04. 小川太陽 【続々】小川です。助けてください。

To: Niban Senji


 二晩 占二 先生


 またしても途中で送信してしまいました。誠に申し訳有りません。


 いえ、けっして私が悪いのではないのです。

 このオンボロの携帯電話が悪いのです。


 いえいえいえ、そちらを旅立つときにはもちろん、失礼ながら先日自慢させていただいた新型のスマートフォンを悠々自適にポケットへ忍ばせていたのですが、今このメールを打っている世界では、その新型スマートフォンがパカパカと開閉音を楽しむことすらできない初期の棒状携帯電話に置き変わってしまっているのです。


 これこそまさにご助力いただきたい件に関連しておりまして、しかしご納得いただくためにも、やはり順を追って説明しないわけにはいきません。


 さて、ここまでの話でおわかりいただけた通り、妻と私はどの世界軸においてもどの時間軸においても最悪の相性でした。


 別の世界軸では、私はしがない清掃員で、妻は私に服従を誓ったアンドロイドでした。

 ある日、妻のプログラムに致命的なエラーが発生し、主人である私に殺意を剥きはじめました。そして事故に見せかけて私を毒殺しようと企てたため、プラグを引き抜いて破棄せざるを得なくなりました。

 先生は充電式のロボット犬でした。


 別の世界軸では、私は合戦から逃げ出して来た臆病者の侍で、田舎へ逃げ帰る途中に立ち寄った茶屋で働く妻に一目惚れしました。

 何とか口説き落とそうと合戦では発揮できなかった勇気を振り絞るのですが、残念無念、沸かしたばかりの熱湯を顔面にぶっかけられてしまうのでした。

 先生は通りすがりの物乞いでした。


 別の世界軸では、私は三人兄弟の末っ子で、妻はふたつ離れた姉で、先生は作家志望の長兄でした。妻はやさしく良き姉でしたが、私が求めるのは姉ではなく良き妻でした。

 色々と試行錯誤してはみたものの、やはりその世界軸の倫理観においても姉を妻として迎え入れることは困難でした。

 結局は先生、もとい兄さんにバレて強烈な右ストレートを右目に喰らいまして、それでまた別のパラレルワールドへと旅立つことを決意しました。


 いかがでしょうか。

 妻と私はどの世界軸においてもどの時間軸においても最悪の相性でしょう。


 それなのに私達は必ず出会い、何かしらの恋愛の欠片を芽生えさせ、そして失敗するのです。



 なんという絶望なのでしょう。

 なんという残酷なのでしょう。

 なんという刹那なのでしょう。

 なんという悲哀なのでしょう。

 なんという孤独なのでしょう。



 しかし、それよりも遥かに絶望で遥かに残酷で遥かに刹那で遥かに悲哀で遥かに孤独な出来事が、私を襲います。




 迷子になったのです。




 今いる世界軸がどこなのやら、今いる世界軸が前にいた世界軸と比べてどう違うのかやら、元の世界軸での先生や妻との関係やら一切合財が頭の中でぐちゃぐちゃになってしまったのです。


 メールの最初のほうで、えらく奇妙な文言が書き連ねてあったと思いますが、あれはそういうことです。

 色々な世界軸が頭の中で混じり合って、わやくちゃにアウトプットされてしまっていたのです。


 こうして順を追って長々と文章に綴っていくことで、なんとか薄れかけた元の記憶を整理することができましたが、しかし、いつまた混乱してしまうかわかりません。


 いわゆる見当識けんとうしき障害というものなのでしょうか。

 時間、場所、ひとの見当がつかない。

 自分自身の現在地がわからない。


 認知症患者の症状だという認識でしたが、もしかするとワームホールの移動によっても重度の見当識障害を発症するのかもしれません。

 以前ヨーロッパ旅行に向かった際に強烈な時差ボケを体感しましたが、あんなものとは比べ物になりません。気が狂いそうです。



 最後に行き着いたパラレルワールド、つまりこのメールを打ち込んでいる世界で、私は自分にもたらされたこの変化にようやく気づき、そしてそれを解決するために、元の世界軸の先生、つまりこのメールを読まれている先生に助けを求めることを決意したのです。


