、鳩が豆鉄砲を食ったような顔ができたのじゃな!」


 神官長はのけぞって馬鹿笑いを披露した。


「聖女の仕事を適当に扱って、あいた時間に古文書館でサボっているような者は教会に不要じゃ」


「いえ、仕事のための魔術研究を――」


「また口答えしおって、お前は本当に素直じゃないな!」


 いやだって、さすがに解雇は困る。教会併設の孤児院育ちで、今も教会敷地内の寄宿舎で暮らす私は、ここを追い出されたら帰る場所がない。


「明日には新任聖女が到着する。寄宿舎はお前の部屋を使わせる。明日の朝早く出て行きたまえ! これは命令だ!!」


 ゲラゲラ品のない笑い声をあげながら廊下の奥に消えてゆく背中を、私は呆然と立ち尽くしたまま見つめていた。




─ ※ ─




家も仕事も失ったミランダは、どうするのか!?

次回、新しい仕事を見つけて活躍するようです! フォローして待っててね!

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