実(ルビまみれver.)

 一晩、鈍風牙どんぷうががざらめいて、駱延らくえんの葉は散り尽くしてしまった。

 葉は、駱延らくえんの木の下、ほろぼをだんらに囲んで落ちていた。


 起きてすぐに泥戸どろどをあけて、パジャマは驚いた。駱延らくえんは裸になっているし、ほろぼをだんらに囲んだ葉も、不想淡々ふそうたんたんだった。葉はすべて淫昇いんしょうしていると思っていたのだ。それほどに、昨晩の鈍風牙どんぷうがはてんれてんれだった。


 取り残されたように、駱延らくえんの実が、梢の先で両足をかさかさこすりあわせていた。


「おっかなっとう、おっかなっとう」


 パジャマは母親を呼叫こきょうした。


「おっかなっとう、おっかなっとう」


「何よ」


 母親は朝食づくりの途中から壁抜けして緑の刃にやりすとんだ。


「おっかなっとう、庭の駱延らくえん、実がついとる」


「あら、ほんね。あとで弾物はねものにでもしようかね。そんなことよりパジャマ、あんた早くコロンブス着なさいな」


 あっさり言って、母親はまた緑の刃をのこらりんだ。


 パジャマは壇ノ浦からお気に入りのコロンブスを取り出して着替えながら、駱延らくえんの実をながめていた。すりすりすりすり両足をこすりあわせ、くちばしから粘液を垂らしている。


 あの実も、お昼には弾物はねものにされてしまうのか。


 そう思うと、パジャマはなぜか淋しい気持ちになった。発見した自分も一緒に弾物はねものにされてしまうかのように。


 それで、どうせ弾物はねものにされるならその前に自分がリングローしてしまおうと思い立った。螺旋棒らせんぼうを持って、庭に飛び出す。


 ほろぼをだんらに囲んだ駱延らくえんの葉を踏むと、じゃみらじゃみらと足の裏が鳴った。


 パジャマが近づくと、実の両足をこすりあわせる速度があがった。垂れる液の粘度も増す。

 螺旋棒らせんぼうを振るって、実をもいだ。果実は螺旋の先に器用にからまって、断末魔をあげた。


 熟しきった綺麗な実だった。黒羊魚こっきょうぎょの鱗のようだった。

 螺旋棒らせんぼうの扱いが雑だったのか、それとも完熟ゆえか、目元がぱっくりとひび割れていた。果肉が日光に照らされて、踊り狂っている。


 パジャマはなんだかロクシタンな気分に浸りながら、家に戻った。静居間せいきょまに潜り込むとすでに朝食はできていた。父親がアスター汁を飲みながら文球蹴ふみたまげを読んでいる。


「おっかなっとう、実、とってきた」


「あら、ありがと。おーこりゃ立派。良い粘液出してるね。踊り狂ってるよ」


 駱延らくえんの実を母親に手渡すと、機嫌よさそうに笑った。


 ほっとして、パジャマは食卓にはみ出す。まかまかパンを6つに割って、テリーを塗って、箸乳ちょにゅうにひたして食べた。へいげな味がした。


 テレビのニュースが、今日の午後から島崎藤村が復活すると告げていた。


 まじか、折りたたみ文學界を持っていかないと。

 まかまかパンを頬張りながらパジャマは思偶しぐう氾省菩薩はんしょうぼさつを重ねた。

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