 おかしな話でしょう。

 このメールは先生が今いらっしゃる世界軸の、隣の隣の隣の隣の隣の隣の隣の世界から送信しているのです。


 こいつまた奇想めいてきたな、とでもお思いでしょうか。


 それとも、さっさとワームホールを逆向きにくぐり続けて元の世界へ戻ってこればいいのに、とでもお考えでしょうか。


 しかしながら、生成した原始ブラックホールから伸びるアインシュタイン・ローゼン橋がどの世界へ通じているのかは、渡りきるまで分からないのです。


 先生、もしかすると全てのワームホールは一方通行なのでしょうか?


 先生、私はどうやったらそちらの世界軸へ戻れるのてしょうか?


 先生、そちらの世界軸の私は今どのような扱いになっているのでしょうか?


 神隠しに遭った行方不明者としてローカルニュースになっているのでしょうか?


 それとも、今までどおり変わらずそちらの生活を勤しむ私が存在するのでしょうか?


 それともそれとも、別の世界軸の私が交代でやってきて大混乱を巻き起こしているのでしょうか?


 それともそれともそれとも、私のような矮小な人間など最初からいなかったことになっているのでしょうか?



 あ、それからもう一件。

 別件でお尋ねしたいことがあります。


 別件とはいえ、今の私にとってはむしろこちらの方が重要なのかもしれません。何せこの懸案がなければ先生に相談しようなどと思い至ることもなかったでしょうから。



 先生。


 先生の好きな食べ物は何ですか?

 先生のご趣味は?


 唐突に思えるかもしれませんが、これは大変重要な事案なのです。ぜひとも真摯にお答えください。



 なぜならば、先生は美少女だからです。

 いえ、こちらの世界軸の話です。今いるパラレルワールドの話です。隣の隣の隣の隣の隣の隣の隣の世界の話です。そちらの世界の先生は、ただのオッサンです。


 こちらの世界はそちらと比べて幾分か時間軸がずれているらしく、先生も私も妻も数十年若返って、今は高校のクラスメイトなのです。

 私と妻は3ヶ月ほど交際して、すぐに別れました。今では教室ですれ違っても挨拶すらしません。


 そんな中、学期の始まりとともに現れたさすらいの転校生こそ、先生なのです。

 美少女なのです。


 クラスの男子の大半が先生に一目惚れです。

 だってそりゃあんなにも輝かしくて麗しくて目まぐるしくってファンタスティックでエロティックなんですもの! 惚れないはずがありません。


 そう、私とてまた然り。

 先生の魅力に瞬殺されてもはやどうやって周囲のライバルどもを蹴落そうか躍起になりながら日々を悶々と過ごしております。


 そこで思い立ったのです。

 私はこの世界の先生とは初めましてな関係ですが、そちらの世界では同じ研究に熱を入れ、長い月日をともにした間柄。


 メールで訊いてしまおう。


 他の男子猿どもが知り得ない情報を、先回りして。

 そう思い立ったのです。


 度重なるパラレルワールド経験から、世界軸によって役柄こそ変われど、その人が持つ源流的な人柄はほとんど同格であることを私は知っています。

 なので先生の好みや興味の大半はあの美少女先生と共有されているもののはずなのです!


 そちらの世界軸の先生を知ることによって私はこちらの世界軸の美少女先生も知ることができるのです。


 さあ先生、真摯にお答えください。

 できれば美少女になりきって。

 いったんオッサンの感性を忘れて。さあさあ。


 先生、休日はどうやって過ごしますか?

 先生、誕生日はいつ頃でしたっけ?

 先生、プレゼントには何が欲しいでしょうか?


 先生、好みの男性のタイプは?

 先生、初デートはどんなところに行きたいですか?


 先生。

 先生。


 先生、理想のプロポーズはどんなシチュエーションでしょうか?


 先生、ぶっちゃけ私のこと、どう想っていますか?


 先生。

 先生。

 先生。

 先生。

 先生。

 



[メッセージの一部が表示されています]


xxxx年yy月zz日 98:79 <taiyou.ogawa@xxxx.xmail.com>

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プロトタイプの小宇宙 二晩占二 @niban_senji

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